第224話 宗像貞氏と秋月種実

九月四日 巳の三つ刻(10:00) ※香春岳城 第一軍幕舎 秋月種実


昨日、原田殿の激を受け、兵にはしっかりと食事と休息をとらせた。そして名目上は私が第一、二軍の総大将となるが、あくまで独立、そして副将には原田殿を据えた。私は大将を固辞したが、原田殿はどちらでもいい様な素振りであった。


要は早く役割と責任を分担させなければ、動くものも動かせぬと。兵には朝食もしっかりとらせ、軍営を見回った。昨日の今日で完全に回復はできてはいないが、落ち着きを取り戻しつつある。


第一軍の国衆の兵力は五千三百、陸軍が二個連隊二千名に、二個中隊二百名。使える大砲と砲兵、槍兵、歩兵は二個連隊にまとめて、残りの二個中隊は独立遊軍とした。第二軍はほぼ陸軍の損失との事。


こちらも残りの兵を二個連隊にまとめて、三百名は独立遊軍とする。幸いにして第二軍の槍兵と、それから騎兵は後方にいたので損害はなし。国衆の兵は五千。あとはこの軍をどう動かすか、だ。


それから、現在こちらに届いている情報を整理した。


昨夜三日の段階で小倉城は戦わずして撤退している。おそらく杉重良どのは麻生の花尾城へ逃げたのだろう。そして昨日は日田城を降伏させた味方の第三軍が、角牟礼城と日出生城を落とし、由布院城へ向かっている。


第四軍も下高橋城と三原城を落とし久留米城へ向かっている。豊後戦線と筑後戦線は味方が有利だ。肥後の情報はまだ入ってきていない。


二人がいなくなっただけで随分と寂しくなった軍議だが、どれからの行動について話し合っている。


「原田殿、何か気になる事があるとおっしゃってましたが、なんでござろうか」。

私は昨日から気になっていた事を聞いてみた。この戦況を打開する策であればどんなものでも検討する余地はあるだろう。


宗像殿も原田殿の顔を見ている。


「それなんですがな、お二方は昨日の敵の砲撃で、何か気になった事はござらんか?」


砲撃?一体何であろう?何か不審な点でもあっただろうか。われらしか持っておらぬと思うておった大砲を、敵が持っていたとわかった時には確かに驚いた。しかし、それ以外に不自然な点など、あったであろうか。


「いや、申し訳ない。心当たりがござらぬ」。

そう言って宗像殿を見るが、顔を横にふる。どうやら私と同じようだ。


「そうでござるか。わしは昨日荷駄隊の守備をしておったから、見る事は能わなくても、大砲の音はよう聞こえておったのじゃ」。

原田殿は続けた。


「まず初めに、一ノ岳の西側、立花殿が水の手を絶つために、第一軍を進ませておった時、すざまじい鉄砲の音が聞こえた。これは立花殿が敵襲を受けて放った、鉄砲の音だったのであろう。その次にどおんどおおんどおおん、と物凄い轟音がした」。


「今にして思えば、これもわが軍の大砲であったのではないかと思う。問題はその次じゃ。しばらくしてまた大砲の音がしたのだが、今度は違っておった。何が違うかと言うと、揃ってないのだ。音がまばらというか、ちぐはぐだったのだ」。


「どおおん、と鳴ったかと思えばどんどん、と鳴り、次にどん、と鳴ってはまたどおんどおんどおん、と鳴る。まるで今日初めて大砲を触ったかの様な不細工さだ。そしてしばらくして、今後は東側、第二軍に向けての砲撃なのだが、こちらも同じ様にまばらだった。しかも、なんだか数が少ない様な気がしたのだ」。


「最初の西側への砲撃と比べても、明らかに音の間隔が長く、一度に撃っている砲の数もだんだんと減り、最期にどおん、とだいぶ間を置いて一発鳴り、それで終いじゃ」。


わたしは必死に原田殿の言った事を、頭の中で繰り返し考えた。


「それは、敵が大砲の扱いに不慣れで、しかも、弾が減った、もしくは使える砲が少なくなった、壊れた、・・・・という事でしょうか」。


「その通り。普通、わが軍の砲兵隊であれば、砲が十門あれば整然と撃つ。多少の間隔のずれはあっても、どどどどどん、とな。そして十発が一回、二回、三回、四回・・・と続いて、止めの号令できれいに終わる」。


「それが敵の場合は、十発、九発、六発、四発・・・・・最期に一発、とこうまで単純ではないが、減っているのだ」。


という事は?宗像殿が原田殿を見て言う。


「そう、おそらくは敵の大砲は壊れているか、弾切れで使えない。確証はないが、そう考えれば辻褄はあう。で、あれば大砲、鉄砲が潤沢にあるわれらが、恐れることはない。仮にこれが敵の計略で我らを誘い込もうとしているとしても、その時は退避すればいいだけの事。前回は突然の事ゆえ混乱したが、前もって構えていれば問題はない」。


「では、当初の策をそのまま実行しても問題ないと?」

私は原田殿に聞く。


「その通り。いかな策略とて、来るとわかっていれば対策のしようもござる」。

そう言ってわれら三人に少し笑顔が戻った頃、総軍司令部から信号文がきた。


『発 総軍司令部 宛 第一第二司令部 ヒメ タイセウリヨウメイノ シヲイタム ダイイチ ダイニグンノシメイハ テキノセンメツニアラズ テキヲブゼンニオシトドメ コクジンシユウヲ チヨウリヤクセシメ モツテ ブゼンノ ヘイテイ ナラビニ チクゼンノ マモリノ タスケトスベシ ミツカ ネノヒトツトキ(23:00) ヒメ マストミシンガウジヨ 四日 卯の一つ刻(0500)』


殿もわが軍には豊前の敵二万を足止めするように、と仰せである。しかし※小倉城まで落とした※道雪がどう動くであろうか。花尾城で対峙している※臼杵鑑速の動きも気になる。


「原田殿、どうであろうか。道雪はどう動きましょうや」。

「そうですな。敵の目的が豊前と筑前の平定ならば、そのまま花尾城を落とし、山鹿城、そして宗像殿の筑前岳山城、笠木山城まで進んでくるでしょう」。


宗像殿の顔がひきつる。さもありなん。


「しかし、敵には筑後や豊後の動静は、伝わっておらぬのでしょうか?伝わっているとすれば兵を二分して一隊を南下させて守りに入りそうでござるが」。

私は思った事を言った。


「間に合わぬであろう。わが軍は※由布院山城に迫ろうとしておる。由布院山城から※府内までは約十里。しかしここから夜を通して向かっても一日ないし二日はかかろう。おそらく敵は、肥後の阿蘇や隈部ら国人衆を、当てにしているのではないか」。


「そして豊前で勝ちを重ねることで国人衆の離反を防ぎ、なんとか由布院でわれらを押し留め、講和を狙っているのかもしれぬ」。


「しかし肥後にはわれらの第五軍が備えておる。仮に肥後勢が豊後に入って大友に助成するとなれば、われらが本拠地を襲う。敵の思うようにはならぬだろう」。


「われらはここで※城井や※野仲、※佐田などの豊前の国人衆に、こちらにつくように調略をかけるとしよう。日田城も角牟礼城も日出生城も落ちたとな」。


「そして宗像どの、おそらく敵は、道雪は臼杵鑑速と同時に花尾城を攻め、山鹿、そうして宗像殿の岳山城にも向かうであろう。第一軍は向かってくだされ。こちらは城を落とさなくても、押さえておけば良い」。


原田殿の言葉に、

「かたじけない!」

と宗像殿は返事をし、幕舎をでた。いても立ってもいられなかったのであろう。


さて、守りをかためつつ、国人衆の調略にかかろう。

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