第256話 純正、「防患未然」する

 九月十日 子の二つ刻(2330) 筑前津屋崎 第一艦隊 小佐々純正


 大事件と言ってもいいだろう。それだけの事が起きたのだ。一国の、いや二つの国の命運を左右するような事件である。そしてその日の夜、子の二つ刻(2330)に通信が入った。


『ハツ サンシ アテ ソウシ ヒメ ワレ フナヰニアリテ ベツグンヲ ユフヰンニ ハヰス フナヰハ セヰアツシ リヨウナヰト ココロヱルガ ユフヰンハ ベツニテ ヰマノマゞカ マタハ ヒジユウマデ ヒクカ ヰナカ ヒメ マルキユウ ヰノフタ(2130)』


 昼間に事件の知らせを受けたばかりである。本来であればこちらも誠意を見せるべく府内から撤収し、由布院の包囲も解いて日出生城に向かうべきだが、臼杵城の宗麟の動向があやしいため、このままの状態がベストだろうと判断した。


『ハツ ソウシ アテ サンシ ヒメ ユフヰンノ サンヰキヲ カワラズ ヲサヱ フナヰニ チユウスベシ ヒメ ヒトマル ヰノヨン(2330)』


 実際に撤収しようと考えていたのだ。しかし、こうなっては撤収すれば余計な混乱を生む。それに下手に誤解されても困る。これ以上不測の事態は起こらないだろうが、念には念を入れなければならない。


 執務室に一人残り、酒を飲みながら考える。酒豪ではないけど嫌いではない。前世でもそうだったが、いろんな時に飲んだもんだ。やけ酒もしたし祝い酒もある。しかし、時代が違えば酒を飲む時も違ってくる。


 正直な所、飲まなければやっていられない時の方が多いのだ。いつからだろうか、小佐々の領主になりたてで、有馬や大友、平戸とやり合っていた時はこんなに飲んでいただろうか。量はそこまで増えていない。


 増えたのだろうが、それより頻度が増えた。ああ、やばい。上杉謙信も飲み過ぎで死んだんだったな。気をつけよう。


 さて、今回の事件は偶発的に起こったものだろうか。それとも宗麟が仕掛けたものだろうか。宗麟が黒幕としても証拠がなければ追求できぬし、騒動が収まれば和平交渉は再開できる。しかし予測できる事の予防策は打っておかなければならない。


 まずは軍団展開だが、第一、第二軍に関しては最前線にて戦闘停止を明言している。香春岳城は第二軍にそのまま守備させ、第一軍は臨戦態勢のまま待機だ。ただし敵の城包囲軍の攻撃も止めさせている。


 豊前の残りの敵に関しては第二軍と城井谷城に控えている第四軍、それから東部の下毛郡と宇佐郡に関しては国東郡の国人衆に対応してもらうように文を出しておこう。


 豊後の第三軍は豊後に急変があったら独力で対応させるが、必要ならば国東郡の国衆と協力させてもよい。問題は謀反のあった海部郡と大野郡だが、鎮圧が終わり大友との和平も締結したら、直轄地にして代官としておこうか。


 家族問題で叛乱が起きたんだ。領地を持たせたらあぶないし、多少なりとも見せしめにもなるだろう。もしくは所領減封だな。何もしない事はありえない。人と金と物が動いているのだから。最後の一点は宗麟が援軍を出したかどうかだ。


 援軍を出していなくても、叛乱の規模自体小さいから鎮圧は難しくはない。こちらは鎮圧を名目として第五軍全てを投入可能だから、時間の問題だ。あくまでも内輪での話で片付ける。宗麟が援軍を出したとなれば、これはもう、重大な内政干渉だ。


 干渉どころの話ではない。軍事介入だ。そもそも国人というのは独立した領主だ。家臣ではない。したがってその支配においては、完全に独立しているのか、どの勢力に属しているのかが問題になってくる。


 豊後の国衆はその半数が俺に服属の意を示した。その時点で小佐々の領地だ。内部で起こった戦闘なら、内輪もめで鎮圧する。そこに外部の力が加わっているのなら排除する。当然の流れだ。これは和平交渉が始まっていようがいまいが関係ない。


 確かに大友宗麟は九州探題で六カ国守護かもしれない。しかし内情はどうだ? 肥前はおろか筑前筑後は、完全にその支配から離れているではないか。個々の勢力がどの勢力に属している、どこに変わったなど、いちいち対外的に公表などしない。


 ある大名甲が国人乙に服属を願い出られ許可をする。この時点で国人乙は大名甲の勢力下なのだ。そこで大名丙が、いやいや国人乙は先祖伝来、家臣同様のつながりであったなどと宣ったとしても、誰も認めない。


 国人乙が大名甲に従ったという既成事実がそこにある以上、力によって、もしくは自発的に国人乙が大名丙の庇護下に入らなければ、大名丙の言い分は通らないのだ。これは誰しもが認める所である。


 したがって海部郡のこの一件に関しては大友に大義なくわれらに大義がある。どちらの城も、当主である者の意見、最初に決められた決定を覆そうとして起きた叛乱だ。大義なとない。決定までいろいろな議論がされたのだろう。


 しかし一度決まった決定を簡単に覆されては信に足りぬ。誰もがそう思うだろう。謀反人の味方はいない。長増を急ぎ臼杵に向かわせた。出立が夕方だったから夜をまたぐ。しかし朝から向かえば二刻もせず日田につくであろう。


 明日の朝出発しておれば、辰三つ刻(0800)から巳の三つ刻(1000)までには着く。そこから先は大友領内なのでどうなるかわかないが、それでも十二日の夕刻までには間に合うであろう。そこからは宗麟との話し合いだ。


 どの様な結果になろうとも、われらの対応は変わらぬ。しかし現状の報告を聞けば逆上するであろう。それでも長増は確認しなければならない。


 宗麟が謀反の情報を取得しているのかどうか、謀反は宗麟がそそのかしたものなのか、援軍を送ったのかどうか、そういう様々な事を聞き、話し、説得せねばならない。願わくば、宗麟がしっかり現実を見据え、将来的な考え方が出来る人間である事を願おう。


 ああ、それから謀反の件は黙っておくとして、残りの豊後の国人にも念押しをしておこう。自分から服属しておいて今更寝返る者はいないと思うが、あくまで念押しだ。人が多くなるとまとめるのが難しい。国ごとに代表者を決めるか。


 そんな事を考え、気がつけば、丑四つ刻(0230)であった。

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