第226話 第一艦隊戦記 一路平戸より壱岐へ
九月四日 未三つ刻(1400) 長崎 第一艦隊旗艦 姉川 惟安准将
深沢勝行総司令・・・この人は大人なんだか子供なんだか。久しぶりの出港で、しかも実戦にうずうずしているのだろう。殿の大親友で、殿も大目に見ていらっしゃるから事なきを得ているが、他の人間なら切腹ものだ。
無論、殿はその様に命を粗末にする方ではない。しかし身分の違いや序列を、もっとしっかり認識してもらわなければならない。それにしても司令は人懐っこいというか懐に入るのが上手いというか、これはもう天性のものであろう。
わが艦隊に出撃命令がくだされた。
艦隊総員乗艦し、対馬の宗義調どのと合流するため、壱岐の郷ノ浦の湊へ向かう。
大友との戦が決まってからは、休暇だった者は返上して兵舎に詰めさせるか、長崎の町中で所在がわかるようにしている。今日の夕刻、遅くとも明日の朝までには乗艦できるだろう。
そして出港は明日、五日の卯の三つ刻(0600)以降、殿が乗艦されてからだ。矢弾、兵糧、軍需品を積み込む作業が続けられている。作業に従事している兵の顔を見るとさまざまだ。
初めての実戦に意気が上がっている者もいれば、休暇(実際には戦時中なので純粋な休暇ではないのだが)を取り消されて嫌々作業している者もいる。様々だ。しかし、休暇は補填されるぞ。半日ではなく、一日分だ。
それに、われらが負ければ大友の下でもっと環境は悪くなるぞ。わが殿はそんなに狭量ではない。いや、もうそんな細部まで殿は関わっておられぬか。海軍大臣が、いやいやこの人(深沢勝行)はいないものとして考えるべきだ。(自由人だから)
次官以下の官僚や軍人出身者の者が考える。
明日の出港計画を立てたり、航路を策定しなくてはならないから忙しい。もっともそれは、例えば航海長以下士官が考える事で、われらが考える事ではないな。いずれにしても対馬に着いたとて、すぐに合流して出撃できるかわからぬ。
ただ、できる事をやるだけだ。明日の辰二つ刻(0730)に出港したとしても壱岐の郷ノ浦に到着するのは早くて明後日になる。夜間は航行できぬゆえ、平戸を中継地として到着が明日の卯の四つ刻(1830)だ。日の入りすれすれだ。
くそう、夜間航行ができないのが恨めしい。海上での夜間航行は危険だが、湊の近くではどうであろうか?
灯明台とは別に、主だった湊では、特にこたびの様な緊急な軍艦の入港であれば、周囲に明かりをさんさんと灯す事で、多少なりとも入港の時間を遅らせられぬか?
いや、それが可能としても、それまでの夜間航行が危険だ。やはり正確な海図と明かりに航行術が必要だな。日没後も作業は続けられたが、戌一つ刻(1900)には終了した。明日の、出撃を待つ。
風が変わって順風か最悪でも横風になってくれればいいのだが。
これだけは神頼みだ。
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