第290話 ルイス・フロイス meets with 信長

 永禄十二年 四月 京都 妙覚寺


 数日前二条城の造営をしている現場を視察に行った際に、信長は布教をしている宣教師の一行に出会った。


 それを見て信長は思い出した。


 フロイスという宣教師が訪ねて来たら、話を聞いてほしいと小佐々純正から紹介されていたのだ。


 身なりは、小綺麗にしている。華美というわけではないが、絹の衣をまとって、少なくとも貴人に会うのに、最低限の身なり以上の出で立ちであった。


 純正いわく、これから信長が天下布武を行うのに、南蛮との貿易は切っても切れない、と。


 明や朝鮮を含めた南蛮貿易は平戸道喜と神屋宗湛、そして島井宗室の三人が牛耳っており、最近は豊後府内の仲屋乾通も入ったが、堺の今井宗久ともつながりを持っている。


 その宗久からの要望が、信長のためにもう少し交易品の量と値段を優遇してほしい事、堺の宗久たちの船も九州で取引できるように、との事だった。


 堺の船は府内はもちろん、博多や平戸、横瀬や口之津にも、寄港はできる。


 しかし四人がほぼ買い占めているので、他が入る余地がないのだ。


 地元の中小零細商人からは、資金力に見合う程度は買えるので不平不満は出ていない。買えたとしても、販路と拠点を持っていないので売れないのだ。


 当然間に商人を挟むわけだから、肥前より堺で買うほうが高くなる。


 以前商人同士で取り決めた際に、提携をしていたはずだが、さらに信長にせっつかれたようだ。


 そこで中央に進出して布教の庇護を受けたいイエズス会は、布教を条件に、純正に仲介を頼んできたのだ。


 純正としても懐の痛む話ではないし、四人に話を通した上で、害はないので信長に紹介したという流れになる。


「信長公、このたびはお目にかかれて光栄です。私はイエズス会のフロイスと申します」


 フロイスは九州で日本語の勉強をしており、信長に会う頃には日常会話はできるレベルまで上達していた。


「そうか、お前が純正が言っていたフロイスというバテレンの宣教師か。話は聞いている。南蛮の、さらに西の国から来たという事だな」


「はい、私はポルトガルという国の出身です。日本に来てからは九州や京都で布教活動をしておりました」


「すでに京で布教をしているのか? お前たちの信じる神はどんなものだ?」


 珍しいもの、新しいものが好きな信長はたちまち質問する。興味のないものは一切必要ない、という合理主義者だが、はまれば没頭するのだろうか。


「我らはキリストという神を信じています。神はこの世の愛と平和のために生まれ、罪のないまま十字架にかけられて死にました。しかし三日後に復活し、天国に昇りました。キリストの教えに従う事で、死後も天国に行けるのです」


「生き返った? ふふ、面白いな。しかし、日本には仏教や神道がある。それとどう違うのだ?」


「われらは仏教や神道を否定しませんが、それらは人間の作ったものであり、真実ではありません。キリストは唯一の真実であり、全ての人々を救うことができます」


「そうか、おぬしらは自分たちの信じるものが正しいと思っているのか。しかし、それを他人に押し付けてはならぬ。日本には多くの宗教があるが、それぞれに尊重しあって共存している。お前たちもそうすべきだ」


「われらは強制はしません。ただ、キリストの愛を伝える使命があるのです。もし、信長公がキリストを受け入れてくださるならば、喜ばしい事です」


「わしはわが道を行く。おぬしらの神に従うつもりはない。しかし、おぬしらが布教をしたいのなら、それを妨げる事はない。教会も建てたければ支援をしよう。住むところも用意する。ただし、日本の法や風習に従わなければならぬぞ」


「ありがとうございます。そういたします。あわせて信長公に献上したい品がございます」


「何だ?」


「たくさんありますが、例えば、この地球儀です。これは世界中の国々や海洋を表したもので、私たちはこの地球儀を使って航海をします」


「ほう、これが世界か。日本はどこだ? おぬしらの国は?」


「日本はここで、私の故郷ポルトガルはここです。他にもスペインやフランス、イタリアなどの国があります」


「なるほど、日の本や明や朝鮮、他にも国はたくさんあるのだな。面白い、もらおう」


「ありがとうございます。ではもう一つ、この時計です。これは時間を知るためのものです。一日を24に分けて、針の位置で朝や昼や夜を知ることができます」


(小佐々が持ってきた物と同じだな。しかし、奴らがこの前持ってきた物はもっと小さかったぞ)


「時計か。これも便利そうだな。しかし、これはどうやって動くのだ?」


「これは機械仕掛けです。中には歯車やばねがあります。それらが連動して針を動かします。ただし、定期的にひねって巻き上げる必要があります」


「ふむ、これはつくりが難しそうだな。壊れたらどうするのだ?」


「壊れたら修理しますが、我々以外にはできません」


「そうか、それでは困るな。(純正に修理させよう)わかった、もらおう」


 信長は天国はどこにあるのだ? 

 なぜ仏教は人間がつくったもので、キリストは違うのだ? 

 三日後に生き返ったというが、見たものはいるのか?


 などの様々な疑問が浮かんだが、聞くのをやめた。


 キリスト教とやらを否定もしないし肯定もしない。しかし、目にも見えず、死んでからの事を天国と言うか極楽と言うかの違いで、日本の坊主どもと大して変わらない、そう思ったのだ。


 地球儀を見たら、ポルトガルとは相当離れている。隣の明国でさえ文字も違えば言葉も文化も違うのだ。


 こいつらは見た目も言葉も、文化も髪の色や目の色、ありとあらゆる物が違う。そりゃあ、信じる神も違うだろうよ。


 そこを突っ込んで話を聞いた所で、理解ができぬし時間の無駄だ。そう信長は考えたのだ。それよりも実害がないのなら布教を許し、南蛮貿易で必要なものを調達できる様にしたほうが良い。


 その後信長は様々な献上品を確認し、用途を聞きながら必要なものや気に入ったものはもらい、気に入らなければ返した。


 フロイスはその後30年以上日本に滞在し、戦国日本史の重要な資料となる『日本史』を編纂するのであった。

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