第280話 琉球国の再興への道は小佐々との交易一択である
永禄十二年 一月二十日 琉球 首里城 長嶺親雲上(ながみねぺークチー)
首里城から南へ半里ほどのところにある安里村に、大掛かりな畑を作った。昨年の九月に小佐々の艦隊が来て、その三隻の艦隊の長である籠手田安経が、膨大な量と種類の香辛料を持ち込んだのだ。果物の種や苗木とあわせて栽培する事が目的だ。
毎回、小佐々の提案には恐れ入る。明の優遇政策がなくなり、海禁の緩和に伴って自由に明の商人が海を渡って交易するようになった。中継貿易を主とする我らの存在が必要なくなってきたのだ。それすなわち死を意味する。
朝貢貿易も二年に一回となり、随行員も百人までとなった。これは商品の流通量の減少に直結した。扱うものが少なくなれば、当然利益も減る。そして船の問題があった。明が造って我らに下賜していた船だが、その下賜がなくなった。
かろうじて我らは明の造船所で船を造っておったが、規模も小さい。しかも財政を圧迫した。このままだと国庫は空になり、王朝の未来に暗雲が垂れ込める、そういう矢先の出来事だったのだ。まさに神の助けである。
しかし、珍しい植物ばかりだ。胡椒やナツメグなど、いくつかは見た事があるが、その他の香辛料と果物は初めて見る。種の状態しか見た事が無いから、正直どのくらいの丈でどのように育つのか見当もつかぬ。
しかしこれらすべてを琉球国で賄えれば、我らは航海の危険を冒す事無く、明や朝鮮、日本へ輸出出来るのだ。日本にしても、東南アジアから輸入するよりも安く上がるであろう。無いものだけ東南アジアで調達すればいいのだ。
そう言えば何だったか、確か『ゴム』と言ったか。あれは、栽培出来ない事は無いが台風に弱いゆえ持ってこなかったと言っていたな。しかし何でもやってみなければわからぬ。
それがどのように役に立つのかわからぬが、せめて日本の役に立って琉球にも益があるなら、試さぬ手は無い。その様な考えを巡らしていると、作付担当の役人が報告にやってきた。一通り点検が終わったようだ。種類別、距離を離して植えている。
香辛料は胡椒、クローブ、シナモン、ナツメグ、ジンジャー、コリアンダー、チリペッパー、カルダモン、クミン、カイエンヌペッパー、フェンネル、セロリシードなどを植えた。果物はバナナ、パイナップル、マンゴー、ドリアン、ランブータン、パパイヤなどだ。
「長嶺親雲上様、見た事無い食物や果物ばかりでしたね。全部南洋から日本人が持ち込んだのですか」。
担当役人が言う。
「その通りだ。昨今の日本の、特に肥前の小佐々の勢いはすさまじい。ポルトガルの文化や技術を学んで、船や武器はもちろん、農業をはじめとした産業に役立てている。それを背景に莫大な富を築き、いまや九州北部を支配するまでになった。我が琉球も、在りし日の栄光にあぐらをかくのではなく、やれる事やるべき事をして、もう一度、太陽のように輝く国を取り戻さねばならぬのだ」
そうですね、と役人が相槌を打つ。
一昨年の十一月に小佐々と通商を結んでから、おかげで、昨年はようやく、年間の貿易収支が黒字であった。何年もの赤字があるのですぐに消す事はできぬが、それでも明るい未来である。
小佐々は琉球の芭蕉布やウコン、朱粉や琉球紅型、かすりなどの染め物や織物、ラデンなどを大量に買ってくれる。今までの日本には無かった事だ。それまで日本が買うものは全部『明の品』ばかり。しかしそれに、我ら琉球が依存していた事は確かだ。
積極的に売り込みもしなかった。そう言えば小佐々は明の生糸や絹織物を欲しがらぬ。噂では蚕の繭から生糸を作り、絹や絹織物の国産化に成功したのではないか? とも聞く。だとすればすごい事だ。
我が琉球の特産品である芭蕉布などは、日本の京都や大坂で大人気だと聞く。小佐々純正という男は商売もうまいのか。我らには、小佐々から石けん・椎茸・澄酒・味噌・醤油・酢・鉛筆・菜種油・鯨油・椿油・綿花・綿布・金などがもたらされる。
特に石けんや澄酒などは明でも大人気だ。朝貢貿易の頻度と量が減ったのであれば、民間の貿易を増やさねばならぬ。誰にも邪魔はさせぬ。誰に邪魔する権利があるのだ。邪魔するのなら、介入するならその対価を寄越せ。
昨年の四月には薩摩の島津から書簡が届いた。内容は、
『今まで薩摩と琉球は仲良くやってきました。薩摩としては琉球と日本の窓口は薩摩のみだと思っていましたが、日向の伊東や大隅の肝付とも懇意にしていると聞きます。さらに最近では印判なしで、肥前の小佐々と交易を開始していると言うではありませんか。長年つきあいのある我らでも印判が必要なのに、なぜ小佐々は自由に交易ができるのでしょうか』と。
正直、面倒くさいのだがな。別に薩摩との交易自体は悪くはない。自由にやってもいいとは思う。しかし、薩摩だけでなく伊東も肝付も、明のものしか欲しがらぬし、それに小佐々が持っているものしか輸出してこない。
ああ多少はその地の特産品も輸出しておったか。
そして明の品は、朝貢貿易の衰退で入りにくくなっている。であれば、数少ない明の品は、琉球の特産品を大量に買ってくれる小佐々に流そうというもの。自明の理だ。当然、のらりくらりと島津には返事をした。島津からはそれきり何もない。
さて、この状況を伊地親雲上にも報告して、関連した役人にも通達しなければ。
私は琉球王国外交部署、鎖之側の次官である日帳主取なのだ。一般士族の叩き上げでここまできた。いくら同じ叩き上げの伊地親雲上が上司だとしても、やっかみはもちろん、誹謗中傷を受けて失脚しないようにしなければならない。休む暇は、無い。
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