第121話 刻一刻、千変万化

同月 有馬・大村陣中


「兄上、西郷のやつは首を取らなくてよかったのですか?」

弟である大村純忠が、兄であり有馬家嫡男である有馬義貞に話しかける。


「なに、首などいつでもとれる。この戦が終わった後、酒でも飲みながらあやつの辞世の句でも聞こうではないか。」

「それも、そうですね。今回は勝てますか?」


有馬義貞はふん、と鼻を鳴らし、

「こちらは三千、龍造寺の兵は一万、あわせて一万三千。われらが南、龍造寺が北からと挟撃すれば、五千の小佐々勢などひとたまりもあるまい。やつらには援軍もないのだ。それに、後ろにも敵がおるからな。ふふふ。」


不敵に笑う。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


塩田津の湊 北西山頂 宮の元城 


「申し上げます!高城城、落ちましてございます!」

「なに!!間に合わなかったか!それで西郷殿は?討ち取られたのか?」

「申し訳ございません。不明にございます。」

「今一度調べて参れ!」

「はは!」


伝令を走らせる。


(そうか、間に合わなかったか!くそう!無事でいてください!西郷殿!)


「殿、いかがなさいますか?」

次郎兵衛と杢兵衛が聞いてくる。


「おお、うむ。そうだな。龍造寺は今どうしておる?」

治郎兵衛に聞く。


「は、されば塩田村の北、志田村の円福寺にて陣をはっておりまする。今のところ動く気配はごさいませぬ。」

そうか、と俺は返す。


「杢兵衛、有馬と大村はどう動くかな?」

「は、まずは強行軍にて北上してくるでしょう。龍造寺に存在感を示さないといけませぬからな。そして常広城あたりに入り、戦闘が始まっていればそのまま戦場に突入し、まだであれば、しばし兵に休息をとらせるでしょう。」


ううむ、と考える。いつ動く?動くとすればどう動く?


「申し上げます!波多三河守様、伊万里兵部大輔様の桃川城に攻め入ってございます!」


「なにい!間違いないのか!?」

「は!間違いございませぬ!」


くそう!ここにきて波多もか!不可侵から攻守同盟に乗り気でなかったのはこのせいか!しかし伊万里との不可侵を破ったのは、龍造寺の謀略か!?


「申し上げます!平戸にて、旧松浦家臣が蜂起!箕坪城が落ちましてございます!」

「なんと!平戸もか!」


その場の全員が驚きと同時に落胆の声をあげる。

(頼む勝行、なんとかしてくれ。上手く行ったら『俺の右腕』認定してやってもいい!)


「そうか。あいわかった。ご苦労であった。しばし休め。」

はは、と言って伝令は下がっていった。


まずいな。このままでは状況は悪くなる一方だ。


「弾正大弼様!」

陣幕に入ってきたのは伊万里治だ。さすがの麒麟児も完全に動揺を隠すのは無理のようだ。


「弾正大弼様、私は・・・。」

さすがに、義兄上とは言わないか。


俺はこちらに寄ってこようとする治を手で制した。

「是非に及ばず。戻られよ。」

「しかし・・・。」

「事ここに至っては、戻る他あるまい。それとも何か?雪をほったらかしにするのか?」

「いえ、とんでもありません!」

「ならばよし。戻ってしかと守られよ。」

「は、必ずや!」


一礼して治は出ていった。


ふう、ここにきて伊万里の五百が抜けるか。


「殿、よろしいでしょうか?」

「なんだ!差し出がましい事を申すなよ!」

杢兵衛が制する。


見ると、杢兵衛の後ろ、佐志方善芳のそのまた後ろ。ちょこんといるではないか。善芳の嫡男、庄左衛門である。


「よい、なんだ?何かあるのか?」


「はい、私が考えまするに、我が方に不利な点ばかりではございませぬ。兵数は少なくとも地の利はございます。この宮の元城まで攻め上がって来るのは至難の業。さりとて、このままではわれらは塩田津の湊をとられ、進むも退くも出来ず膠着状態になります。」


「私が龍造寺隆信なら、兵を二手に分け、一隊を夜陰に乗じて裏山に登らせまする。そして夜襲をかけ、混乱を起こし城下まで追い落とします。そして待ち構えた本隊と挟み撃ちにして殿の首をとりまする。」


「なるほどの。して、わが方はどうする?」


「はい。まずは一隊は夜襲に備えまする。これは持ちこたえなければなりませんので、最低でも二千は必要かと。」

(半数か・・・。)


「残りの二千五百は備えまする。」

「備える?」

「は、敵が何を合図に挟撃を始めるのかはわかりませんが、城から火の手が上がれば間違いなく動くでしょう。こちらは頃合いを見て偽りの火をあげ、隆信が攻め上がってきたところを、勢いをもって下り、攻撃します。」


「隆信は攻め上ってくるか?」

「それはわかりませぬ。しかし、有能だが勝ち気でせっかち、というのも聞いております。されば、じらされてじらされて、やっと火の手が上がったとなれば、それが合図でなくとも好機と判断して攻め上がるでしょう。」


「いつだ?」

「明日は新月、明日でよろしいかと。」


俺は、ううむ、と考え込む。


次郎兵衛がニヤニヤしながら杢兵衛を見る。

(ん、ごほん。)

杢兵衛が咳払いをする。


「殿、どうされますか?」

「よし、それでいこう。準備いたせ。」


迎撃と攻撃の準備が始まった。

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