第19話 盂蘭盆会の里帰り③
私と藤原くんは荷物を持って、新幹線の駅から降りる。
ぬおっ!?
目の前に列車の駅がある……。あれに乗るのかしら?
私は引かれるようにそちらに歩こうとすると、藤原くんに腕を掴まれる。
「翼さん、もしかして浮かれてる? そっちは近鉄電車の駅。それに乗ったら奈良県に行っちゃうよ」
「あ、そうだったんですね……。たしかに見たことのない地名が並んでますね」
「まあ、京都育ちの俺からしたら、見慣れた地名ばっかりなんだけどね……」
頬をポリポリと藤原くんはかきながらそう言った。
確かに私は少しばかり浮かれていたかもしれない。
だって、藤原くんとの京都旅行なんだもの!
まあ、私にとっては旅行だけれど、藤原くんにとってはご実家への帰省になっているわけだから、彼にとっては3月以来の京都になるらしい。
新幹線の中でも二人掛けのシートでたくさん話をしながらの移動はとても楽しく、そして時間にしてみれば短く感じるものでもあった。
もちろん、私としては観光目的にもなるので、頼子さんお勧めの観光雑誌持参で来ている。
「ウチの実家はここからバスか地下鉄のどちらでも行けるんですけれど、どうします?」
「そうですねぇ。できれば、旅行気分を満喫したいので、バスにしてもいいですか?」
「いいですよ。じゃあ、バス乗り場まで移動しましょうか」
そう言うと、彼は腕を掴んでいた手を、私の手の方へ回し、握りなおす。
京都が初めての私をエスコートしてくれてるんだわ。
JRの改札を横目にそのまま真っ直ぐ抜けると、バスが複数台止まっているのが見える。
と、目の前に大きな塔のようなものが見えてくる。
「もしかしてあれが————」
「そうです。京都タワーですよ」
「さっき、新幹線の中からも見えていたんですけれど、京都のど真ん中にこのタワーはやっぱり目立ちますよね~」
「まあ、そうですよね。京都は建物の高さ規制もあるので、遠くからでもある意味迷子にならないかもしれませんよね」
「えっ!? そんなに?」
「もちろん、冗談です」
何だか、今日の藤原くんは普段以上に気持ち的にも楽な感じが受け取れる。
もしかしたら、これが里帰りをした時の人の心境というものなのだろうか。
バスはすぐにやってくる。
行き先を見ると、嵐山や太秦など観光地として予習しておいた雑誌で見たことのある地名が並んでいる。
私は思わず「おおっ」と驚き、京都に来たことを変なところで実感することとなった。
重い荷物を藤原くんにサポートしてもらいながら乗り込むと、外の熱さを忘れさせるような涼しさが漂う。
「バスの中は涼しくていいですね!」
「はい。私、京都は初めてなので、少しばかり暑さを舐めてましたね」
「盆地の夏は暑いって言いますからね……。くれぐれも水分はこまめに摂ってくださいね」
「わ、わかりました」
折角の楽しい時間を熱中症で不意にしちゃうのもあれだし、水分補給だけは欠かさないでおこうと心に決める。
東本願寺を横目に通りを北上するバスは、五条通を過ぎてやや走ったところで、私たちは降りることとなった。
「ここからほんの数分で実家です」
「へぇ~」
私はそう言いつつもキョロキョロと落ち着きなさそうに周囲を見渡す。
それを見た藤原くんはふふっと鼻で笑う。
「あー、酷い! 笑いましたね?」
「そりゃそうですよ……。田舎の人が都会に出てきたわけでもあるまいし、まさか、翼が京都の街並みをキョロキョロと見渡すなんて思ってもいなかったので」
「い、いや、ほら、ここが結月くんの育った土地なんでしょ? だから、どんなところに棲んでたのかなぁ……って思って色々と見てたの」
「俺の棲んでいた町って言っても普通の京都ですよ」
「いや、普通の基準がよく分かんないからね?」
「そうですか? あ、でも、実家は少しばかり普通じゃないかもしれませんね」
「え? そうなの?」
「ええ、前にもお話しした通り、ウチの実家は老舗の和菓子屋なので……」
「そうでしたね。職人さんたちもいらっしゃるんですよね?」
「むしろ、職人さんだらけですね」
「そうなんですね……。少しわくわくしますね」
「ワクワクですか?」
「はい。だって、いわば社会見学みたいなものじゃないですか。和菓子を作っている工房を見ることができるなんて……」
「そう言われると、そうかもしれませんね。まあ、それほど楽しみにし過ぎないでくださいね」
藤原くんはそう言うと、再び私の手を引いて歩き始めた。
彼が言った通り、数分も経たないうちに立派な和風建築のお屋敷のような家が現れた。
「も、もしかして、ここが?」
「ええ、実家です」
すっごく大きい。
もしかして、かなりのお金持ちだったりしないかな……?
私は心の中でドキドキが止まらなくなっていた。
私はお店の方に向かおうとする。が、程なくして、
「翼、こっちだよ? そっちはお店側だから、お客様用なんでね。本来、家の人とかはこっちの通用口を使うんだ」
そう言われて私は指さした方を見る。
どこぞの御寺の門!? とでも言いたくなるような立派な門屋があり、その横に小さな勝手口がある。
「ここってお寺?」
「いや、俺の家だけど?」
「どうしてこんなに大きいの?」
「いや、それは俺に言われても分からないけれど……。でも、老舗の和菓子屋だから、そこそこのいわれがあったんだろうなぁ……。てか、本当に知らないんだよね」
「ああ、ごめんなさい! そんな困らせるつもりはなかったんです!」
「ねえねえ、実家の前でイチャコラする気分ってどんな気分?」
「ゲッ!? 母さん……」
「よ、頼子さん!?」
「は~い! そろそろ帰ってくる頃叶って思って、迎えに出てあげようと思ったんだけど、まさかここまでラブラブを見せつけようとするなんて……。早く子ども作りなさいよ」
「だから、高校生だって!」
「こ、子ども!?」
私は顔を真っ赤にして、困惑する。
やっぱり子ども欲しいのですかね!?
それって今すぐ? もしかして、帰省旅行で規制事項に反した内容をして、孕んじゃう感じですか!?
「あら? 翼ちゃんはまんざらでもない感じ?」
「ええっ!? いや、そもそも赤ちゃんを作るってことは……せ、せ、せ………」
「翼、ここ、家の中じゃないから、それ以上動揺しないでくれないか?」
「あう……、ご、ごめんね」
「母さんも、翼をイジメるのは止めろよ」
「え~、だって反応が初々しくて面白いのに~」
「そう言うのがダメなんだって……。母さんが原因で別れたらどうするんだよ?」
「それは困る。」
「即答ですか!?」
頼子さんの反応に私が逆にツッコミを入れてしまう。
いや、本当に即答だったなぁ……。
「こんなに可愛いくて気立ての良い彼女、そういないもの! 結月! 絶対に話しちゃダメよ! 別れ話が出てきたら、既成事実を作っちゃいなさい!」
「だから、どうしてそう言う話になるの?」
「既成事実?」
私は意味が分からなく、目が点になる。
が、藤原くんがこっちに顔を寄せてきて、
「つまり、授かり婚にしなさいってこと」
「————————!?」
その囁きに、私は再び顔を真っ赤にしたのであった。
「あら~、これ以上しちゃうと、翼ちゃんがのぼせちゃうわね。部屋に上がってもらおうかしら」
「おう。そうしてくれると助かる」
「……子ども……既成事実……赤ちゃん……ふぇ……」
私はのぼせた頭は、藤原くんとの初めてに対する妄想による恥ずかしさでいっぱいになるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます