第330話 三国連合vs.島津⑨北の暗雲南の新風 種子島時尭の参戦

 永禄十二年 十月四日 亥の一つ刻(2100) 大隅高山城


 城内は少しずつ落ち着きを取り戻していたが、それでもなお緊迫した雰囲気が漂っていた。


 続々と入ってくる情報を精査しながら対応を練る良兼と兼亮。そして検見崎兼書をはじめとした重臣達であったが、やがて敵の兵力は二千だという事が判明した。


 禰寝の水軍で半島を南から迂回して攻撃をしかけたようだ。城兵は奮戦したが衆寡敵せず降伏したことなども判明した。


「申し上げます! 敵、尾野見城を攻撃! 落ちましてございます!」


 伝令が悲痛な面持ちで伝える。


「なに!? もうか? 昨日志布志を落として、すぐさま北上しておるのだな?」


 敵が北上し松山城を狙っている事が明らかになった。尾野見城は松山城の支城であるが、その北の泰野城を経て松山城に至る。距離にして9.2kmである。


「二千五百の兵は控えさせております。明朝出立し、志布志を奪還いたしましょう」


 検見崎兼書がそう言うと、良兼はおう! と返事をし、兵たちに十分な休息と食事をとるよう命じた。


「周辺の国人衆にも陣触れを出せ。島津の備えに残しておった垂水の伊地知殿への出陣要請と、牛根の安楽兼寛にも出陣を申し伝えよ」


 良兼としては今すぐにでも城を飛び出し救援に向かいたい。


 しかし夜間の行軍は危険を伴う上行軍も遅い。しかも月の出ない闇夜である。そのため仕方なく早朝出発を選んだのだ。


 陣触れのために各所に家臣が散らばったあと、良兼は言う。


「ああ、そうじゃった! なぜこのような大事な事に気づかなかったのじゃ。明日、種子島にも遣いをだせ。島津とは疎遠になっておったはずじゃ」。


 古くから禰寝氏は、種子島氏と島の支配権を巡って争っており、天文年間には実際に種子島家のお家騒動に介入して種子島を攻めている。


 現禰寝家当主、禰寝重長の父清長の時代である。


 種子島氏は肝付、島津、禰寝とはそれぞれ複雑な関係であったが、禰寝氏が敵にまわった以上味方につけなければならない。


 敵の敵は味方にしなければと良兼は考え、種子島と屋久島には一切介入しない事を条件にした。


「との、少し条件として弱くありませぬか。しがらみもあり、さらに兵を出してもらうのですぞ」。


 ううむ、と良兼が考えている。


「禰寝討伐と島津との戦に勝った暁には、禰寝の領土を与えるくらいでないと、難しいでしょう」


 結局、条件は禰寝領の南半分、南大隅郡を分け与える条件で使者を派遣するようになった。


 ■十月五日 午三つ刻(1000) 


 伊集院忠倉率いる別働隊は幸田村で分かれて東進し、栗野村、中津川村、浦村を抜けて白鳥神社のある末永村を過ぎていた。


「もう少しの辛抱じゃ。もうあと二刻もあれば着く、気を抜くなよ」


 二千の兵を敵に見つからないようにするのは至難の業である。


 隊を小分けにして移動させ、目的地で集合する。ある者は馬をひき、ある者は荷車を押し、あるものは商人、あるものは農民に変装して移動した。


 ■十月五日 午三つ刻(1200) 真幸院 島津義久軍


「兄上、いよいよですな。この戦で勝てば、大隅と日向の絵図が変わりますぞ」


「さよう、わが島津家中の悲願、三州統一までの道のりが縮まりまする」


 島津歳久と新納忠元が口をそろえて言う。


「ふふふ、まさか伊東が全軍を率いてくるとはな。大口を防衛し、肝付を叩きのめす事で、大隅の平定を進めようと考えていたが、大きな鯛がつれたわい」


 義久はくくくく、と笑う。


「しかしまだじゃ、まだ着いておらぬであろうから、しばし待て」


 ■十月五日 未三つ刻(1400) 種子島


「申し上げます! 薬丸兼将とおっしゃる方がお目通りを願っております」。


 種子島時尭と小佐々海軍の種子島分遣艦隊司令、佐々伝右衛門が雑談をしていた。


「なに? 佐々どの、同席願えますか」


 伝右衛門は同意し、時尭に同行する。


 時尭が上座に座り、上座に向かって右に伝右衛門が座っている。


「お目通り叶い、ありがたく存じます。それがし、肝付河内守様が家臣、薬丸兼将にございます」


 時尭の顔が少し曇ったのを確認した伝右衛門であったが、そしらぬ顔である。


「なに、河内守殿の家臣とな。珍妙な客でござるが、どのようなご用件でござるか」


 時尭は純正と同盟を組むまでは、時に島津とくみ、時に禰寝や肝付と組んでいた。


 北上して領土を拡げる野心はもっていたのだが、もはや大隅は肝付、薩摩は島津と二分され、独力では太刀打ち出来ぬと考えていたのだ。


 そこに小佐々との同盟の話が来たのである。ゆえに決断も早かったのだ。


 さらに島津に対して肝付と伊東、相良が組んで、しかも小佐々が支援する、とまでは知っていた。しかし、積極的に関わろうとは考えていなかったのだ。


「は、わがとの河内守様におかれましては、弾正忠様と盟約を結びたく、まかり越しましてございます」


 まゆをひそめた時尭であったが、伝右衛門をひと目見て、同意の有無を確認したのだ。


「ほう……それほど、よろしくないのかな」


 時尭は兼将に聞く。島津との戦がそうとう厳しいようだ。小佐々が支援しているので、負けることはないだろうが、情報は知っておいたほうがいい。


「は、わが軍は相良、伊東と組んで島津を包囲していく大計にござった。しかし禰寝の城攻めの途中に志布志を奪われ、なおも敵は北上しております」


 なんと、劣勢である。


「このままではわが領国は東西に分断され、敵に囲まれる事になり申す。そこで弾正忠様に、禰寝攻めにご助力いただきたく、参上しました」


 ふむ、と短くうなずく時尭であったが、すぐさま尋ねた。


「して、条件は」


 当然だ。種子島家は小佐々との交易で潤っているし、分遣隊のおかげで、あるていどの制海権を持てているからだ。


「は、わが殿におかれましては、今後一切種子島と屋久島に関しては介入しないと仰せです。また、禰寝の領土である大隅郡の南部を治めていただきたい」


 時尭は考えた。条件としては悪くない。それに三国は小佐々と盟を結んでいるのだ。伝右衛門の顔をみる。否定してはいない。


 種子島家にとって小佐々との同盟は、服属こそしていないものの、従属の色合いが濃い内容のものである。


 分遣隊として海軍の艦艇の停泊と、陸軍二個連隊規模の兵力を駐屯させていたからだ。


 しかし、敵性国家(大名)である島津が優勢となれば、自国の安全保障上の理由で参戦する事に反対はしないであろう。そう時尭は考えたのだ。無論、事後報告であるが純正へも報告する。


 こういう時のための派遣艦隊と駐留軍ではないのか。


「あいわかった、急ぎ支度するといたそう、河内守殿にはそう申し伝えられよ」


「はは、ありがたく存じます」


 兼将は平伏し、退座したのち急いで内之浦の湊へ帰っていった。


 次回予告 第330話 信長のむちゃ振りと純正の参戦

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