第74話 平戸松浦氏の処遇 運命の岐路

 同年 五月 沢森城 沢森政忠


 さて最後は、これが一番の難事で、やり方によっては肥前の情勢を一変させる。我らが生きるも死ぬも、これにかかっていると言っても過言ではない。


 ……。


 主だった者を城に呼んで評定を開いた。


 まずは俺の隣に親父がいる。


 そして親族衆の利三郎と忠右衛門。叔父二人である。譜代で深作次郎左衛門兼続、太田七郎左衛門利益。それに深沢義太夫勝行。外様で藤原千方、太田屋弥市。


 まだまだ全然足りないが、今回はそれに佐志方杢兵衛も加えた。


 千方の時と同じく、やはり杢兵衛を見る目は厳しい。それでも少しはマシになった。この辺はいい傾向。機会は平等、報酬は成果次第、でね。


「まずはみんなに言っておく事がある」


 全員が注目する。


「針尾の件と、佐世保の豪族たちの仕置の件だ。周辺五ヶ村の豪族は、毎年銭にて俸給を払う事で召し抱えた」


 これからの小佐々家は知行地ではなく俸禄で召し抱えるという意思表示だ。


「また、ここにいる佐志方杢兵衛だが、知行地は本領安堵で納得してもらった。その代わり、針尾島の統治を全面的に任せる。領地ではなく、あくまで在地の代官として、その土地の収益によって追加で禄を与える」


 簡単に言えば直轄地を増やし代官として治めてもらいながら、土地の収益によって禄の増減があるわけだ。


 あくまでも一家臣として仕えてもらう。土地の知行の大小はあるが、その方が謀反も起こりにくく、中央集権化できる。


「新しい試みなので、みんなの不安もあるかも知れぬが、信じてついて来てほしい」


 全員が一様に頭を下げた。


「さて、本題に入ろう」


 俺は仕切り直しをした。


「今回我らは、松浦水軍を壊滅させ、隆信と鎮信の親子を捕虜にしている。今後この二人をどうするか? 平戸松浦家、家臣団、領地に関してどう対応するか? それが議題だ」


 ざわめいている。そりゃそうだろう。いままでは単に小佐々水軍の一翼であれば良かった。それがいつのまにか大名の処遇を決める立場になっている。


「二人共切腹させて、平戸は攻め滅ぼせばいい!」


 あり得ないほどの強硬派、勝行がいった。


「これ、事はそう簡単ではない。周りの状況をしっかりと見据えて、その上で最上の一手をうたねばならぬ」


 次郎兵衛がたしなめた。


 利三郎は(まったく!)と呆れた様子で、忠右衛門はくすくす笑っている。


 忠右衛門の「失礼しました」の声に、笑い声が起きた。


「殿、それに関しましては、まずは我らをとりまく周りの有り様を、今一度確かめる要ありかと存じます」


 地政学的な事を考えねばならない立場にある、深作治郎兵衛兼続。さすが。


「もっともだ。千方、どうだ」


「は、まずは東から。こたび、いえ、先の戦において有馬様・大村様が大敗された戦の発端となった大友義鎮でございますが」


 うむ、と俺は答える。


「こちらは龍造寺の動きを抑え、少弐氏の再興を意図していたわけですが、今のところは可もなく不可もなく。お味方が敗れましたので、龍造寺の勢いを削ぐ事は叶いませんでした。しかし、龍造寺が大きな攻勢に出るわけでもなく、変わらずです」


「なるほど」


「龍造寺にしても、こたびの我らの勝利に驚いています。しかしなにぶん領地を接しておりませんので、今のところは目立つ動きはありませぬ」


「ふむ」


「後藤に関しましては、龍造寺の圧力によって退却しましたが、我ら(有馬・大村)が弱体化している事は事実。龍造寺との和睦、もしくは攻守の盟がなりましたら、南下してくる恐れはありましょう」


「そうなるよな。それに関しては鎮光の第一連隊に動いてもらうとして、足りなければ後詰を出そう」


 特にこれまで、分析において異議はないようだ。


「あとは松浦党にございますが、今回の平戸の敗戦、かなりの影響がでますでしょう。二人の処遇によっては、波多、伊万里、有田、志佐等が反旗を翻し、平戸と袂を分かつ可能性がございます」


「そうよな。もともと波多は平戸に属していたわけではないからな。その他のやつらも、これ幸いに独立の動きをみせるだろうな。松浦郡は荒れるぞ」


 あわせて……と前置きした後で、千方は続けた。


「相神浦松浦親様は、まず間違いなく北上するのではないでしょうか。長年平戸とは抗争を繰り広げておりますし、今こそ旧領回復とばかりに動きだすでしょう」


 それよな、と俺は相槌をうった。


「今回の我らの勝利で平戸の力が弱まったのは事実だが、それで佐世保の爺様の領地が増えるのは面白くないの。いかに親類といえどな」


 そうだそうだ、とみんなの同意ともとれるざわめきが起こった。


 少し間をおいて、俺は言った。


「俺は……平戸が欲しい」


 そしてさらに続ける。


「貿易港は一つより二つの方がいい。平戸が強いのも、南蛮との貿易のおかげであろう? 今は去年の事件のおかげで、ポルトガル船は寄り付かなくなったようだがな」


 宮ノ前事件の爪痕は深く、平戸に南蛮船はしばらく来ないだろう。または永遠に……。


「しかしバテレン共もこたびの戦で、我らが松浦に抗しうる存在だと理解したのではないか? 事実大村は負け、我らは勝ったのだからな」


「それはつまり……。平戸に領地の割譲をさせるのですな」


「そうだ。しかしこれは、どこを、そしてどの程度割譲させるか? それが最も大事となってくる。あまりに急激に領土を広げすぎると、龍造寺どころではなくなる」


「大友でございますか?」


「そうだ。今は大友にとって我らは歯牙にもかけない存在だろう。現に、以前送った盟を求める文は、返書はあった。しかし要約すれば、(家格が低いから有馬、もしくは大村を通して言って来い)だ」


 この話題になるとムカついて仕方がない。


「それがどうだ。平戸を滅ぼしでもしたら、彼杵郡の北と、五島を除く松浦郡の西半分を勢力下に置いた事になる」


「大友にとっては龍造寺がふたつになる様なものですね」


「そうだ、できればそれは避けたい。少しずつ少しずつ、勢力を強めていって、いつのまにか無視できない勢力になってる! それが望ましい」


 急激な勢力拡大は睨まれるのだ。


「あともう二つ、平戸松浦の勢力は、生月とか紐差の、島の端に追いやりたい。九州本土には近づけたくないからな」


 北部の松浦勢力を島嶼部に追いやりたいのだ。


「最後に、波多、志佐、伊万里、有田。この四氏は別として、その他の豪族には、今回の佐世保の五氏と同じ様な対応をしていきたい。もちろんすぐにではない。徐々にな。それには、我らが頼むに足る、力のある存在だと思ってもらわなければならない」


 そう言って俺は杢兵衛に尋ねる。


「杢兵衛、佐世保の衆はうまくまとまりそうか?」


 あ、すまぬ、忘れておった! と俺は、言ったそばから千方を呼び、これを小佐々様、これを佐世保の爺様に届けてくれ、と二通の文を渡した。


 千方はすぐに手の者を手配し、文を届けるよう指示している。


「すまぬ杢兵衛、どうだ?」


「は、今のところは問題ないかと。ただし、実質領地没収です。いかにやつらが納得する様な扶持であったり、その都度の論功行賞を行うかにかかっておりまする」


「その通りだな。俺はこれを、北松浦郡で行いたいのじゃ」


「しかし殿」


 そう声をあげたのは外交方の利三郎だ。


「佐世保の豪族は我らの勝利を間近で見ております。ですからすぐにでも参上し、殿の提案に乗ってきたかと存じます。しかしながら、長年松浦の支配下にあったやつらが、噂だけでその申し出に乗ってきますでしょうか?」


「その心配はもっともだ。しかし参陣した者の中にも北松浦のものもいたであろうし、それに……問題はない。ペリーと同じ事をすればいい」


「ぺりい? なんですかな、それは?」


 と杢兵衛。


「いや、なんでもない。考えがあるから!」


 慌てて修正した。親父はニヤニヤしている。


「あとはまあ、この二人をどうするかだなあ。隠居か切腹か」


 ちなみに手紙の件だが、小佐々様へはすぐには伺えない事への謝罪と、平戸の件が片付いたら伺う旨を書いた。


 佐世保の爺様には、周辺の大野、横尾などの豪族が、俺に臣従したいと言ってきている事、その周辺は爺様の勢力下だから、聞いてみないとわからない、と伝えている事を書いてある。






 ■別室


「それで、その方はどうしたい?」


「そのような事、このわしが決められるはずもなかろう! その方が勝手に沙汰を出せばよかろうが!」


「ほう、この期に及んで、この俺を(その方)とな?」


「さっさと殺せ!」


 鎮信の方はもっと気が短い。


 ていうか、こいつら二人マジで切腹させようかな。腹立つ。

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