第73話 674石から11,536石へ 佐志方杢兵衛

 同年 五月


 早岐城主の早岐甚助、日宇城主の日宇舎人とねり、井手平城主の岡甚右衛門、広田城主の遠藤千右衛門、鷹の巣城主の堀江大学らが沢森城に来た。


 佐世保から宮の村までの諸豪族を連れて、佐志方城主、佐志方杢兵衛が沢森城へ来たのだ。その他、佐世保村をはじめ、その周辺七ヶ村の領主も目通りを願っている。


「俺が沢森平九郎である。その方ら、今日は何用じゃ? 面をあげよ」


 政忠は、わざと大上段に構えた。


「はい、まずはこたびのご戦勝、執着至極にございます。つきましては以後、我ら一同沢森様へ付き従いたく、まかり越しました」


 ご戦勝、だと?


 政忠の顔が一瞬歪む。


「ふむ。つい先日まで平戸松浦に吐いていた言の葉を、こたびはこの俺に言っているのだな」


 国人衆の顔が引きつる。


「いえ、決して! 然れど松浦の力に抗えず、致し方なく!」


 必死の弁明である。


「ふむ……。その点は、そうだな。その方らの申す通りじゃ。戦乱の世、時世をかんがみて強き方につくのは至極当然の事」


 国人衆らの表情がやわらぐ。互いに顔を見合わせる。


「さりとて」


 再び固まる国人衆。


「そればかりを慮っては、俺は戦って死んだ者らへ示しがつかぬ。また、我らに対して侮りがあれば、到底自らの大事な人も守れぬ、とわかったからの」


 政忠が六人を見据える様に話す。


「そこで、だ」


 政忠は早岐城主の早岐甚助に向かって「甚助とやら、その方の領国、高はいかほどじゃ?」と尋ねる。


「は、高でございますか? されば……千二百石ほどかと存じまする」


 甚助が少し考えて、ゆっくりと言った。


「では、年貢の取り分は四割ほどか? 他の者はどうじゃ?」


 全員が顔を見合わせながら、うなずく。


「左様か。ではその方ら、日照りもなく不作もなく、毎年しかと年貢はとれておったか?」


「それは……。実りの良し悪しは有り申した」


「で、あろうな」


「では毎年その心配なく、決まった数だけ実入りがあるとすれば、どうじゃ?」


「それは……。願ってもない事にございます」


 全員が口をそろえて言う。


「それを、かなえてやる」


 全員がざわめきだした。


「それは一体、いかような事にございますか?」


「わからぬか? 俺がそれを、その方らに与えてやる」


「そのような事が能うのですか?」


「無論、今と全く同じとはならぬぞ。さっきも言った様に、示しがつかぬからな。ただ、それで一族郎党が路頭に迷っては本末転倒。今の三分の二を俸祿として銭で渡そう」


 千二百石の三分の二、約八百石だ。


「どうだ? 俺はどちらでも構わん。納得できねば、その方らはこれから、戦のたびにどちらにつくか考えねばならぬ。年貢の取り立てや米の取れ高、領民との諍いいさかいも全て自らが行わなくてはならない。よく考えろ」


「しばし、よろしいでしょうか?」と甚助が言った後、五人が集まって話し合っている。


「だがな」


 と政忠は続けた。


「この平九郎、味方であれば民百姓にいたるまで慈愛の心で接するが、敵には容赦はせん。……裏切り者は言うに及ばぬ」


 場が凍りついたが、五人は話し合いの末、結論が出たようだ。


「平九郎様のご沙汰、誠にありがとう存じます。我ら一同、その様にいたします。以後よろしくお頼み申し上げまする」


 深々と頭をさげた。


 政忠は言う。


「城はそのまま住んでかまわぬ。俸禄米がいかほどか、詳細はおって使いを寄越す」


 と伝え、五人を下がらせた。





「さて、杢兵衛、久しいな」


「はは」


 杢兵衛は返事だけした。余計な事を言って逆鱗に触れない様にだろう。


「それで、どうする」


「こたびの件は、申し開きはございませぬ。平九郎様のお好きな様になさってください」


 政忠は以前とは全く別人のような、甘さのない、まさに戦国武将たる領主。その変わり様に杢兵衛は驚きとともに畏怖を覚えたのだろう。


「では、いくつか聞きたい事がある」


 は、と短く答える杢兵衛。


「以前から我らは盟を交わしておったな。覚えておるか?」


「無論にございます。針尾伊賀守において、お互いが討ち入られば(攻められれば)、もう一方が針尾に討ち入る(攻め入る)。または、討ち入る時は助勢する、との内容でござった」


「その通りだ。ではあの時、沢森は針尾に攻められてはおらなんだ。それゆえ針尾に攻め込まず、静観していた。相違ないか?」


「はい、相違ございませぬ」


「その後、小佐々兵に攻めかかったのはなぜだ?」


「は、それは……」


 杢兵衛はしっかり、ゆっくり、言葉を選ぶ様にして話し始めた。


「あの時、後藤から味方になれ、と再三の催促がござった。しかしわしは、後藤という男を存じませぬ。大村側が不利だとしても、まだ確信がもてませなんだ。それが、松浦の大軍を見た時に、ついに家臣の勢いに押され、松浦・後藤側として参陣する事になり申した」


「なるほど。では、針尾伊賀守については、その方の抑えがなくなり、こちらに攻め入るだろう、とは考えなかったか?」


「それは考えました」


 杢兵衛はなおも言葉を選んでいる。


「しかし、我らの盟はさきほど申し上げた通り。確かに我らの存在は、針尾の抑えになっておりました。しかしながら、動かず、針尾を抑え続ける事ではなかったはずです」


「あの時、俺は針尾の抑えを頼む、と文を届けたはずだが?」


「はい、拝読しました。りながら……」


「了承はしておらぬ、と?」


「はい」


 誣い言しいごと(こじつけ)を申すな! と言いそうになる小平太を、政忠が抑えた。


「なるほどの」


 ……。


「それでその後、針尾が我が領内に攻め込むとわかって、きびすを返して攻め込んだ、と。こう言うのだな?」


 はい、と答える杢兵衛。


「確かその頃、我らが平戸の水軍を殲滅し、松浦親子を捕らえた、との報が入っておらなんだか?」


「聞いております。めでたき事」


「それは、その方が、針尾に攻め込む前に聞いたのか? それとも後に聞いたのか?」


「は、戦場にて乱れければ(混乱していたので)、しかとわかりかねますが、後だった様に覚悟(記憶)しております」


「ふふふ、後か。そうか、後か」


 杢兵衛は半分正しく、半分嘘をついている。


 食えない男よ、政忠はそう感じた。


 実直な男と思ってはいたが、腹芸も嗜むたしなむようだ。しかし、こういう人材こそ、これから必要になってくるのかもしれない。そう政忠は考えた。


「相わかった。以前からの盟のとおり、針尾島の統治を任せる。しかし、これは領主としてではないぞ? 知行は本領の指方村のみとする。徴税の権はこちらにあって、その方の功績により、出来高でその都度禄を支払う」


 杢兵衛の顔を確認しつつ、政忠は伝える。


「もちろん統治に関わる一切の費用はこちらが持つ。いかがだ? 本来の盟の内容とはだいぶ違ってくるが、その方の負担も減る。やり方によっては、すべてを知行するより実入りが良いかも知れぬぞ」


 杢兵衛は、黙って頭を下げ、


「ありがたき幸せに存じまする」


 と答えた。不満げな表情は感じられない。


「では、さきほどの五人も含めた、周辺領主の取りまとめも頼むぞ」


 ははあ、と杢兵衛が答える。


 これにて、針尾島ならびに佐世保周辺の仕置は終わった。

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