第342話 肥薩戦争⑨無条件降伏、絶対にのめない小佐々の条件。

 永禄十二年(1569) 十月十二日 午四つ刻(1230)


 純正は準備でき次第、第二艦隊も出撃するように命じていた。


 第二艦隊は琉球への交易船団の護衛任務についていたのだが、琉球からの帰路、種子島にてその指示を聞いた。

 

 昨日、勝行が座乗する第三艦隊は志布志城への砲撃を行ったのだが、その間に第二艦隊は半島の西側にある頴娃えい城などの城を複数攻撃し、天草へ向かう計画だったのだ。


 途中、純正からの指令が伝達され、第二・第三艦隊は禰寝の湊で待機となっている。


 志布志城は奪還し、国見城の禰寝重長は降伏した。肝付からは引き渡しを要求されたが、身柄は小佐々預かりとなった。


「うわあ、これ相当やってるな。海側の城壁ほとんどないじゃん」。


 勝行は双眼鏡で国見城の本丸を見ながら言う。


「相当強力な砲撃をしたのでしょうか、それとも命中精度が高いのか」


 司令の姉川信秀も双眼鏡を覗いて言う。


 ほとんどない、というのは語弊があるが、城壁の体をなしていないのは確かだった。海上からの砲撃、その後東の正門よりの突撃を繰り返し、陥落した。


 近い将来、城壁や城門は意味をなさなくなるかもしれない。


「榛名に、移乗されないのですか」


 第二艦隊も待機のため、禰寝の湊沖に停泊している。


「いや……お前の兄ちゃん、怖いんだもん。かたいし」


「いや……って、上官でしょう?」


「とにかく苦手なんだよ。まあいいじゃねえか、気にすんな」


 ははは、と苦笑いしながら心でため息をつく信秀であった。


 ■内城沖 第一艦隊旗艦 金剛丸 士官室


「はじめてお目にかかります、島津修理大夫義久にございます」


 和室、謁見の間のような畳敷きの部屋で平伏するのは問題ない。しっくりくるのだ。


 しかし、先だっての義朗もそうだったが、洋間での平伏は、ことさら義久の尊厳を傷つけた。ここは我慢だ、我慢しかない。同行した義弘も同じ思いであろう。


 純正は目も合わせない。また、紅茶を飲んでいる。


「で、何の用?」


「は、されば和議のお願いにて、参上つかまつりました」


 純正はため息をつくのも面倒くさく、呆れて、言った。


「いや、馬鹿なん? 和議はせんって(しないって)言うたやろ? 何回同じこと言わすっとや?」


 長らくタバコは吸っていなかったが(前世から数えて二十年以上~)、もしこの場にタバコがあったら吸っていたかもしれない。


「では、どうすれば……」


「そげん(そんな)事おい(俺)に言わすんなさ(言わせんなよ)! わからんとや? あーもう、降伏ばせろさ(降伏しろよ)」


「降伏、でござるか」


 平伏したままの義久が、ぐっと手を握りしめる。義弘は、我慢ができない様だ。ガバッと立ち上がり、叫んだ。


「兄上、もう我慢なりませぬ! なんですかこの態度は! 当主である兄上に面を上げる事もゆるさず、無礼千万。その上和議は認めぬとの尊大な態度、許せませぬ」


「へー、で、どうすんの?」


 純正はさらに逆なでするような事を言う。


「知れたこと! ここでおのれと切り結んで立派に死んで見せようぞ! さすが島津の義弘よ、島津の誇りをよう守ったと末代までの語り草になろう」


「ふーん、で、その家門とか武門とか、ようわからんけど、食えんの? 飯の種になるの? ここでお前が死んだところで誰が得をするんですか」


「何をっ! そのような事を!」


「だっさ! そげん(そんな)事言うけん(から)、こん(この)時代の人間ってみーんなぽんぽんぽんぽん死ぬったい!」


 義久が叫んだ。


「控えよ! 控えるのだ義弘!」


 義久が義弘の足を掴み、屈辱に耐えながら、震えながら平伏させようとする。


「さすが名君太守公、いいよ、立って、座って」


 いろんな事が面倒くさくなったのか、純正は二人を立たせ、椅子に座らせた後に話を再開する。洋間のテーブルに椅子、そして運ばれた紅茶と茶菓子。


 二人は戸惑いながら椅子にすわる。


「で、何度もいうけど、こっちは和議を結ぶ必要もないし、結ぶ気もないの、わかった? で、降伏も条件なんてないよ。無条件降伏、いい?」


 純正は、義朗に言った事と同じことを言う。要するに、島津は小佐々の言う通りの条件を飲んで、降伏しなさい、という事なのだ。


「では、家族や家臣たちの命の保証はしてくれるとして、他にどんな条件があるのでしょうか。こちらが条件を出せないとなると、そちらの条件に従うのみとなりますが」


 義久は冷静に話を進める。心中は穏やかではないはずだ。


「あー、そうだねー、まず石高やけど、四十五万石くらいあるよね。国人の所領合わせたら。直轄地だけでもその半分はあるよね?」


「はい、そのくらいにはなろうかと」


「じゃあ、とりあえず、それを貰おうか」


 さすがに義久も硬直した。この男はいったい何を言っているんだ。


「何を! 馬鹿なことを。そのような事になれば、わが島津家中は立ち行かぬではないか!」


 義弘が激昂する。無理もない。純正もいまだかつてない、無茶苦茶な条件を提示しているのだ。


「立ち行かぬって、立ち行くならどうするの? また肝付攻めて伊東せめて、三州統一とか言い出すやろ?」


 ぐ、と義弘が唇を噛む。義久は黙って聞いている。


「ああ、心配せんでいいよ。領民もちゃあんと小佐々が面倒みるし、今より間違いなく裕福になる。それから、島津の、ああ豊州とか薩州とか、それを抜いた直系の家族と郎党は何人くらい?」


「……。おおよそ、三千人くらいにはなりましょう」


「ああ、そう。じゃあ禄は三千石でいいね。一年は暮らせるから、贅沢しなけりゃ暮らしていける。そうだなあ、坊津もいらんだろうしな。海沿いの村じゃなく、山間の静かな所がいいだろうね。騒々しい街道沿いじゃなく、のんびりしたところ」


  純正は絵図面を開きながら、考えている。


「うーん、川田村、東俣村、比志潟村の三ヶ村で四千石弱あるから、これでよくない?」


「!」


「!」


 義久も義弘も、同伴の家臣も、全てが悲痛な面持ちである。


「あのさあ、よう考えてん? ずーっと戦ばっかりして、攻め取って配下にして来たんやろ? そいがおい(それが俺)に変わっただけたい(だよ)。逆の立場ね」。


 二人は、声にならない。


「薩州も、佐多も頴娃も加治木肝付も。北郷も菱刈も入来院も東郷も、一回ぜーんぶバラバラにして、全部おいの(俺の)配下にすっけん(するから)、心配せんでよかよ(しなくていいよ)」


 純正は、異議は認めない、と二人に告げて無理やり帰した。議論の余地はない。一晩じっくり考えて、明日また同じ時間に来るように伝えたのだ。


(やべ、厳しすぎたかな。やりすぎたら畠山義継が輝宗を殺したみたいにならないかな?)

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