第242話 福江港からの参戦

九月六日 卯の三つ刻(0600) 第二艦隊


朝方雨で視界が悪く、それでも視程で三海里ほどあったので出港できた。


どうなるかと思った艦隊司令の姉川延安准将であったが、杞憂に終わった。昨日1500に福江港に着いたのだ。宇久純定の準備が整い次第乗艦を開始し、五島水軍とともに筑前津屋崎をめざす。


昼過ぎから南の風五~六ノット。夕刻、日没までには江島の湊までは着くであろう。

そう思った延安は乗艦が完了するまで福江湊の町をみてまわる事にした。もちろん純正の許可は得てある。


許可というよりも、盟を結び技術提携と交易の協定を結んでいる宇久の領内だ。どの程度繁栄していて、人々の暮らしぶりはどうか。


『宣教師を呼んで教会を建て、賑わっているようだが、よい点ばかりではあるまい。もし気になる点があれば控えておいてくれ』との事だ。


福江の繁栄はひとえに、肥前で四つ目となる南蛮貿易の湊が開かれる事によって実現した。豊かな物資の流入やキリスト教の布教活動によって支えられている。湊は小佐々領に比べれば大きくないが、多くの船が集まって商業活動が盛んだ。


宇久純定はこの繁栄の中心的存在であり、キリスト教の宣教師を招き、教会を建てて信仰の広まりを促している。純定自身もキリシタンとなり、新たな信仰を持つ事で政治的な影響力を増している。


しかし、この宗教的な変革によって、地元の領民との対立が生じている事も確かだ。伝統的な信仰や風習との摩擦が生じ、一部の領民はキリスト教の布教や新しい宗教行事に反発している。その対立は時には激化し、社会的な緊張をもたらしている。


領主である純定はこの対立を収束させるために努力し、地域の調和と安定を図っているが、なお解決の道は険しい。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


■福江の繁華街にあるうどん屋の店内


【権六(キリシタンの夫)】

「なあ、幸。この福江の湊の賑わいはすごいな。商船が行き交っていて、みんな活気に満ちている」。


【幸(キリシタンの妻)】

「そうね、ここは宇久の殿様がキリスト教を広めたおかげで、教会や信仰の場が増えて繁栄しるらしいわ」。


【権六】

「でも俺たちキリシタンの教えが地元の伝統とぶつかって、対立も起きているんだろう?商売に影響がでないか、それが心配だよ」。


【与兵衛(仏教徒の夫)】

「失礼しました、お二人とも。ここのうどんは美味しいでしょう?材料は全部この五島で賄っているんですよ」。

うどん屋の主人が言う。


【芳(仏教徒の妻)】

「うちのお店の手打ちうどんは、本当に評判がいいんですよ。地元の食材を使っているので他では食べられない。小佐々様の領内も戦がなくなって、みんな旅をする余裕ができて、商人だけじゃなくて最近は旅人も増えているんです」。


【権六】

「教えの違いはあれど、食べ物はみんなが楽しめるものですね。ここで美味しいうどんを食べながら、いろんな考えが共存共栄しているこの地域の魅力を感じます」。


【幸】

「そうね、この街では宗教の違いを超えて、人々が互いを尊重し、共に暮らしているんだもの。それが私たちが大切にすべき事だと思うわ」。


【与兵衛】

「その通りですね。御仏もキリシタンも、心の支えとなるものですからね。共に生きる上での豊かな多様性でもあると思います」。


(会話を楽しみながら、夫婦たちは美味しいうどんを頬張るのであった)。

どうやら、衝突があるのは一部の過激思想を持っている集団だけらしい。商人も店の人間も、自分の迷惑にならなければどうでもいい、という考え方のようだ。


それに、何かが起きたとしても、それは宇久領の問題。小佐々領に飛び火してこなければいい。そう考えた延安はそこはそのまま純正に報告する事にした。あとは外交だ。


【権六】

「おい、あの湊に兵が集まっているじゃないか。戦が起こるのか、どこが相手なんだろうな。周りは小佐々様だから、どこかに行くのか?」


与兵衛が頷きながら答える。


「そうですね。湊にたくさんの軍船が集まっていますね。おそらくは宇久の殿様が小佐々様と合力してどこかに当たるのではありませんか?この湊に兵が集まるのは久しいのです。異例と言ってもいいほどです」。


その時、横の席でうどんを食べ終わった延安が話しに加わった。


「お二人、湊での兵の集結について話していたのですか?私も同じ事を考えていたのです。関心があるんですよ」。


【芳(仏教徒の妻)】が驚いて尋ねた。

「戦が起こるのですか?」


「はっきりはわかりませんが、湊には大規模な軍船が集結しています。今のところあの艦隊は、五島の宇久様と協力して戦の準備をしているようですよ。ただ、この五島で、ではなく遠く離れた筑前での戦のようです」。


延安はここでなんらかの情報を得るつもりは無かった。ただキリスト教関連と領民の幸福度、そして今回の戦が、何か影響を与えていないか?という視点で会話に加わったのだ。


四半刻(30分)ほど会話した後、艦に戻った。


■翌日七日 

昨日、予想に反し、無風、逆風にて日没までに江島に到着できぬと判断し、福江島を出港後、北東八海里(15km)にある椛島の湊に停泊した。早朝より順風南東十ノットの風を受け、江島西海上へ辰三つ刻(0800)に到着。


追い風南の十八ノット。このまま行けば今日中に津屋崎である。しかし、状況を見て、壱岐の郷ノ浦あたりで停泊するものよかろう、と延安は考えてた。


『ハツ ニシ(第二) アテ ソウシ(総司)、ゼンシ(前司) ヒメ タダイマ エノシマオキ ツヤサキ トウチヤクヨテイ ホンジツ サルヒトツトキ ヒメ マルナナ(七日) タツサン(0800)』


江島信号所へ送信すると、返信の代わりに


『ハツ ニシ(第二) アテ ソウシ(総司)、ゼンシ(前司) ヒメ カワラダケジヨウ カンラク テキセウ フタリ ホバク シカレドモ ソンガイ オオキク シユウリダイフ ジユウセウニテ カウサウ イタス ヒメ マルロク(6日)ウマサン(1200)』


と送られてきた。


豊前では昨日香春岳城を陥落させた。南からは第四軍が北上してくる。もうしばらくで豊前はわれらが優勢になるであろう。主力は筑前にいるのだから。


■七日 巳の三つ刻(1000) 

的山大島の北西12海里に到着。南風十九ノットである。そのまま東へ向かう。筑前の津屋崎沖、相島の湊には1430に到着した。日没までに、宇久水軍と第二艦隊に乗り込んだ援軍は津屋崎に上陸できるであろう。


宇久の兵は数こそ千と少ないが、三分の二は鉄砲隊で燧発式銃である。海軍も陸軍も合同演習経験済みだ。兵数以上の戦力となるだろう。


『ハツ フタカン アテ ソウシ、ゼンシ ヒメ カンタイ ツヤサキオキ トウチヤクニテ ウクグン セン ジヤウリク カイシス ウチ スイハツテツハウタイ ナナヒヤク ヒメ マルハチ ヒツシヨン』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る