第361話 予土戦役、黒瀬城攻防戦④藤原千方景延と空閑三河守光家

 永禄十二年 十月二十七日 諫早城 戌二つ刻(1930)


「申し上げます!」


 近習が慌てて駆け込んで声をかけてくる。純正は夕食を終えて、本を読んでいた。暗い。ガス灯が欲しいな、と考えていた頃だ。


「なんだ」


「四国の大友様より通信です」


「なに? 入れ」


 純正は近習を部屋に入れ、通信文を読む。


『発 宗麟 宛 総司 メ ウツノミヤトヨツナ メ 二十五 未一(1300) ケ 府内信号所 二十七 午四(1230)渡辺守綱』


 宇都宮豊綱? 宗麟殿は見つけたか。さすがだ。純正はすぐに返書を送った。


『発 総司 宛 宗麟 メ 委細承知 サスガデアル ヲツテ 詳細ヲ知ラス メ 二十七 亥三(2000)』


 さて、どうするか?


 純正は考えている。可能性はあったが、豊綱が毛利とつながっている確証はない。この時点で宇都宮家を改易させれば、非難轟々である。


 証拠もなしに家を潰すとなれば、国人達の信用は瓦解する。


『喜多郡の東を選んだ』や、『長浜湊が予想以上に栄えていて、毛利領の安芸や周防からの荷が多い』などというのは、宗麟の予想とただの状況証拠でしかない。


「三河守、おるか?」


 中四国と中央の諜報担当は空閑三河守率いる、空閑衆である。


「殿、千方にございます」


「千方か、どうした?」


「三河守は不在にございます」


「なに? 空閑衆は誰もおらんのか」


「おりますが、下忍……いや、一般職員だけでござれば」


「無理しなくても下忍でいいよ。そうか、ではどうするかな」


「殿、よろしければ石宗衆が承ります」


「石宗衆が? しかしその方らは南九州、薩隅日肥の諜報があろう」


「問題ありません。指令の中身にもよりますが、必ずや」


 純正はしばらく考えて、答えた。


「よい、お主の考えと気持ちだけもらっておこう。重大な案件だが、今すぐにやらねばならん、という事でもない。数日すれば三河守か次席三席、上席の者が戻ってこよう」


「は、差し出がましい事を申し上げました」


「よいよい」


 藤原千方景延は情報省の大臣で、諜報部門のトップである。次官の三河守とは上下関係にあるものの、良いライバル関係となっている。


 切磋琢磨して功を上げているが、派閥争いや相手をこき下ろす様な事があってはならない。もちろん千方もそんなつもりはない。純粋な忠義心からである。


「そうだ千方よ。南でなにかおかしな事はないか? そろそろ仕置きも決まって、国人に使者を出して返事を聞かねばならぬが、俺が直接南に行ったほうがいいか」


「いえ、殿御自ら表に出られる必要はありますまい。戦会(戦略会議室)のどなたか、もしくは家老の、いえ大臣のどなたかでよろしいかと」


 そうか、と純正は短く答え、決まった仕置きの内容の通達文と使者を送ることにした。


「それで、なにかないか?」


「は、それではひとつ」


 千方は短く返事をすると、南九州の情勢について話し始めた。


「まずは相良義陽と肝付良兼は問題ありませぬ。両名とも殿のご裁断を良しとし、領内の安定に努めております。問題は伊東と島津にございます」。


 純正の眉がピクリと動く。


「祐青は領内の統治を行ってはおりますが、国人に殿の指示を周知させるのをためらっております。急速な変化は混乱を生む、と申しております」


「ふむ、それで? 俺としては所領は減るが、日向は伊東で大隅は肝付、薩摩は島津が治め、統括で島津をと考えていたんだがな。俺はヌルいか?」


「いえ、殿のご厚情、本来であれば感謝こそすれ、恨むなど筋違いにございます。……これは憶測の部類を出ませぬが、誰か、他に不満をいだいている者を扇動して謀反を企んでいるのでは?」


 純正は千方の発言に笑顔で応え、加えた。


「千方よ、情報省の長であるお主が、憶測で物を言ってはならぬ。むろん、可能性や選択肢は、情報があれば多いに越したことはない。しかし、断定はできぬ。確証はあるのか」。


「は、申し訳ございませぬ。しかし、確証というものではないのですが、これを」


 千方は一通の通信文を純正に見せた。


『発 情員(情報部員) 宛 情長(情報大臣) 秘メ 薩摩ノ義虎 日向ノ宗並  宗昌ト 会ス 二十二 未三(1400) 秘メ ケ 宇土信号所 二十三 酉一(1700)』


「なに? 島津? 義虎というと、薩州島津か。それがなぜだ? 宗並と宗昌と言えば、伊東の重臣ではないか」


 そこまではわかりかねます、と千方が答えると、


「千方よ、これは間違いないのか? 間違いなく宗並と宗昌なのか?」


 と確認する。


「は、わが配下においては人を特定するにあたり、顔見知りまたは奉行所や代官所にて確認できたものに、限定しております。それ以外は~らしき、もしくは~とおぼしき、と記載するよう厳命しております」


「すまぬ、疑ったわけではないのだ。どうにも妙で、むな騒ぎがする」


 とんでもありませぬ、と千方は頭を左右にふる。


「それからもう一つ、これも妙でござる」


「なんだ」


『発 情員 宛 情長 秘メ 日向ノ伊東祐青 薩摩ノ島津 阿久根義有ト 会ス 二十二 午四(1230) 秘メ ケ(経由) 宇土信号所 二十四 午四(1230)』


「なに? 阿久根義有とは誰だ? 島津の、聞いたことがないな。宗家の者か?」


 純正は超のつく歴史オタクだが、さすがに知らない事もある。


「いえ、阿久根義有は、分家の薩州島津家、島津義虎の家老にございます」


「薩州島津家? なぜ薩州が? 宗家の相州島津なら、まだわかるが。 二人がいったいどうしたのだ」。


 純正は頭を抱えて考えたが、見えてこない。


 二人が何か密約を交わしているのか? それにしても、今は小佐々家中になったばかりとは言え、昨日まで敵だった者同士である。


 昨日の今日で重臣同士が行き来するなど、よほどの事がないと考えられない。純正は千方に、引き続き警戒監視をするように命じた。


 翌日、府内への出張から三河守が帰ってきた。


「三河守よ、伊予はどうだ?」


「は、戦線は膠着しておりますが、とりたてておかしなところは。しかし、少し宇都宮の様子が以前と変わったようにございます」


「ほう、どのようにだ」


「具体的になにがどう、という事ではございませぬが、人の出入りが以前より多うございます」


「なるほど。うむ、わかった。その方、宇都宮の領内、特に長浜湊を調べよ。周防、安芸からの荷の中に何があるか、密書やその他、なんでも良い。われらに仇なすものがあれば、見つけて捕らえよ」


 はは、と三河守は言って退室した。


 東に南にきな臭い。


 純正は全部忘れて、1週間くらい南の島に現実逃避したくなった。

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