第262話 駆け引きにむけて、筑前許斐山城にて

 九月十四日 未三つ刻(1400) 筑前許斐山城 小佐々純正


 やはり一人で考えるのはきつい。閣僚を呼ぶ。


『ハツ ソウシ アテ ゼンカクリヨウ ヒメ タヰヲヲトモ ワヘヰカウセウ ノ ジゼンキヨウギ ヲ ヲコナウ サンシユウ ヰタスベシ ヒメ ヒトヒト ウマサン(1200)』


 長増が帰った翌日、全閣僚を呼ぶ事にした。全員が到着したのは十四日の昼過ぎだった。宗像氏貞に連絡して許斐山城をみんなの宿舎にしてもらう。性分的に艦の上の方が落ち着くのだが(前世的に)、みんなは違うだろう。


 そろってさっそく会議を始めた。


「殿、お久しゅうござる」

「本当に」

 利三郎と忠右衛門が挨拶する。


「叔父上方、ほんの数日、一月も経っておらぬではないですか。それに利三郎叔父上、外交でしょっちゅう出ているでしょう?」

 みんなが笑う。みんなわかっているから、公私混同などとは言わない。


「さて、今日集まってもらったのは他でもない。大友との和平交渉の事だ。何を要求して、何を譲歩するかを決めたい。もっとも相手の出方によって多少は変更しなくてはならないだろうが、こちらは勝っている側だ。そこまで譲歩は必要ないだろう」。


 会議の最初に大前提を話すと、やっぱりこの男、

「そんなに優勢ならなんで停戦して和平するんだ? 最後までやって降伏させればいいじゃないか」


 海軍大臣の深沢義太夫勝行である。


「確かにそうだ。降伏するまで叩きのめせば、おそらく何でも言う事を聞くだろう。しかしその後はどうだ? 恨みしか残らん。死をも恐れぬ兵たちは強いぞ。われらの損害もどのくらいになるかわからん。そもそも本来の目的ではない」。


 皆を見回して言う。大友を滅ぼす事が目的ではない、と。滅ぼすにしても大友はデカすぎる。だから最初の平戸、龍造寺と同じ様にするべきなのだ。和平にしても従属に近いかたちで結び、反逆できないようにする。要するに共存共栄だ。


「そこで、生かさず殺さず、将来的にともに敵と戦う戦力にはなるが、反体制勢力として脅威にならない程度に弱体化させる」


 全員を見回し、異論がない事を確かめる。


「まず、人、物、金だが、これについてはどうだ? 誰か意見はあるか」

 全員を見回す。


「それだが、海軍としては湊が欲しい。九州の西側ばかりだから、そろそろ東側に拠点があってもいい頃だと思う」

 勝行が言う。それに関しては同意見だ。いずれ必要になってくる。


「俺も同意見だ。ただ、湊に関しては佐伯氏の佐伯湊がある。ここは佐伯氏が領しているが、今回の謀反騒動の件、何もなしというわけにも行かぬ。減封処分にしようかと思うが、その兼ね合いで湊の権益と使用権はもらう」


「府内はどうするのです?」

 農商務省の経産局長である岡甚右衛門が聞いてくる。そうだなあ、俺は考える。府内を得る利と反発する大友、どうだ?


「府内を得るとして、関銭はいくらくらいか?」

 甚右衛門に問うと、

「おおよそ月に千五百~二千貫程度にはなろうかと存じます」。


 年に二万四千貫か。海軍で最初に作った艦と同じくらいの金額だ。少なくはない。安定的な収益を生む。しかし大友が納得するだろうか。ゴリ押しでやれば出来ない事もないだろうが、本当に今後の戦力として考えるなら、恨みは買いたくない。


「利三郎、大友は納得すると思うか?」

「しますまい」

 はや!


「で、あろうな」

「は、大友の繁栄を支えている銭の元は、南蛮貿易しかり明や朝鮮との貿易しかり、湊からの関銭と、金銀鉱山の資源です。これを手放すとなれば、死ねというのと同じかと。最後まで手放すまいと抵抗するでしょう」。


 さて、どうするか。


「よろしいでしょうか」

 口を開いたのは、内務省の大田七郎左衛門である。


「湊から銭を取るのではなく、免じてもらってはいかがでしょうか。幸いにして小佐々も大きくなりました。関銭は魅力的ではありますが、それよりもわが小佐々の商船が入港する時の帆別銭を、免除してもらうのがよろしいかと」


「免除すれば、大友はわが商船から入る関銭はなくなりますが、小佐々の商人が扱う様々な物が府内を通じて豊後に流れます。これは、大友にとっても益になるかと」


 なるほど、その手があったか。


「皆、どうだ? 俺はそれでいいと思う。帆別銭は確かに魅力だが、免除の方がいいと思う」


 免除で決まった。その時、勝行が手を上げた。


「軍艦はだめか?」

「軍艦の出入港を自由に出来ないかな」


 場がどよめいた。無理もない。佐伯湊はわが領地だから問題はない。しかし他国の軍艦を領内にいれるのは、抵抗があるのではないだろうか。大友は反発するであろう。しかし、安全保障的には湊は多いに越した事はない。


 それに平和のための和平だ。提示してみる価値はある。要するにそれと対等な物を要求されなければいいのだ。しかし、もし許容すれば、良く言えば同盟、悪く言うならは大友は小佐々に従属した事になる。


 俺は今まで、従属国に無理な要求をした事がない。もちろんやれば出来たが、そうしなくても出来る素地が、出来上がっていたのだ。要は搾り取るより一緒に成長し、一緒に豊かになろうという戦略だ。その結果みんな、一緒に戦ってくれている。


 無理やり感はない。小佐々という柱を失えば、今まで享受できた物が、出来なくなる事を知っているのだ。だから戦う。功利主義と言えばそれまでだが、それだけではない。


「その件については勝行が言う事もっともである。しかしながら、大友がこの和平をどう捉えているかにもよる。向こうの出方次第であろうな。それでいいか?」


 全員が納得した。

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