第232話 香春岳の戦い ソノ参

九月五日 早朝 ※香春岳城


陸軍の部隊は金辺川をわたって西進し、秋月種実部隊(以下秋月隊。信号文では第二軍・ニシ)は北上し、金辺川の東岸にて敵の砲撃に注意しながら渡河する。陸軍部隊(以下便宜上陸軍部隊と表記する)との連絡のために信号員を適宜配置するが、視界が悪い場合は馬にて伝達する。


半刻(1時間)ほどで渡河は完了し、陸軍の進軍と状況をみる。今回の作戦は陸軍が主である。第二軍(秋月隊)が攻め上がるとしても、一ノ岳狙いの平地、または一ノ岳と二ノ岳の鞍部、そして二ノ岳と三ノ岳の鞍部からとなる。


二ノ岳と三ノ岳の鞍部からだと陸軍との距離が遠くなる。種実は兵を二つに分ける事も考えたが、兵数は西に回った陸軍兵の二千五百を除けば国衆兵(秋月隊)は五千となる。敵と同数で、分ければ各個撃破の恐れがるのでそのままで待機し、今は様子を見ている。


敵の砲の射程まで、ゆっくりと近づく。砲撃は、ない。


本来、元々の本陣から平地までの距離は半里(1.5km)もない。したがって普通なら半刻もかからないのだが、様子を見ながらゆっくりと進んだ結果、平地に到着して部隊を配置するのに二刻(4時間)かかった。かかった、というよりかけたのだった。


平地に配置した部隊と本隊との間の坂道は開けておく。退却時に混乱を起こさない様にだ。


■巳の三つ刻(1000)須佐神社


陸軍兵は西進後北進し、須佐神社付近まできた。東側は一ノ岳に向かう急峻な林になっており、西側も東側ほどではないにしろ五徳川を境に丘になっている。平坦ではなくなるのだ。幅は約八町(800m)。


槍兵と銃兵をあわせた方陣を縦にならべ、騎兵がその側面を保護する。


しかし、ここから先は進むたびに平地の幅がせまくなり、最終的に騎兵は後方に待機する様になる。


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■ 同刻 香春岳城内


「殿、大砲はもう使えませぬ」。

※鑑理の家臣が、城壁に並べてあった大砲をすべて確認したあと報告に来た。


「そうか。ご苦労であった」。

鑑理はねぎらう。


(一時は敵兵をなぎ倒し、さすが南蛮の武器よと思ったが、存外もろい物であるな。敵もそれに気づいたかも知れぬ。注意深く進み、警戒しながら城との距離を詰めてきておる)。


※吉弘鑑理は敵の半数が筑後方面に向かうのを見て、※戸次道雪らに動きがあったのではと考えた。しかしそれでも、半数になったとはいえ敵のほうが優勢。水の手を絶たれれば敗北は必至である。


(敵が攻めてくればこちらに有利にも働くものを)。


「誰かある!」

「はは!」

「敵陣の様子がわかる者はおるか?」

「はは、これに!」


二人の足軽がやってきた。


「その方ら、敵陣を見て参ったのか?」

鑑理は二人に尋ねる。


「おらは西側の山から降りて攻めるときに見ただ」。

五兵衛が言う。


「おらは東の平地から逃げて城に戻るときに見ました」。

甚五郎は答えた。


(ほう、西と東、両方を見た者がいるか)。


「五兵衛とやら、それは最初の攻撃か?それともわが軍の砲撃の後か?」

「砲撃の後でございます。敵の大将が討たれて、後退するのを見ました」。

五兵衛は言う。


「うむ。ではその時何があった?大砲か?騎馬か鉄砲か?」


「鉄砲はたくさんあったようだけんども、大砲はなかったな、でございます。ああ、川下のほうにあった様な気がするだ」。

五兵衛は考えながら、思い出した様に答えた。


(ふむ。なるほど。混成部隊か)。


「では甚五郎」

今度は東側を見た男に聞いた。


「その方はどうであった?どの様な武器で、どの様な装いであったか?」

「へえ。たくさんの大砲に鉄砲と槍をもった兵がおりました。槍と鉄砲は、なにやら一組でしたが、甲冑を来ているお侍様は、いなかった。いたかもしれねえけど、見かけませんでした」。


(なるほど。東側は南蛮風の兵のみか)。


「ご苦労であった。下がるが良い」。

二人を下がらせた。


(みたところ、敵の兵は半数ほどに減っておる。ということは南蛮風の兵も半分になり、和式の兵も半分になったと考えるのが普通であるな。敵の当初の作戦目的を考えてみよう。二手に分けたのは単純に兵数に余力があったからであろう)。


(ではなぜ東と西で装いが違うのか。西は間違いなく水の手を断つ事を目的としていたであろう。現に水の手間近まであと半里(1.9km)のところまで来ておった)。


(襲いかかったわれらの兵を大砲と鉄砲で撹乱し、接近してくる者には槍で対処しようとしていたはずだ。現にそうした。もっともわが砲撃にて陣形を崩して退却したが、相当数の鉄砲を配備していた。その事が、最初の攻撃のわれらの被害でわかる)。


(わが軍は近づく事すらできなかった)。


(対して東はどうであろうか。大砲と鉄砲を多数配備しておったのは西と同じだが、甲冑を着た侍がいなかった。・・・・。和式の部隊と南蛮の部隊の指揮官は別で、大砲と鉄砲のほとんどは南蛮風の部隊に配備されているということではないか?)


(ほとんどではないにしても、今の兵数で考えれば、鉄砲は南蛮式部隊に千ないし千五百、和式の部隊には二百から三百、といったところではないだろうか?)


(兵が半数になっても二手に分かれたとなれば、われらの水の手の弱点を把握し、積極的に攻めずとも良いと判断したのであろう)。


鑑理は限られた情報から最適解を求めるべく自問自答する。


「申し上げます!敵兵須佐神社付近にて北上中、その数約二千五百!」

「申し上げます!敵兵ゆるりと渡河をし、一隊を平地、一隊をその東に展開しております!その数約五千!」


(間違いない。西側は南蛮式部隊であり、東側は日本式である。ゆえに鉄砲の数も少ない。なればとれる方法はひとつのみ!)


吉弘鑑理は軍議を開き、東西に分かれて戦闘の準備を始める小佐々軍に対する作戦を公表し、実践する事となった。誰も反対する者などいない。水の手をまさに今絶たれようとしている時、鑑理の策にかける他なかったのだ。


香春岳城をめぐる最終決戦が始まろうとしていた。

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