第235話 乾坤一擲 氏貞と道雪

九月五日 申三つ刻(1600) 


香春岳城から進軍し、第一軍の宗像氏貞が居城の筑前岳山城へ戻ったのは五日の申三つ刻(1600)であった。


(まて、煙が見える。城からだ。まさか、落ちたのか?・・・・ありえぬ。城兵五百とはいえあの城だぞ)。

氏貞は焦りをあらわにした。


「申し上げます!敵軍、半数を押さえにおき、残りの兵七~八千にて総攻めをしている由にございます!」

斥候に放った兵が悲壮な面持ちで伝えてくる。


『発 総軍司令部 宛 第一第二軍司令部ならびに笠山信号所 ヒメ タイ ダウセツ エングン ハケンス ダイイチグンハ タケヤマジヨウ キユウエンニ ムカイ ダイニグンハ カワラダケジヨウ ニテ テキト タイジセヨ ヒメ 四日 午三つ刻(1200)』


先んじて岳山城信号所に届いていた、純正からの援軍の知らせはすでに受け取っていた。当然岳山城にも援軍の知らせは届いているだろう。信号の速さを考えると、昨日のうちに着いていると考えて良い。


しかし近場の筑前、筑後、そして龍造寺勢は五個軍団に編成されているから、残りの守備隊と武雄の後藤、対馬の宗、五島の宇久の兵であろう事は容易に想像がついた。


(あと数日はかかる。それまで城をもたせ、道雪軍をなんとかせねば)。


氏貞は決意を新たにし軍議を開いた。


「みな、もう見ての通り城はいつ落ちるかわからぬ状況だ。殿の援軍が来るとはいえ、数日はかかろう。その前に道雪と一戦交え、雌雄を決したいと思うがいかに?異議がなければすぐにでも仕掛け、一刻も早く城方に楽をさせたい」。

氏貞は皆に告げた。


「何か策はお有りでしょうか?」

石松摂津守が聞く。


「具体的な策は、ない。ただ敵の攻め手に攻撃を仕掛けながら、援軍が来る事、そして肥後の国衆も阿蘇もこちらに服属し、豊後は風前のともし火だと言う事を喧伝いたす」。


敵は連戦連勝ゆえ、正直な所われらが喧伝したとて信じまい。それでも事実を事実として述べる事は、心理的な揺さぶりをかける事になるであろう。


軍議に参加した誰もがそう思った。


「兵力においては、敵は我らの倍にて、我が軍は圧倒的な劣勢に立たされておる。しかしながら、敵方には大筒もなく、鉄砲も少ないのだ。更に、四方は遮蔽物のない平野。ここは騎馬兵の機動力と火力が物を言う戦場であるという事実も忘れてはならん」。

氏貞は言う。


「敵勢は我らが攻め立てんとすれば、応じて戦いを挑んでくるであろう。必ずや騎馬に乗って突き進んで来よう。我々の火力にてその攻撃を無力化し、大筒と鉄砲による遠距離からの攻撃で敵の攻め手の一部を崩さん」。


「さすれば城の味方の兵は散り散りになる事なく、我らの攻撃の手が届かぬ敵の防御に専念せん。鉄砲は敵の騎馬兵と足軽の接近を阻みつつ攻撃を仕掛け、大筒は城への攻撃を遥か遠くから行う。背後から攻撃を受けた敵は、城攻めを中止せざるを得まい」。


単純に、兵力差を武器の能力と陣形で補おうという戦術だ。


そう氏貞は皆に説明する。


「みな、覚悟を決せん。我らが計略が、狡猾な道雪や鑑速に届くとは思われぬ。ここは正々堂々と戦うべし。だが、時折、策略や兵力よりも、武器の差が戦局を変える事を、あの爺さんたちに示してやるのだ」。


「信号文は平文に書きなおして、そのまま渡してやれ」。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


■同刻 攻城軍 陣地


「との、臼杵様がお見えです」。


うむ、通せ、と道雪は近習に伝えた。


「道雪どの、ご覧になりましたか?」

「見た。これにござろう?」


『発 総軍司令部 宛 第一第二軍司令部ならびに笠山信号所 メ タイ ダウセツ エングン ハケンス ダイイチグンハ タケヤマジヨウ キユウエンニ ムカイ ダイニグンハ カワラダケジヨウ ニテ テキト タイジセヨ メ 四日 午三つ刻(1200)』

『発 第五軍司令部 宛 総軍司令部ならびに前線各司令部 メ クマベ カウフクス ワレラ コレヨリ クマベイガイヲ キユウガウシ アソトトモニ ウチマキジヨウヨリ ブンゴ ナンザンジヨウヘ シンカウス メ 四日 辰四つ刻(0830)』


「意味不明な文言もござるが、ハツとは発信者で、アテとは宛先という事であろうか。!第五、という事は敵は五つも兵を分けて来ているのであろうか?」

鑑速が道雪に聞く。


「虚言か真実かは定かでないが、小佐々にそれ程の国力があるのは確かじゃ。十分な可能性はあると見えるな」。

と道雪。


しかし、驚愕すべきは・・・。道雪は続ける。


「内容は当然我らに不利な物であるが、一つ目は肥前、小佐々の本陣より出ておる。次に二つ目は肥後より。肥前は昼、肥後は朝、驚く事に二つとも昨日の文じゃ。これは、戦の常識を超えておる。普通ならば二日ないし三日を要する事をわずか一日で伝えるとは。我らの動きは遅くとも明日には、小佐々の全軍に漏れる事になるという事じゃ」。


臼杵鑑速も信じられない顔をしている。


「戦の真の情勢を敵よりも早く知り得るという事は、それだけで敵に一足先に立つという事じゃ。豊前や筑前での我らの優位、筑後と肥後と豊後における我が軍と敵軍の立場、そしてそれに応じてどう振舞うべきかの最善策を、敵がみな共有し行動できる。これは、好ましからぬ事じゃ。始めより時間との競り合いであったが、我らに一隊、香春岳城に一隊、筑後から豊後へ一隊、そして肥後から豊後へ一隊、もう一隊は、おそらく・・・豊前に進入し国人を調略しつつ北進するであろう!急がねばならぬ!」


道雪は立ち上がった。その時である。


だん!だん!だだん!

だららららららららららら~だだん!

だん!だん!だだん!

だららららららららららら~だだん!


「何じゃ?何の音じゃ?」


二人は急いで陣幕をくぐり幕舎の外にでる。宗像氏貞軍が行軍をはじめ、戸次道雪のいる攻城軍に向けて進んできたのである。和太鼓の音ではあったが、聞き慣れない音の調べである。


ひゅううううううんん、どがん、ひゅううううううううん、どががん。


砲撃されている。


いかん!そう思った道雪は臼杵鑑速を戻らせて迎撃態勢をとらせるとともに、自らも騎乗し騎馬を集め攻撃に向かう。敵までの距離は約七~八町。離れているためか、幸いにして砲撃の狙いは正確ではなく被害は少ない。


「皆の者!敵襲じゃ!されど敵は小勢、恐れるに足らん!蹴散らしてくれよう!」

道雪の掛け声に騎馬武者が、おおう!と答える。


足軽兵は城攻めを行っていたため、すべて騎馬での攻撃である。その数二百。そして臼杵鑑速も騎馬隊を連れてきた。数は千五百。合計千七百である。一斉に突撃を開始した。


「かかれえ!当たらぬ!恐れるな!進めえ!」


大砲は次弾装填を行い、次々に砲撃を行うが、動きの素早い騎兵には当たらない。


「歩兵弾込め!撃ち方用意、撃てえ!」

「槍隊、構え、騎馬に備えよ!」


道雪、鑑速の騎馬隊がみるみるうちに迫ってくる。氏貞は射程に入るまで待ち、射程に入ったら満を持して一斉に銃撃を浴びせる。


装填をしている途中は騎馬対策のための長槍を前に構え、騎馬が接近しないようにする。鉄砲で遠距離攻撃を行い、それを突破してくる騎馬に対しては槍で応じて防ぐという方陣隊形だ。


目前に迫った槍をかわし、方向転換して道雪と鑑速は左右二手に分かれ挟撃しようとする。しかし方陣である。左右方向からの攻撃にも銃撃と槍にて対処ができるのだ。


「槍隊、構え!歩兵、撃ち方始め!用意、撃てえ!」


そして混乱していた道雪・臼杵の騎馬隊に向け、後方で控えていた氏貞軍の騎兵が襲いかかる。こうなってはさしもの剛勇でなる道雪と鑑速もなすすべがない。鉄砲と槍、そして大砲と騎馬を組み合わせた戦術は見た事が無かったのだ。


戦闘は一刻ほど続いたが、結果、道雪・鑑速軍は騎馬兵の三分の二を失い、日も暮れてきた事もあり、退却したのであった。局地的な戦闘ではあるが、道雪と鑑速が敗北を喫したのは初めてであった。

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