第250話 吉岡長増、桃李満天下②

九月八日 未一つ刻(1300) 筑前 津屋崎 第一艦隊 小佐々純正


銭の事でハッとした。まさか戦費が足りないのか?


(銭がないのか?)

小声で聞く。

(いえ、そうではありませぬ。お聞き下さい)。


「殿が推進されていた大型艦の建造も、大型艦の大きさを三種類程度に分け、五年計画としてまいりましたが、それでも銭は入るより出るほうが多く、今までの貯蓄を使ってやってまいりました」。


「しかしこたびの戦では、兵糧や給金、そして兵備はある程度予測はしておりましたが、戦による被災地の復旧や、信号所の敷設、そして街道の整備と、いっぺんに銭がかかりすぎております」。


「このまま戦が長引けば、終わった後に大友に相応の賠償金を払ってもらわねば、得た領地からの年貢だけでは到底賄えませぬ」。


「無論、所領収入や貢納は他にもあるため、全てではありませぬ。しかし、昨年までと比べて負担が大きいのは確かです。そして膨大な賠償金を得たとて、不満がつのり、ふたたび戦の火種となりかねませぬ」。


聞こえぬよう、小声である。


ふと、長増が言った。

「栄枯盛衰にて強者必敗」


なんだって?

「左衛門大夫殿、それはわれらの事を言っておるのでしょうか?」

ちょっとイラッとした。


「とんでもありませぬ。全てのもの。無論我らも含まれますが、その全ての事を言ったのです。五年前、でしたか。再三再四弾正大弼殿は、わが殿との盟約を望んでおりました。しかしわが殿は家格がどうの、体裁がどうのと、結びませなんだ」。


「それだけではありませぬが、その驕りひとつひとつが、こたびのような事態を引き起こしました。しかしそれが、今後絶対に弾正大弼殿には起きぬとおおせられますか?」


場が静寂に包まれ、ピーンと空気が張り詰めた。


張り詰めた空気の中、俺は考えていた。


長増の言葉にイラッとしたのは確かだ。ちょっとまて、まて、まて。俺は大友家を滅ぼしたいのか?いや、そうでは無いはず。そうだとしたら、もし、そうだとしたら、滅ぼさないと、こっちがやられる、そんな場合だ。これ以上我慢ができないとかね。


平戸にしても、大村や有馬にしても、龍造寺もそうだ。別にもともと憎くて滅ぼした(従属させた)訳では無い。そうしないと相手が増長するし、今危機が去ったとしてもまたやってくると思ったから滅ぼす他なかったのだ。


今回はどうだ?今回和平に応じてやつらが元に戻ったら、いやいやそう簡単には戻さないが、今の大友は開戦前の半分以下の領土と国力のはず。


毛利と組む?ありえんな。毛利は今われらと組んでいるし、尼子を仕掛けたのも大友だとわかっているはずだ。長宗我部?いやいやいや、そもそも今はまだ河野や一条や西園寺や宇都宮がいる。


長宗我部は四国の西の果てに到達していないから協力しようがない。そして、一番問題なのは、・・・島津だ。島津は間違いなく北上してくる。それが何年後かはわからない。しかし木崎原の後急速に勢力を伸ばして耳川にいたった。


その耳川の対戦相手が俺にならないといい切れるか?その時大友はどうする?史実の龍造寺のように、今の我が領土を侵略しないといい切れるか?史実では膨れ上がった島津に無理に挑んで大友は負けた。


そしてそれが衰退を招き龍造寺の勢力拡大となったのだ。一番怖いのは、島津と大友が組む事だ。現実的では無いかも知れぬが、間違いなく九州で一番力を持っているのはわれらだ。


そのわれらを共通の敵として与するかも知れぬし、島津からの調略が入るかも知れぬ。そうなっては南北に敵を抱える事になるが、まずい。


「左衛門大夫殿、この和平は宗麟殿の、大友の総意でしょうか?」


随分と考えた後、静かに聞いた。

「無論です」。

まさに泰然自若としている。


「道雪殿も越中守殿(鑑速)も納得の上ですか?」

「もちろんです。そうで無ければこのような事は申せません」。


うーん。悩み込んでしまった。

「直茂、弥三郎、庄兵衛、どうだ?」

会議室の三人に聞いた。


「進むも退くも立ち止まるのも、殿のご意思のままに、ですが、条件しだいかと」。

直茂は言う。冷静だ。


「土地や城もそうですが、われらに直接囚われた捕虜はおりませんが、捕らえた捕虜がおります。その処遇も考えねばなりません。特に吉弘は親子ともども優秀ゆえ、敵に回すとやっかいです」。

もっともな事を言うのは佐志方庄兵衛だ。


確かにそれも問題だ。


「あわせて、もっとも基本的なのは、これはただの和平なのか、それとも大友の降伏なのか、という事です」。

核心をついてくるのは弥三郎である。


「あわせて大友三家老の動きです。今は大局をみると圧倒的に我軍が優勢ですが、香春岳城の被害をみるに、和平をしないとなれば、道雪・鑑速軍が死にものぐるいで反撃してまいりましょう。第二軍の被害だけで四千近いのです」。


「一万五千の死をも厭わぬ兵が襲いかかれば、われらの被害も千や二千では済みませぬ。おそらくは五千以上の死者が出るでしょう」。


それよな。それが一番の悩みだ。平戸にも最初は家を残した。大村や有馬は残しては禍根となると判断して取り潰した。龍造寺は、純家がまだ若く残した。結果著しい成長を遂げている。


「では、仮に和平を結ぶとして、条件はどのようなものでしょうか?」


後で思ったのだが、やはり吉岡長増は、傑物だったのだろう。俺の継戦意欲をくじき、和平路線まで持っていくとは。


「それは後日交渉するとして、和睦をする、という事でよろしいでしょうか?」


「お待ち下さい。岳山城の攻城軍の戦闘は、止めてもらわねばなりません。これは交渉をする上での大前提です。そうすれば、われらも急ぎ各軍団に知らせを送り、攻撃しているのならば止め、進軍しているのならば領内まで兵を退きましょう」。


承知しました、と長増は言い、


「我が願いを叶えて下さり、誠にありがとう存じます。これより道雪、鑑速、家老三人で協議し決定します」。


「宗麟殿の意は仰がなくてもいいのですか?」

「はい、仰いでおっては決まるものも決まりませぬ。それに臼杵に行って戻るとなると、一週間はかかります。事後にて必ず説得いたします」。


六十六歳、現代で言えば定年後のシニアとも言える年齢である。最後のご奉公とばかりに、必ずこの交渉をまとめて見せるという強い意志を感じさせたまま、会見の場を後にした。


酉三つ刻(1800)最寄りの信号所より旗艦に通信が入った。


『ハツ ヒトシ アテ ソウシ ヒメ テキグン ホウヰ ヰジ シツツモ コウゲキテヰシ ヲンタヰシヨウノ シヨメン カクニン カンシヤ ヰタシマス ヒメ マルハチ トリサン(1800)』

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