第146話 筑前難民 もう筑前も小佐々様が治めてください。
同年 同月 小佐々城
「ごめん!」
入ってきたのは神代勝利の嫡男で、跡をついだ神代長良である。父親の勝利とは一度しか会った事はないが、静けさの中にも力強さを秘めていた人だった。なんだか父親に雰囲気が似てきている。
「久しいですね刑部大輔どの。塩田津の湊以来になりますか。」
「そうですね。しかし今日は、のんびり話をしにきたわけではありません。」
「流民ですか?」
「そうです、え、ご存知なんですか?実は、筑前からの流民が止まりませぬ。」
長良は本当に困った顔をしている。
「どれほどいるのですか?」
「十や二十ならいいのです。食べ物を与えて、しばらくどこかに住まわせて、それから仕事や住むところを世話してやれば事足ります。」
しっかりと目を見て、真剣に話している。真面目な人なんだな、と感じた。
「しかしとんでもない!五百をゆうに超えております。山内全土なら千は超えるかと。本来ならわたしが来ずとも対処できれば良かったのですが、なにぶん相当な数ですので、困りきっております。ご助力願えれば助かります。」
頭を下げた。
この時代、しかも武士が、人に頭を下げるなど、そう簡単な事ではないだろう。しかしどうだ。本当に民の事を考えているのだろう。
「頭を上げてくだされ、刑部大輔どの。わかりました。ひとまずは一ヶ月分ほどで良いでしょうか。誰かある!」
はは!と近習がくる。
「二百石、農商務省の九郎治郎に言って用意させよ。出来次第、三瀬の神代どののところに送るように。味噌と塩もそれ相応にな。」
「恩に着ます!この借りは必ず返します。」
一安心したようで、出されたお茶をぐいっと飲んで。一息ついている。
「申し上げます!」
「なんだ騒々しい。入れ。」
はは、と伝令は答えた後に、入室して長良に一礼したあと、平伏した。
「どうした?申せ。」
「は、さきほど唐津の波多親様より早馬があり、唐津湊が流民で溢れかえっているとの事にございます。」
「何?唐津湊もか?」
俺は、ある程度予想はしていたが、三瀬の件も含め、道喜と博多商人二人に頼んだ支援米が足りなかったのか?と思った。
唐津湊は博多から肥前へ向かう商船や、博多を抜けて出雲美保関、若狭の敦賀、陸奥の十三湊へ向かう航路、瀬戸内海から大阪へ向かう航路の中継となる重要な湊である。
「はい、その数は日を追うごとに増えており、確認できただけで五千はおります。さらに三瀬以外に、荒川山、藤川山の関、渕上村にも溢れております。このままでは、ひと月もしないうちに、一万を超えるのではないかと。」
「一万・・・!」
長良は目を丸くしている。
「承知した。では追加で千五百石、親のもとに送るよう伝えよ。それから親には、一年間上納金を免除するゆえ、流民の救済に全力を尽くせと伝えよ。」
(千五百石を即座に?どれだけ豊かなのだここは。)
長良は感じずにはいられなかった。
「はは、ただちに!」
伝令は立ち去ろうとしたが、
「しばし待て!常陸介はいたか?それから利三郎も呼んでくれ。」
呼び止め、さらに命じた。
「兵部大輔どの、所用ができ申した。急かすようで申し訳ないが、これにてよろしいか?」
「もちろんでござる。忙しいところ失礼しました。」
長良は立ち上がり、お互いに一礼して帰っていった。
(さて、米は足りたのだろうが、噂が予想以上に効いたのだろうか。)
「常陸介、参りましてございます。」
「利三郎、罷り越しました。」
「二人ともありがとう。唐津の流民の件は聞いたか?」
「はい、おおまかなところは。」
二人が答える。
「常陸介、そなたは朝廷に文を届けてくれぬか。これから俺が書く。利三郎、そなたは宗麟に会ってきてくれぬか。会って伝えて欲しい。『筑前の民が流れてきてほとほと困っております。しばらくは飢えぬよう援助はできますが、いつまで持つかわかりませぬ。なにとぞ、対処をお願いします』とな。」
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