第96話 後藤惟明、命に服す
同年 十一月 武雄城 後藤惟明
義父上、
貴明の命令は絶対である。私が反抗できるはずもない。後ろ盾を失った、ただの十九の居候である。しかし、こたびばかりは・・・。
「義父上!いらっしゃいますか?」
私ははっきりと在室を確認し、「入れ」という返事と、小姓が障子を開けるのを待ってから中に入った。
「どうした?」
妙に落ち着いている。
「義父上、須古に攻め入るというのは、本当ですか?」
お願いだ、嘘だと言ってくれ。
「・・・。そうだ、それがどうかしたか?」
私の聞き間違いか?本当に攻め入るのだろうか?
「お止めください、義父上!須古の平井は我が妻の父。そして何より、時に仲違いする事はあれど、これまで共通の敵龍造寺と、相対してきたではありませんか。」
正論だ。私が言っている事は間違っているのだろうか?
「そうだ、正論だな。」
良かった。
「それでは、考え直していただけるので?」
「惟明よ。これから、どうするのだ?」
「どういう事にございますか?」
「有馬・大村の軍も、須古場城救援に向かっていると聞く。今我らが助勢に動けば、勝ち目はあろう。そして動かなくとも、互角かもしれぬ。こたび、・・・龍造寺に勝てたとしよう。来年はどうだ?再来年は?五年後十年後はどうだ?」
「いつまで続けるのだ?我らはここ数年、杵島郡、藤津郡、彼杵郡、狭き土地をめぐって争ってきた。武雄に攻め込まれる事はなかったが、新たに安寧の土地を手にする事ができたか?出来ておらぬではないか。このままでは事態は悪くなる一方だ。」
「それに比べ龍造寺はどうだ?水ヶ江の一領主でしかなかったのが、本家を喰い少弐を喰い、今では肥前一の勢力となっているではないか。龍造寺はこれからもっと伸びるぞ。」
これも、間違ってはいない。連合しても難しいのはもちろん、単独で龍造寺と渡り合える勢力などいない。
「しかし、龍造寺についたとして、我らに安寧が来ましょうや?野心あらわにして、我らを潰しにくるかもしれませぬぞ?」
「そうかもしれぬ。しかしそれは、今ではない。もう、何も言うな。」
「は」
私はそれ以上何も言えなかった。所詮、今の私はこの程度なのだ。
「そうだ惟明。そなた、兵千五百をもって、宮の村を攻めよ。わしは二千で須古に向かう。龍造寺とあわせて八千、いや周辺の豪族も味方するであろうから、一万にはなろう。」
「ふふ。昨年は龍造寺の邪魔が入ったが、こたびは誰もおらぬ。純忠も須古に兵をだしておるゆえ、そなたでも容易に攻略できよう。」
委細、招致仕りました。
私は落胆とも取れる様な声でそう答え、部屋を出た。
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