第38話 調略と石宗衆の誕生

 せっけんの生産と販売の目処はついた。高級石けんを販売して、領内のみで普通石鹸を売る。そのために、イワシの油をまぜた。


 臭いは強いが値段が菜種の半分程度なので、臭いが気にならない程度にまぜて、三分の二程度に原価をおさえたのだ。


 もちろん基本的な性能は変わらないし、これで利益を得ようとは思わない。領民のためと、旅行者のおみやげにする。


 それからどうしても欲しければ、買いに来るでしょ?


 道喜に変な顔をされたが、みんながキレイで健康になれば、やっぱり領主としてはうれしいのだ。百人の人夫代で月あたり百五十貫と、職人五人に余分に一日三十文出して四千五百文。


 残り千貫。これでも相場よりいい給料。軍船は増やさずに、装備に金をかけよう。


 残りの設備投資は……塩にしよう。原価、ゼロ。それに塩は食品関係をつくるのに絶対必要になるからね。


 流下式塩田。


 確かすだれか竹の枝を小屋の屋根みたいに斜めに敷いた上に、スプリンクラーで海水をまく。日光で自然に濃くして落として濃縮して、さらに釜で煮て、塩つくるんだったっけ……。


 スプリンクラーはないけど、人力人海戦術でじょうろでなんとかならんかな? ……やってみよう。うまくいけばこれもガッポガッポだ。


 とりあえず、どの位の海水くんで、どの位の人夫で、一日どの位、月にどの位生産できるかだな。塩が一升で十五文だから、逆算して考えよう。


 少なくとも設備は最初につくって、あとは調整だから、一ヶ月前後で採算があうか結果がでるよね。


「誰かある!」


 小平太が入ってきたので、塩生産における指示書を書いて渡した。

 

 ・ひとまず十反分の広さで。

 ・厳しければそれ以下でもよい。

 ・職人にはしっかり休んで、要望があれば遠慮なく言う様に!


 以上の点を付け加えて忠右衛門に届けさせた。さて、とぐるぐると首を回し、手を組んで頭の上で伸ばし、ストレッチをしているところに来客があった。


「殿、藤原千方と申す者がお目通りを願っております」


 ん? 誰だ? 主殿に向かう。


「お初に御意をえまする。藤原千方景延と申しまする。本日は殿にご覧になっていただきたい物がございまして参上いたしました」。


「ふむ、なんじゃ」

 

 眼光鋭く心を読まれそうな気がしたが、不思議と殺気はまったく感じない。初老の頃にみえるが、それでいて精気が満ちあふれている様な男だ。


「これにございまする」


 ! ! ! !


 せっけん製造の材料比率やろ過器の図面、撹拌から乾燥にいたるまでの手順が詳細に書かれた手引書であった。


「なぜこれを!」


「なぜもなにも、手の者が捕らえた輩が持っておったので、奪ったのでございます」

 

 千方は笑みを浮かべながら言う。


「なぜこれを俺に見せるのだ?」

 

 当然の疑問を俺は千方にする。奪った手引書をどこぞの領主にでも持っていけば、かなりの報酬を得られたであろう。


「それは、そうするより、殿様にお見せしたほうが、我々に利があると考えたからにございます」


「誰かある! 急ぎ忠右衛門に伝えるのだ! 人員に異常はないか、工場からなくなった物はないか確かめろ、とな」


「ふふふ、迅速なご判断、さすがにございます」

 

 褒め言葉だが、なんだか見透かされているようで、少し嫌な気持ちになった。


「どこの手の者なのかわかったのか?」


「命を断ったので確証は持てませぬが、おそらくは針尾かと」

 

 あのくそ野郎! しょうこりもなく! まあ、予想はしていたがね。


 俺はふう、とため息をつく。

 

「いったいその方は何者なのだ」


「それがしと一族は、ただの草の者にございます。平安の御代において朝廷に逆らい討伐され、九州の肥前にながれおち、石宗の郷にてひっそりとくらしておりました」


 たんたんと、語り出す。


「ところが近ごろ、齢十二にして敵を討ちたおし、しゃぼんなる珍妙な物を作り出し、領内に人を呼び込んでいる領主がいると言うではありませんか」


 ……? ……? 藤原……の千方?

 

 あ! 陰陽師! 忍びの元祖!


 来た! キタコレ! ヒャッハー! 実在したんだ!


「ふふふ、俺の事をどこまで知っているかわからんが、望みは何だ?」

 

 飛び上がりそうに嬉しいのを必死でこらえ、平静を装う。


「はい、殿様におかれましては、今後は針尾伊賀、ひいては平戸松浦を相手取っていくかと存じます。今は戦乱の時、我らの力を御役にたてればと思い、参上いたしました」


(まあ、相手取る、と言うか他の戦国大名がみーんな平和主義で、戦がまったくないならいい。そうもいかないから軍備増強するんだけどね)。


「そうか、あいわかった! それではさしあたって20石、石宗周辺を知行地としよう。すまぬな。沢森は土地が少ないので銭で払う様にしている。あわせて年に百貫与えよう。いかがか? 本来はもっと与えたいのだが、他の家臣の手前もあるし、成果次第で納得してくれ」


「え? それは召し抱えていただける、と言う事ですか?」


「そうだ。何かの度にいちいち雇うのは面倒だし、敵に雇われてはかなわん。それに召し抱えて専属にしたほうが、信頼が持てるだろう?」


 何を当たり前の事を、と言わんばかりだ。


「今の時代、情報こそ命。いかに有益な情報を、敵よりも先に的確に手に入れるかが勝敗の鍵なのだ」


(信頼?! ……我ら忍びに、信頼? 変わったお方だ。この方なら、かけてもいいかもしれん)


 千方はそう感じた。


「ありがたき幸せに存じまする。粉骨砕身励みまする」。


「うむ。よろしくな。それからさっそくだが、取り急ぎ調べてほしい事がある」


 ・針尾伊賀守の動静

 ・平戸の動静

 ・後藤の動静

 ・その他、手の空いた者で周辺をさぐる。


 そう命を下し、下がらせた。

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