第258話 京都にて 和議調停交渉の難航

 九月十一日 午三つ刻(1200) 御所


 本来なら通達から数日かかるところを、献金のおかげであろうか、予想より早く参内する事ができた。自分の気持ちを静め、これからの拝謁に臨むのは、※大友宗麟の使者である伊東祐親である。自分の一挙手一投足に主家の命運がかかっている。


 そんな大役を引き受け、豊後から京の都までやってきたのだ。


「帝の御厚恩に感謝申し上げつつ、我が主君※大友左衛門督の家来、※伊東祐親が本日はここに参内させて頂きます。拝謁の許しを賜り、感謝の念、厚く申し上げます」


「実のところ、昨年より我が大友氏と小佐々氏との間には、触発すれば即座に火花を散らすような状態が続き、その衝突が両者の民に大いなる困苦をもたらしております」


 まずは具体的な話をせず、民の為、この状況を脱したい気持ちを伝える。戦をしたい人はいない。為政者として民の生活を安んずるならば当然の事だ。


「そうか。それは大いなる苦難であるな。何を望むと言うのだ」。


 言葉少なに帝の傍らに座る公家が話す。


「こたび主君左衛門督の命に従い、この争いの解決を求めて、帝の御裁定を仰ぐべく参上いたしました。我が大友氏と小佐々氏との間に和議が結ばれれば、平穏がかの地に戻り、民も安らぎの日々を取り戻せましょう」


 あくまでも、民の安寧を願う為に、和平を願う。その為に調停をお願いする立場を強調すれば、平安を願い奔走する忠臣の印象を与えると考えているのだ。


「ふむ、ではなぜそうした事態が生じたのか、詳細に説明せよ」


「は、では申し上げます。我が主君左衛門督は永禄のはじめ、六カ国の守護ならびに九州探題に任じられ、以来十年間地域の平和と民の安寧を願って参りました」


「しかれども一昨年あたりから、肥前の小佐々による調略により、筑前と筑後の国人が反旗を翻し、平安を乱し、どさくさに紛れて小佐々はそれらを自らの領地としているのでございます」


「また、久しく豊前と筑前の平安を脅かしておりました毛利を一掃せんとして、鎮圧に臨みましたところ、小佐々とのいざこざに発展してございます」


 これでいい、と祐親は考えていた。被害者の目線だ。あくまで大友は被害者であり、平安を害したのは小佐々であり、毛利を排除しようとして邪魔をしたのも小佐々である、と印象づければいいのだ。


 しかし、公家からの返答は意外なほど冷淡であった。


「ふむ」

 と言った後で公家は続けた。


「『朕が小佐々の使者より聞き給ひし内容と、甚だしく相違あらんなり』と帝はおおせである」


「今回の戦闘は、大友氏が豊前の毛利領へと侵攻した為に起きた事態であり、それに対し援軍を求められ給いたる小佐々氏が軍を動かしたものである」

「尚、先の勅書にて筑前は小佐々氏に任されよとの御命ありきにもかかわらず、大友氏が筑前に侵攻せられ給いたるのは事実なり」

「また、筑後の国衆の離反は小佐々の調略に非ず、自ら服属を願い出た様に推察される。これにより、和議の調停は困難を極める事となろう」


 とも付け加えた。どう言う事だ? なぜその様な話が朝廷に入ってきておるのだ。小佐々が、まさか先に情報を伝えていたのだろうか。冗談ではない、大友家が朝廷や幕府にいくら献金してきたと思うのだ。千貫や二千貫ではないぞ。


 まずい、なんとか誤解を解かねばならん。祐親はすかさず弁明をした。


「恐れながら申し上げます。今回の戦に至る事情、大友家が小佐々に先に戦を挑んだとの誤解があるようでございますが、それは全くの誤りにございます」

「大友家がまず攻めたのは、ながらく毛利が横領していた我が大友の領土でございます。我が大友家は、あくまで毛利に対し攻撃したのです」

「しかし毛利は逃げ、これで安寧が訪れるところを城主が小佐々に援軍を求めた為、やむなく小佐々との戦に突入する結果となったのです」


 こういう時こそ自信を持って、しっかりはっきり話す。


「我々はあくまで自領を取り戻す為に行動しただけであり、他意はございません。この事実をご理解頂き、和議による解決の為にお力添えいただけますよう、お願い申し上げます」


 公家はしっかりと祐親の話を聞いた後、困った様な顔をして、ゆっくりと話し始めた。双方の言い分が違うのはよくある事なのだろうが、こうまで違うと解釈のしようがないのかもしれない。しかし、納得してもらわなければならない。


「祐親とやら、そなたが申し述べた事実については、麿もよく理解いたした。大友家が初めに攻撃を仕掛けたのは毛利であり小佐々ではない、これは確かに見逃せぬ事実であると認識しておる」


「しかしながら、そなたがこの戦に至る事情をそう説明する一方で、小佐々家もまた異なる解釈を持つ事は確かであろう。その為、帝がどちらかの陣営に肩入れするわけには参らぬ」


「それでも、われらはそなたが和議を望む意思を尊重いたす。これからどのような調停が可能かを模索いたすが、すぐに結果が出るとは限らない事、それをご理解願いたい」


 一体どうしたと言うのだ? このような朝廷の対応など見た事もない。これまでの叙任の際はもちろん、「修理大夫」より格上の畠山氏しか名乗れない「左衛門督」を授かった時も、こうまで難色は示さなかった。


 朝廷の中に何か、大友を良しとしない風潮でもあるのか? 派閥か? いや聞いた事がない。それよりも小佐々だ。いったい朝廷に何を仕掛けているのだ。伊東祐親は思惑通りの言質を取れなかった事を悔やんだが、どうする事もできなかった。


 豊後への足取りは重い。


 ※伊東祐親……架空の人物

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