第193話 苦渋の決断 毛利、豊前からの撤退

永禄十一年 九月 臼杵城 大友宗麟


「時は来た。豊前を取り戻すぞ。元々豊前も筑前も大内氏の所領であった。大寧寺の変にて義隆が死んだ後も、義長をたてて治めておったのだ。それを毛利が奪いおった。さらには筑前・豊前守護となったわしの命にも従わず、領土を広げようとしている。鎮西の秩序の回復のために、ここに出陣する」。


「みな、毛利が尼子に手こずっておるこの時が千載一遇ぞ!正念場である!心してかかれい!」


「お待ち下さい。殿」。

声を上げたのは戸次道雪であった。


「なんじゃ」

最近道雪や鑑速、鑑理、長増など家老衆の小言が多い。


「殿はこの戦、どのくらいで片がつくとお考えでしょうか」


「そうだな。援軍のない豊前の城を落とすとなれば一月もかかるまい。半月で済むのではないか?」


「では、半月で済まなかった場合はどうされますか?」


「何を言うか。済む様に戦をするのがその方らの役目ではないか。わしがこれからやるのは無理な戦か?」


「そうではありません。われらの状況を鑑みるに、毛利が動けない今、この時をおいて豊前を取り戻す事はできますまい」。


「では良いではないか。何を気にしておるのだ?」


「小佐々にございます。毛利の状況はやつらも掴んでいるはず。そうなれば我らが動く事を予想していると考えまする」。

道雪は続ける。


「そうであろうな。しかし、小佐々は動くか?名分がないではないか。今までやつらは、さんざん名分をふりかざして来たぞ」。


「今までの戦のやりようもそうであるし、勅書や起請文にしてもそうだ。重箱の隅をつつくようにして理屈をこねる。そんな奴らが盟を結んでおらぬ者に力を貸すか?貸したとしても名分としては弱いぞ」。


「しかし、戦は勝ったほうが正義なのです。弱い名分でも勝てば強くなりますし、強い名分ならさらに強く固まります」。


「ではどうすればいいのだ?今をおいて他にないなら、他に何を考えればいいのだ?」


「は、されば北肥後の国衆と阿蘇を使いましょう」。


「しかし北肥後の国衆は小佐々になびいているのではないか?」


「小代と内古閑のみで、すべてではありませぬ。通商は行っているようですが、なびいているといっても盟にはいたっておりませぬし、ましては服属などしておりませぬ」。


「ふむ」


「我らが攻めると同時に、やつらに小佐々陣営の小代や内古閑を攻めさせるのです。なに、もともとどんぐりの背比べで、攻めたり守ったり、組んだり破ったりをしてきた連中です。煽ればすぐに動くかと。特に隈部は銭で転びますゆえ」。


「間接的に促すのでわれらに非はありませんし、恩賞などその後に考えればいいのです。さすれば小佐々は全力を割く事はできません。時間がかかればわれらが豊前を、そして筑前を制しましょう」。


「あいわかった。では、その様にいたそう。純正め、筑前の借り、しかと返させてもらうぞ」。


「鑑連(戸次鑑連)よ、その方は一万を率いて松山城を攻めよ。小佐々がしゃしゃり出てくると面倒だからな。出来うる限り早く攻め落とせ。そして小倉と門司の攻略に向かうのだ」。


「はは!」


「鑑速(臼杵鑑速)よ、その方は五千の兵にて麻生の花尾城へ迎え。面倒くさいが勅命の件もある。こちらから攻めるのではなく、挑発して相手から攻めさせる様に仕向けよ。攻めてきたらこちらのものだ。自衛のために反撃し、その勢いで攻め落としてしまえ。こちらは仕掛けられたのだ。どうとでもなる」。


「ははあ!」


「鑑理(吉弘鑑理)よ、その方は兵五千にて香春岳城にて睨みをきかせよ。筑前の国衆が攻め入ってくるかもしれぬゆえ、城井谷城の城井長房と連携して事にあたれ」。


「御意!」


ふふふ。われらは元就がいよいよ厳しいと言われていた時から、準備をしておったのだ。いかな小佐々とはいえ兵をまとめて援軍に向かうまで、半月はかかるであろう。それゆえこたびは時をかけてはならぬ。


筑前は致し方ないとしても、豊前の門司、小倉、そして松山城は必ず奪い返しわれらの物とする。文句は言わせぬ。豊前に関しては勅書も起請文も関係ない。


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永禄十一年 九月 豊前松山城 杉重良


「なに?援軍は出せぬと?」


予想はしておったが、現実に聞かされると落胆を隠せない。先代元就公であれば、この様な事はなかったはず。もとより、元就公が亡くなられたからこの様な事態になっておるのだが。輝元は、駄目だ。


先だっての大内輝広の乱の時もそうであった。


われらは命をかけて戦っておるのだ。確かに特地の二千貫は公領ゆえ断ったが、その替わりの三百貫はゆずれぬ。恩賞を反故にするとは、やはり、苦労知らずの輝元は、信じるに値せぬ。


「どの様な状況なのだ?」


わしは援軍が出せぬ、と知らせてきた伝令に毛利の状況を聞いた。わが松山城は企救郡の門司城や小倉城と違って、京都郡の苅田町で大友領内に突出しておる。このまま援軍が来ないならば、長野城の大友勢に街道を抑えられたら、孤立してまう。


「は、されば出雲の戦況が思わしくない様にございます。尼子勢は国内に潜伏していた旧臣らを続々と集結させ、真山城を攻略した後に末次城を築いて拠点としておりまする。さらにその勢いをかって、かつての居城である月山富田城の攻略に取りかかっておりる模様」。


ふむ。尼子滅亡の象徴である月山富田城を奪われるわけにはいかぬか。


さりとてわれらに援軍も寄越せぬとは。大友は以前の勢いはない。肥前の小佐々に押されて、筑前も筑後も失っておるではないか。この状態の大友に対して兵を出せぬと?


われらは頑張っても三千、筑前の麻生殿を頼みにしても、あわせて四千五百が限界であろう。対して大友はどうだ?残念ながらわれらだけでは敵わぬ。


よし、わしは腹を決めた。


「誰かある!小佐々に使いを送れ。『よろしくお頼み申す』と」。大友の猛将戸次鑑連が万を超す軍勢で迫って来ておるのだ。一刻の猶予もならぬ。

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