第287話 信長の交換遊学生【肥前王との謁見】
永禄十二年 三月四日 小佐々城
小佐々城下である多比良で一泊した織田家からの留学生五人は翌日登城し、純正に謁見した。城下はさすが本拠地というだけあって、一面に平地が広がっているわけではなかったが、街道沿いには店が建ち並び賑わっていた。
城は、というと諫早城を見た後だからなのか、五人とも少し拍子抜けしていた。山城としても小さな方だが、それでも十分政庁としての役割は果たしていた。
「初めて御意を得ます、奥田三右衛門直政にございます」
「平手甚左衛門汎秀にございます」
「可児才蔵吉長にございます」
「河尻与四郎秀長にございます」
「森勝蔵長可にございます」
純正は上座に座って全員を見回した後、
「遠路はるばるご苦労であった。弾正大弼である。苦しゅうない、面をあげよ」
全員に面を上げさせた。そもそも純正自身もこう言う堅苦しいのは苦手なのだ。
面を上げた瞬間、全員が驚いた。もちろん顔や仕草に出ないようにしたのだが、普通なのだ。とても北部九州に覇を唱える戦国大名で、自らの主君と五分の盟を結んでいる人物には見えない。
「誰かある! 金平糖とカステラ、それからゲンノショウコ茶を頼む」
甘い物に苦い物、個人の趣向にもよるが、例えばチョコレートとコーヒーを一緒に飲んだり、こたつに入ってアイスクリームを食べるのと、同じ感覚なのであろう。
「お待ちください! ご無礼申し上げますが、お茶は結構でございます」
年長の奥田直政が立ち上がり気味に答えた。
「ああ、酒の方が良かったか? しかし甘味とは合わんと思うがな」。
「いえ、そうではございませぬ。お気遣い無用にございます」。
純正は、参ったな、という顔をする。ただ、言った手前自分も食べたくなった様で、断られても何度も勧める。そのやり取りが何度か続いた後、
「では上総介殿には俺が書状を書いておくよ。無理に食べさせたって事でいいだろう? どうにも俺は堅い事が苦手でな」。
「では恐縮ですが、頂戴します」
直政は恐縮しながらいただく事にする。そして全員に行き渡るのを確認すると、
「じゃあ食べながらでいい。ええっと、一番左の、ええっと……」
「奥田直政にございます」
「ああ、直政ね、はいはい、ん? 奥田三右衛門直政? あれ、ひょっとして親戚に久太郎っていない?」
「はい、親戚の堀家に久太郎はおりますが、従兄弟にございます。久太郎をご存知なのですか」。
「(おおお! 名人久太郎やん! まじかよ。結構なネームド来てる?)あ、おお、うん? うん。せんだって岐阜に行った時に少し聞いてな、ごほんげふん」
(あっぶねえ。そうすると、信長の傅役の息子? そして笹の葉っぱの可児才蔵と、ああ、親父さんの方が有名なのかな? 河尻秀長。そして、鬼武蔵の森長可)
なにやらぶつぶつ言っているのが聞こえたのだろうか。直政が、
「いかがなされましたか? お加減でも悪いのですか」
と気遣ってきた。
「いやいい、何でもない」
純正は慌ててとりつくろう。
「とにかく、ご苦労であった。で、どうだ、わが領内は。そうだな、豊後ではそうでもなかったかもしれんな。しかし、筑後にはいって少しずつ変わってきたような感じではないかな。どうだ?」
すみまさの問にまず答えたのは、代表で年長者の直政であった。
「はい、まずは道の広さに驚きました。六間ほどはありましょうか。あれは主だった街道はすべてあのように広く、そして白く硬い土で出来ているんでしょうか」
「すべて、ではない。ただ、城同士を結ぶ街道や軍港、そして商業港、あとは山あいの道でも重要な要の道はそうしてある。次は?」
純正は得意気だ。
「あれは、あの白い土は、なんなのでしょうか? どうすればあのように固くなるのでしょうか」。
河尻秀長と可児才蔵が、被り気味に聞いてくる。
「あれは、気づいたかもしれんが、混ぜものだ。砂と小石と、あとは石灰石というてな、ほれ、あの貝がらじゃ、あれと同じ物が土を掘ると出る場所があるのだ。それを熱して、そうだな、窯焼きと同じくらいであろうか。粉々に砕いて細かくしてから水と一緒に混ぜる。そうして放っておくと、あのように硬くなるのだ」
全員がなるほど、とうなずく。純正はこれくらいは教えても問題ないと考えていたし、もともと織田と事を構えるつもりもない。織田領内で物流が活発化して経済が発展すれば、間接的にメリットがある。
「あの駅馬車というのも、領内すべてでしょうか。日中は何刻からやっているのですか。どのくらいの数走っているのですか?」
「それも全てではない。肥前はほぼ、できあがったが、北肥後や豊後はまだまだだ。それから、日の出から日の入りくらいであるな。あと、俺が、小佐々家中がやっているものと、領民がやっているものもある。そちらは主だった街道だけだがな」。
なにやら懐にしまってあった手帳のようなものに書き写している。それを見て純正は、なんだか微笑ましい気持ちになった。
「他にはあるか?」
「はい、南蛮寺というものを見てみたいのですが」
「なんだ、キリシタンに興味があるのか?」
「いえ、ただ、異教とはどんなものか知りたいので」
「そうか、それなら一番近いのは横瀬だな。ちょうどトーレスがいるから、ああ、そういえば大学にも講演でアルメイダが来ていたな。話を通しておこう。ああ、それからフロイスは元気にしておるか」
全員が顔を見合わせる。
「あの、フロイス殿とは、いったい」
「ああ、バテレンの宣教師よ。トーレスの命で京に向かっていたから、そろそろ上総介殿とも会うているのかと思ってな。上総介殿は昨年の九月に、公方様を奉じて上洛なさっているであろう」
返す言葉がないようで、五人とも黙っている。
「ああ、よいよい、気にするでない。京の様子は大使館があるゆえ、半月から一月に一回文が来るで、ようわかっておるからな」
純正はニコニコしている。やはり気分が良いのだ。
「ああ、そうだ、これを持っていきなさい」
純正は自分の名前と花押、そして印判が押されてある紙を五枚、それぞれに渡した。
「大事な上総介殿からの客人であるからな。それを持っていけば、駅馬車でも飯屋でも、それから大学でも造船所でも、どこでも入れるフリーパ、ごほんげふん。いやあ、ごほん、札だ」
一年間、どこでも、なんでも使える見られる、そんな札など国賓待遇かもしれない。しかし純正は、伊達や酔狂で札を渡したのではない。史実の信長は十四年後の天正十年(1582年)に謀反で死ぬのだ。
そうならないように、なんとか調整をかけるつもりだが、もし歴史の強制力のような物が働いたらどうにもならない。若い五人に自分たちの事を知って理解してもらい、より良い関係を作って、織田家を守ってほしい、そんな願いがあったのだ。
もちろん小佐々家中の事も考えた。しかし、こっちはこっちでなんとかできる。安土は遠いのだ。
「七ツ釜から定期船が出ているから、陸から行くのが遠いなら船を使うといい。それから……そうだ、一年あるから慌てる事はないが、外務省の日高喜を訪ねるがいい。つきっきりという訳にはいかぬが、分からぬことがあれば聞くがいい」
純正はそれだけ言うと、すまぬな、政務が溜まっておるのだ、とだけ言い退出した。五人は宿舎が決められていたので平伏し、純正が出ていったのを確認して、退座した。宿舎に戻る途中で認可状を見ると、
『天下布商』の判が押されてあった。
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