第387話 vs.スペイン③マニラ侵攻

 永禄十二年(1570年) 十二月二十二日(1月28日) 諫早城


 予想どおり十二月に入って、スペインがマニラに侵攻してきた。スペイン軍の司令官は大隊長マルティン・デ・ゴイチ。


 兵士 100 名とビサヤ人(フィリピン中部セブ島エリア)の協力者 200 人。


 2 隻のフリゲート船と14、15 隻のプラウ、バランガイ(フィリピンの先住民が使う小型の帆船)に乗艦してのマニラ遠征隊である。


 ……となるはずだった。史実では1570年の5月だが、早まっているという情報が入ってきたのだ。


 しかし、敵はまず、武力侵攻する前に調略を試みてきた。スペインはセブ島以南を制圧したのと同じ方法で、まずは友好を前面に出してきたのだ。


 万全の準備を整え、返り討ちにしてやろうと意気込んでいた小佐々陣営は、肩透かしをくらった感じである。


 しかし、考えれば合点がいく。


 いきなりの武力侵攻ではなく、従えば理不尽な条約(友好国となったのだから、神のもとに年貢を納め従いなさい※超訳)を結び、従わなければ武力制圧するという戦略なのだ。


 いままでスペインがやってきた方法だ。


 ■マニラ サンチャゴ要塞 


「報告します! 南西約二里(3.64km)に敵艦隊見ゆ!」


 パシッグ川の河口城壁の見張りから報告があがった。さらなる報告では艦上に人がいるが、武器をもっておらず、両手を上に上げているという。白旗もあがっている。


 交戦の意思なし、という事か。第一艦隊司令の姉川惟安少将は考えていた。傍らにいる第一南方旅団長の深作宗右衛門准将も同意する。


「交戦の意思なし、と見受けられますが、入港を許可するべきでしょうか」


「そうだな、明らかに敵だ。本来ならさせないべきだろうが、無視すれば相手につけいる隙を与えてしまう。ここは、入港させるとするか」


 上級指揮官の同意のもと入港準備を進めたが、河口部の台場砲台と歩兵の銃口は、船と近づいてくる小舟に向けられたままである。


「ayos lang. Wala akong balak makipag away.(タガログ語)」

(大丈夫です。交戦の意思はありません)


 惟安は通訳を通じてマニラの王である3人に了解をとる。


 小舟に乗っていたのは指揮官のゴイチと副官、それから通訳らしき人間と、数名の水兵である。


 水兵がマスケット銃を持っていたので、武装を解除させ待機させた。隊長以下3人も身体検査の上、駐屯所へ向かわせたのだ。


 テーブルのこちら側の上座方向には王たちに座ってもらい、惟安と宗右衛門は続いて座った。


「待て」


 下士官が3人の王の好みに合わせてジンジャーティー、バナナティー、パンダンティーを配り終えたところで、惟安が止めた。


「Tenemos té negro y té local, ¿cuál te gustaría? (スペイン語)」

(紅茶と地元のお茶がありますが、どれにしますか?)


「¿Qué?  ¿Has dicho que es español? En ……, ¿me das lo mismo que estás bebiendo? (スペイン語)」

(なに!? スペイン語だと? ……では、あなたが飲んでいるものと同じ物をもらおうか)


 ゴイチが惟安の前にある紅茶を指さしたので、3人にも紅茶を配った。


 先手必勝である。相手は度肝を抜かれただろう。艦隊司令である惟安はスペイン語とポルトガル語を話す。


 3年前に練習艦隊が創設された時、惟安は今後は海外への航海も増えるだろうと考えたのだ。


 宣教師や、大学が出来てからは通学して学んだ。陸軍の宗右衛門もポルトガル語とラテン語が話せる。


 明らかにスペイン側の動揺がわかるが、惟安たちはそれをおくびにも出さず、紅茶を楽しむ。


「それで、今回はどんなご用件でしょうか」


 海軍と陸軍、どちらが上か下かという事ではないが、少将である惟安が代表して話す。


「われわれは、友好と通商を望んでいる。あわせて付近を航行する際の安全と、飲料水や食料の補給をお願いしたい」


 普通に考えれば何の問題もない要望である。


「航行の安全と補給、友好と通商が希望か?」


「そうだ」


 ポルトガル語とスペイン語は似ている。


 しかし、そうはいっても語彙の違いやイントネーションの違い、ニュアンスの違い等多々ある。したがって、誤解を招かないように聞き返したのだ。


 横で宗右衛門がうなずいている。通訳にタガログ語に訳してもらい、王たちの了解を得る。


「なるほど。それに関しては問題ない。対価さえ払ってもらえれば、補給も可能だし、友好と通商も問題ない。それだけか?」


 スペイン側の空気が少しだけ明るくなった。交渉がうまくいっていると思ったのだろう。スペイン側はそれだけだ、と言う。


「ちょっと待ってください」


 やり取りを聞いていた宗右衛門准将が、惟安に告げ、スペイン側に話しかける。


「『Deus omnia in hoc mundo creavit, et Pontifex Romanus, quae in hoc mundo doctrinae suae summa auctoritas est, dat licentiam. Indos regi Hispaniarum dat, dat, transfert, committit. Hispani si non obediunt, Hispani Indorum terras invadunt, illos capiunt, occidunt, agrum suum capiunt, omniaque detrimenta faciunt.』Ex Bulla Pontificia MCCCCXCIII.(ラテン語)」


「『神がこの世界のすべてをお作りになり、現世においてのその教えの最高権威ローマの教皇が許可をする。インディアスをスペイン国王に授与、譲渡、委託する。インディアスの支配者として住民をスペイン国王に服従させなさい。従わなければ、スペイン人はインディオの土地に侵入して捕らえたり、殺害できる。土地や財産を奪い、可能な限りの害を与える事を許す』1493年の教皇勅書より」


 とたんにスペイン側の副官の顔色が変わった。顔面蒼白というより、ある種の危機感というか恐怖を覚えたのだろうか。ゴイチに告げる。


「ラ、ラテン語です。やつはラテン語を喋っています」。


 通訳はよくわからない風だが、ゴイチと副官の顔色が明らかに違う。副官は熱心なクリスチャンで、ラテン語にも精通していたのだ。


 宗右衛門は惟安に意味を伝え、惟安はスペイン語で伝える。


「まさか、このマニラでも同じような事を考えているのではありませんか? ヌエバエスパーニャ(メキシコ)と同じように、ビコール、ブトゥアン・カラガ、マギンダナオ、スールー、ビサヤ(各ルソン島南東部以南の島々・ミンダナオ)でやってきたように」


 スペイン陣営の2人は動揺を隠すかのように、空になっている紅茶のティーカップをすする。


「Si ese es el caso, no mostraré ninguna piedad. Eliminar por la fuerza.(スペイン語)」


(もし、そうなら容赦はしない。実力で排除する)。


 こうしてスペイン勢とのファーストコンタクトは終了した。

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