第264話 交錯する意志 第二回 対大友和平交渉
九月十八日 巳の一つ刻(0900) 津屋崎 小佐々純正
昨日すでに到着していたのであろう。こちらにとっても、大友との交渉は喫緊の課題だったので、交渉の日程は要求通り最短で設定した。九月十八日の辰一つ刻(0700)、近習が※吉岡長増の来訪を告げたのだ。第二回の和平交渉が始まる。
「長増殿、息災でござったか。こちらは海部郡の謀反が早期に終わり、被害も少なく、終わって安心していたところである」
この数日で豊後に行き、諸問題を解決して宗麟とも会談をし、大友の総意として交渉をするために戻ってきたのだ。年相応の佇まいだが、少し疲れているようにも見える。六十六でこの仕事量はきついだろう。現代とは違うのだから。
「お気遣いありがとうございます。弾正大弼殿のご配慮のお陰で、なんとか間に合いました。海部郡の件については、前回も申しましたが、誓って我が主君の関与なき事にて、この交渉に影響を及ぼす事はございません」
「援軍は確かに送られましたが、それはこの長増一生の不覚、まさかこのような事起きるとは考え得ず、一人先走ってございました。しかしながら海部郡の件は、もう小佐々家に服属してござるが、それは大友の預かり知らぬ事」
「臼杵も柴田もわれらの国人でござった。明確に離反を示したわけでもなく、お家騒動にて仲裁しようとしただけにござる。小佐々家との関係を悪化させようなどとは、露ほども考えておりませんでした」
俺の目を見て、まっすぐ、訴えるように話す。
「海部郡の件は内輪の事ゆえ、この交渉には影響はありませぬ。そこはご安心ください。また、今後同じ事が起きぬよう、お気をつけくだされ」
かたじけない、と長増は言った。本当に疲れているようである。
「では、はじめてよろしいか」
長増の返事とともに交渉が始まる。
「前回の交渉をまとめると、豊前の企救郡、筑前の遠賀郡をわれらに返還、その代わり、玖珠郡の日出生城周辺の数ヶ村の返却。これをどうするか、で終わったがいかがか?」
「確かに、その件を持ち帰って協議すると、ここまででござった」
「それで、いかがでござるか。宗麟公はご納得されましたか?」
「……納得は、されましたが、もちろん諸手をあげて、ではございませぬ」
長増が苦笑いをしたので俺もあわせて笑う。
当然だ。花尾城は依然小佐々の領地であるが、返還を要求している遠賀郡、企救郡、そして京都郡の領地は二十万石弱だ。それに対し俺たちが返還しようとしているのは、玖珠郡全部返還したとしても三万石にしかならない。
しかも日出生城周辺の数ヶ村だから、わずかに日出生村、中田村、平谷村、松尾野村他、数ヶ村あわせて二千石もない。あまりの違いだ。普通に考えると容認できないほどの開きがある。屈辱以外にない。しかし、
「この件については、その方向で検討するという事で、いったん別の議題に入りませんか? 領地の問題については、もっとも厳格であるべきなので、時間をかけて、交渉終了までの間に詰めるというのでは、どうでしょうか」
という事を言ってきた。
どうした、何かを企んでいる? いや企むにしても、何を?
「いかがですか」
「……いいでしょう」
長増がニコッと笑う。やっぱり何か考えているのだろうか。
「では、こちらの要望は先程の領地の件しかありませぬ。あとは弾正大弼殿が出される条件を、こちらがどの程度飲めるか、という事になりまする」
嫌な予感がしてきた。
「何か、ありますか」
長増が言う。
「では、まずは府内の湊の件だ」
「我が家臣の中には府内の権益を一手に収めよ、との意見も多かった。しかし俺は反対した。それでは大友を困窮させるだけだとな。府内の沖浜は大友の生命線であり、交易による収益を取り上げれば、まず不満が残り抵抗する者も出てこよう、と」
「そこで俺は考えた。帆別銭やその他の湊の権益をとるのではなく、免除してもらってはどうかとな。われら小佐々の商人の帆別銭を免除してくれれば、どんどん小佐々の船が入ってくる」
「われらは豊後の物を手に入れやすくなるし、逆もしかりじゃ。それから、代わりに小佐々領に入る関銭を廃そうと思う。これで人、物、金が行き交いお互いが豊かになる。いかがじゃ?」
「それは良いお考えで。われらに異存はございませぬ。で、あれば別府湊や国東の、いや国東はすでに弾正大弼殿の支配下でしたな。他の湊もなくしましょう。その代わり、われら大友の商船も、小佐々領内の帆別銭を減免していただけませぬか」
いいでしょう、と俺は答えた。もちろんすぐには出来ないだろうが、そもそも小佐々領内の湊は帆別銭が安いのだ。領内で争っても仕方ないから、格差が起きないように随時調整している。港湾労働者や、例えば高田弾正など筑紫の海衆との合議だ。
そして、言わなければならない事がある。
「もう一つ、これは要望というよりも、提案に近い物だが」
前置きをした。
「軍艦を停泊させてはもらえぬだろうか?」
長増は厳しい表情だ。当たり前だ。
「弾正大弼殿、それが何を意味しているか、ご存知の上で仰っているのですよね」
俺は、そうだ、という意思を声に出さずに示した。
「それはわれら大友が、小佐々家に屈する、従属する事を意味しています。水軍はもちろん、他国の兵を領内に常駐させるとは、普通ではありえませぬ。これは想定外の事案となりましたので、軍艦の件は、先程までの帆別銭や関銭と別に願えますか」
委細承知いたした、と俺はいい、第二回の和平交渉は終わった。長増はこの件で宗麟に裁可を得ねばならぬらしい。安全保障上の事であるから当然だ。次の交渉日程の先触れを待つとしよう。
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