第416話 肥葡修好通商条約と肥葡安全保障条約

 元亀元年(1570年)十月 リスボン王宮





 親愛なるセバスティアン一世陛下


 日ノ本における九州王、小佐々純正です。現在私は東インドのメニイラ(マニラ)において、多様な民族とともに共存共栄の道を歩んでおります。


 陛下に対して深い敬意と感謝を持ちつつ、この国書をお送りいたします。


 近年のイスパニアの進出により、ビサヤ、ミンドロ、ミンダナオ、レイテをはじめとした数多の島々の民が苦しむこととなりました。


 我が共存共栄の地マニラは、今はイスパニアの影響を受けておりませんが、その脅威は日に日に増してきています。


 このような状況の中、私たちは自衛の必要を感じており、そして陛下の権益保護の観点からも、イスパニアに対抗する同盟を結ぶことの重要性を認識しております。


 また、イスパニアはすでにヌエバ・エスパーニャとマニラ諸島を往来する航路を開拓しております。


 それによって東インド、明、朝鮮、日の本の品々がイスパニアに渡るでしょう。


 それはすなわち、イスパニアの勢力の拡大となり、陛下の王国の将来性に深刻な脅威をもたらす事でしょう。


 イスパニアの貿易による富の増加は、モルッカ諸島をはじめとする、東インドの陛下の権益を奪い去る恐れがあります。


 陛下、私たちと共にこの地域の平和と安定のために力を合わせていただきたく、心よりお願い申し上げます。


 陛下のご健康と王国の繁栄を心よりお祈りいたします。


 小佐々純正





「なるほど、予想していた通り、九州王の国はわがポルトガルに比するほど富んでいるようだ。東インドに拠点を築いている。さて、イスパニアはどうするか」


 執務室で仕事をしていたポルトガル国王セバスティアン一世は、純正が送ってきた手紙を読んで思案している。


 傍らには元宰相のドン・エンリケがいる。


 執務室には本棚があり、その中には武経七書と呼ばれる『孫子』をはじめとして『戦国策』や『韓非子』、そして『四書五経』などがある。


 純正にかなりねだったのだろうか。クリスチャンには理解しづらい考え方もあっただろうが、知的好奇心が勝ったようだ。


 史実では1568年まで宰相であった枢機卿のドン・エンリケだが、セバスティアンはまだ彼を顧問という形でそばにおいていた。


 最終的な決定をするのは王だが、年長者の意見というのを大事にしているのだ。そして2年前の1568年からは親政を行っている。


「陛下、考えますに、イスパニアと表だって事を構えるのは良策ではありませぬ」


 枢機卿は言う。


「わがポルトガルは残念ながら、陸軍の強化なしにはイスパニアには対抗できませぬ。ゆえに、九州王との通商、同盟、留学等は歓迎しますが、艦隊を派遣するのは反対です」


 エンリケは最初こそ純正ら日本人を蔑視していたが、彼らの能力の高さや勤勉さ、そして思慮深く遠慮するという民族性に強く惹かれるようになっていた。


 しかし、それとこれは別である。


「そうだね。おそらくはインドと東インドの艦隊兵力をもってすればイスパニアを駆逐することはできるだろう。しかし、それが政治的な軋轢を生んで、本国が危険にさらされる事があってはならない」


 セバスティアンの発言に枢機卿(エンリケ)が答える。


「まずは通商を活発化させましょう。九州王の領土からの特産品を買いもとめ、アフリカやインドにヨーロッパ、そして新大陸の産物を特に売りましょう」


「うむ」


「残念ながら東インドの香料ですが、香辛料も含めて日本に売るのは難しいでしょう。すでにマニラや台湾に拠点があるなら、そこで栽培している可能性が高く、売れません」


「そうなるな。九州国の学問や軍事、そして技術の程度がどのくらいかわからぬが、まずは詳細に調べねばならぬな。そして産物か……なにが売れるか」


 枢機卿はしばらく考えていたが、やがて答えた。


「それは持っていかなければ、わかりますまい。まずは次の交易船にて詳細に調べましょう。そうですな例えば……」


 セバスティアン一世は、顧問の言葉に真剣に耳を傾けている。


「新大陸からはマヤンブルーにサイザル麻、それからオールスパイスにオパールやトパーズがいいでしょう。アフリカからはゼラニウムや唐木香、ダイヤモンドもありますな。サイカクやタマリンドなど、他には……」


「ずいぶんたくさんあるな。よし、売れる物は全部売ろう。それから俺は、九州国へ留学生を送ろうかと思うのだが」。


 枢機卿はしばらく考えていたが、やがて口を開いた。


「よろしいかと存じます。トーレスいわく、その九州王が躍進したのはここ十年弱との事。どのような経緯かわかりませぬが、わがポルトガルの知恵を学び、彼らの貪欲な探究心と勤勉さがなしえた技としか考えられませぬ」


「うむ、俺もそう思う。しかしわがポルトガルも負けてはおらぬ。欧州でも屈指の強国である。学問の歴史もあり、深く学ぶ人も多い」


 セバスティアン一世は決断した。


「枢機卿(エンリケ)、誰を送るか探して決めてくれぬか。国外の者でも良い。ただし、イスパニアは除くのだ」


 こうして、純正的には少し弱いが、同盟を結ぶためのポルトガルの使者が出発する事となる。


 しかし、人選と説得のためには、もうすこし時が必要であった。

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