第286話 信長の交換遊学生【小佐々の国へ:若者たちの見聞録】

 ■永禄十二年 二月三十日~


 翌日豊後の府内を出た五人は、大分郡から玖珠郡角牟礼城下へむかい一泊し、日田郡日田城下へ向かう。旧大友領はここまでだが、越えれば小佐々の領内に入る。そのまま小佐々領内へ入り、妙見城下にて一泊する。


 街道の宿場町は城下町とともに賑わいをみせていたが、いたるところで道の整備や拡張工事をしている。それにところどころに物見櫓のようなものがあり、一定区間ごとに馬が多数繋がれて宿があった。


 ■永禄十二年 三月二日~三月三日


 小佐々領内の妙見城下。朝食を食べてから出発する。このあたりから途端に道幅が広くなった。六間(11m)はあるだろうか。それに何やら道が白い。どうやら土ではないようだ。そして硬い。


 妙見城下までは馬で警護の者が付いてきたのだが、ここからは駅馬車という物に乗り換えるらしい。大きなカゴに車輪がついたものを馬六頭で引いている。中には十人程度乗り込む事ができるようだ。筑後国妙見城下(現在のうきは市)で乗り換えた。


 ここで小佐々の護衛と入れ替わる。本来は八名程度で乗り合うらしいが、今回は特別なはからいで専用の馬車が用意された。


「この道は何だ? ものすごく広いではないか。それに白くて硬い」。

 川尻(以下川尻)が足でトントンと地面を踏んで言う。


「俺もだ。土ではないようだが、何でできているんだろう」

 そう答える可児才蔵(以下可児)も、しゃがんで手で感触を確かめた。


「見た目はなにやら陶器に似ているが、あれはすぐに割れて粉々になる。まったく別物であろう。しかしこういう事はすべて書き記して、詳しく聞いた後、岐阜に戻ってから殿に報告せねばならぬな」


 平手汎秀(以下平手)にいたっては、しゃがんだ上に顔を地面に近づけて、匂いを嗅いだり手でコンコンと叩いて耳で音を確かめている。


「その通りだ。しかし小佐々様が治める前は泥の道で、こうではなかったそうだ」


 まとめ役の奥田直政(以下奥田)はそんな三人を見て同意しつつ、自分が聞いた事を話しては、しゃがんで顔を近づけている平手には立ち上がるよう促す。


「すごいなあ。でもなんでこんな道を作ったんでしょうか?」

 森長可(以下森)は、道と言うより行き交う人々全体を見渡している。


 奥田「警護の者に聞いたら、武器や矢弾、兵糧の輸送の為というのもあるが、馬車というものを走らせるためだそうだ。なにやら大きなカゴに車輪がついたもので、馬で引くらしい」


 川尻「馬車か。初めて聞く乗り物ですね。なんだか面白そうだ」。


 可児「俺も乗ってみたいぜ」


 平手「これからその馬車とやらに乗り換えるらしいですよ。小佐々様のご厚意で、専用の馬車を用意してくださったそうだ」


 森「えっ、本当ですか? (やったあ!)」


 奥田「楽しみだな。わざわざ乗り換えるという事は、馬車はもっと早く進めるのだろう」


 佐賀城下をへて筑紫海という内海沿いに馬車は走る。杵島郡の鹿島から彼杵郡へ向かう前に藤津郡の太良を通る。しかし早い。一日で二十里以上進んでいる。それだけでも驚きだが、もっと早いものだと四十里以上進むようだ。


 馬を乗り継ぐ事で速さを維持している。しかもこの道、雨でぬかるむこともない。そして街道の途中にいくつもある停車場には、いたるところに茶店がある。一行は日も暮れかかった頃、途中の藤津郡太良村で一泊した。


 川尻「しかし、なぜ小佐々様はこんなに親切なんだ? 我々はただの遊学の徒ではないか」


 平手「それはやはり、小佐々様がわが殿の志に共感されて、応援する心づもりだからではないのか」


 可児「そうか。やはり殿はすごいな。このような西の果てまで影響を及ぼしているとは」。


 森「声が大きいですよ。警護の人に聞かれてしまいます」。

 人差し指を口にかざして言う。


 奥田「あながちそうとも言い切れん。殿は公方様を奉じて上洛した。三好や六角を蹴散らして、畿内に平穏をもたらしたのは確かだ。しかしそれでも敵は多い。所司代の武力と小佐々様の経済力は殿もご存知であろうし、小佐々様もまた、中央での影響力を増したいのではないか」


 冷静に考えれば、確かにそうだ。


 森「なるほど、いろいろと難しい問題がからんでいるのですね」


 宿に泊まった五人は風呂に入り、疲れを癒やす。そして夕食は宿屋の向かいにある『居酒屋いすちおぶっふぇ』という飯屋で食べた。宿屋の札をもっていけば無料で食べられるらしい。もちろん、泊まらなくても金を払えば食べられる。


 店内は入ってすぐに大広間になっており、テーブルがあり、好きなものを好きなだけとって、席にもどって食べる方式のようだ。奥には座敷もある。一行はまとめて同じ席に座る。はじめて見る飯屋のやり方に、全員が挙動不審だ。


 そしてやたら混んでいる。


「ああ、今日は週末じゃありませんが、なんだか忙しいね。ありがたい事で」。

 店員が言った。


 川尻「しゅうまつ? なんだそれは……! それに、これは……いったいなんだ?」


 奥田「それはそうと、なんだこの匂いは? どれも美味しそうだ。キジや鴨、鯛やたこなど、珍しい食材もあるぞ」

 そう言った後、五人を見渡し、ごほんっと軽く咳払いをする。


 森「なんでしょう? 『地産地消』って壁に書いてますよ。ええっと……これは、地元の特産品を使って、ここで食べるという意味でしょうか」


 可児「しかし、なぜこのように多くの料理を作るのだ? とても食べ切れぬ」。


 会話というより、全員が感想をのべ、自己完結しているのかどうか、それすらわからない。


 平手「実はこれも小佐々様が考えたらしい。さっき店の入口にいた番頭に聞いたのだ。時間は一刻と決まっているが、その間なら自分で好きなだけ取って食べて良いらしい。これで客は満足し、店も儲かるというわけだ」


 冷静だ。


 川尻「なるほど、ここは街道だし、客には不自由しない。ひっきりなしに客が入れば、大量に作っても作り過ぎにはならぬな」


 やっと合点がいった。


 奥田「そうだな。しかしこれは何とも。小佐々様とは一体どのような人物なのだろうか」。


 奥田はより純正への関心が高まったようだ。


 その後五人は、それぞれ好みの料理を取り分けて食べ始める。料理の美味しさに感動し、話も弾んだ。小佐々領内に入ってから驚くべき事ばかりである。


 川尻「それにしても、小佐々様はこの地をよく治めておられるな。街道も城も町も、新しくて立派であるし、見た事のないものばかりじゃ」


 平手「そうだな。かなり内政に力を入れておられる。それに明日行く諫早という町は、小佐々様の政の中心地となる予定らしいぞ」


 可児「諫早か。楽しみだな」。


 森「そうですね。どんな町なんでしょう」。


 奥田「ここから馬車で二刻もかからぬようだ。しっかり食べてしっかり寝よう」。


 川尻「そうしましょう。ああ、そのキジ肉はまだありましたか」


 五人は全員が思い思いに好きな物を食べ、楽しんだ後、宿に戻って早めに寝た。


 太良村は目の前が筑紫海でのどかではあるが、宿場町として栄えている。朝は早かったが、一刻半くらい町道を走ると諫早の町が見えてきた。三月三日の朝である。


 川尻「なんだこれは!」

 諫早の町は駅馬車の大きな停車場がある。到着するやいなや、全員が馬車を降りて見上げる。


 可児「これは……城なのか?」


 平手「これが諫早城か。……いやはやすごいな」。


 森「信じられない! こんな城があったなんて!」


 奥田「見たこともない造りをしておるな」


 川尻「そうですね。これは……岐阜城よりも大きい……のか?」


 可児「確かに、これは、城……というよりバカでかい御殿のようにも見える。戦には不向きだな」。


 規模は東西約六町(600m)、南北約五町(500m)で、岐阜城は、東西約三町(300m)、南北約二町(200m)ほど。単純に考えると岐阜城より大きいのかもしれないが、岐阜城は金華山全体が要塞化されており、山中にも砦や櫓が築かれている。


 金華山が城とすれば、岐阜城の方が大きい。しかしこの城は山城ではない。平地に建てられた城なのだ。五人はこれほど壮麗豪華な城は見たことがなかった。日本でここだけではないだろうか、そう思ったのだ。


 平手「殿も異国の文化はお好きだが、小佐々様もかなり異国文化に傾倒しているようだ。今までの事を考えれば、積極的に取り入れているとしか思えん」


 森「異国のものと言えば、例の、あの、異教の、キリシタンの寺があるらしいですよ、……道すがら聞きました」


 奥田「何? まことか? では、小佐々様の領地が他と違うのはキリシタンに関係があるのだろうか」


 平手「どうなのでしょうか。聞いた話では小佐々様はキリシタンを好きでも嫌いでもなく、宗教の自由を尊重しておられるそうです。それゆえ、この城にはキリシタンも仏教徒も争う事なく過ごしているんだとか」


 川尻「よく知っておるな。どこで聞いたのだ?」


 平手「森とおなじく、ここまでの途上で人々に聞いたのだ。しかし、どのような寺なのか見てみたい気もするな」


 森「(うんうんとうなずきながら)私もです。どんな神様なんでしょうね」


 奥田「あまり羽目を外すでないぞ。我らは遊学の徒とは言え、殿の命を受けた織田家中の代表なのだ。名を落とすような振る舞いは慎まねばならぬ」。


 平手「そうですね。気になる物は多々あれど、節度を持って行動しなければなりませんね」


 森「そうですか。残念だなあ」


 可児「まあ、仕方ないか」


 森「でも、この城は忘れられないなあ」


 奥田「見るな、とは申しておらぬぞ。節度をもって、と言うたのだ」


 五人の興味は止むことがない。


 そこら中に人、人、人があふれており、宿や飯屋、酒を供する店も限りなくある。大道芸人目当てに人が集まり、そこかしこで物を売る掛け声が聞こえる。


 ここは小佐々弾正大弼純正が、領内の統治を円滑に進めるために、彼杵郡、高来郡、藤津郡を結ぶ交通の要衝に築いている城なのだ。さらに西に大村潟(湾)に南に千々石潟(湾、現在の橘湾)、東に筑紫海(有明海)に面している。


 海運と陸運すべてに適した町、どうみても戦を目的にした城ではない。これは政をするための城なのだ。


 五人は名残惜しそうに諫早城下を発った。純正の本拠地多比良に着くのは酉三つ時(1800)を過ぎたあたりであった。

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