第3話 俺と美少女の「カノジョ契約」①

 週末の土曜日———。

 広告を見たら、地元のスーパーで週末セールをやっていたのを見て、買い物に行った帰り、ゲリラ豪雨に出くわして、事前にスマホの気象情報で大気が不安定であることを見ていた俺は折りたたみ傘をさして、帰宅した。

 が、どういうことだろうか、5階のエレベーターを降りてすぐに、ドアの前で人がいることに気づく。

 何だろう……。新手の勧誘か!? それは正直鬱陶しいなぁ……。

 とはいえ、その考えは一瞬にしてなくなる。

 そもそも勧誘ならば、ドアの前で座っていたりなんかしないだろうからな。

 じゃあ、いったい………。

 俺は自室に近づくにつれて、座り込んでいるのが誰か気づく。


「北条………?」


 俺が声を掛けると、絶望的な表情で俯いていた彼女が顔を上げる。


「お前、どうしてここにいるんだよ?」

「え? あの、私の部屋の鍵が閉まっていてね……。鍵をどこかで失くしちゃったみたいでね……」

「マジかよ……。で、北条の部屋ってどこなんだよ?」

「ん? だから、ここだよ?」


 そう言って、彼女は指でドアをさす。

 そこは俺の部屋の横のドアだ。

 つ、つまり、あのゆるふわ美人なお姉さんが棲んでいる部屋じゃないか!


「え? 北条って、俺の部屋の横だったの?」

「え!? あ、そうそう。そうなの……。本当に偶然よね」

「じゃあ、お前、お姉さんとかいたりするの?」

「え……? あ、ああ、いるわよ? 今日はどこか行っちゃってて、帰らないみたい……。絶望的だよね、ホント」


 彼女は「えへへ……」と恥ずかしそうに笑う。

 てか、そのままだと今日は廊下で過ごすってことになるんじゃないだろうか。

 全身びしょ濡れの北条は、このままだと、夏だとはいえ風邪をひいてしまう。


「入れよ」

「え?」

「だから、そのままいても風邪ひくだけだろ? ウチので良ければ、シャワーとか使ってくれて構わないし」

「いいの?」

「何が?」

「女の子を部屋に入れるんだよ?」

「別にそういう友だちもいないし……。あ、でも、部屋がちょっとばかり散らかっていることは否定できない」

「別にいいよ……。あまり気にしないから」

「じゃあ、入ってくれ……」


 俺はドアの鍵を取り出して、開けた。

 買い物袋をサクッとキッチンに置くと、部屋の明かりを点けた。


「綺麗な部屋じゃないけれど、入ってくれ………」


 俺は自身の散らかった部屋に、普段から掃除しておけば良かったと心の中で悪態をつきながら、彼女を招き入れた。




 本当に藤原くんには助けてもらってばかりだ————。

 まさか、学校のない日まで助けてもらうなんて……。

 午前中から図書館に行くまでは良かった。まさか、レポートが仕上がって満足げに図書館から出たら、土砂降り………。

 これが世にいうゲリラ豪雨というものなのだろう………。

 それにしても、私は何とついていないのだろう。今日に限って、出かける前に気象情報を見忘れていた。それどころか、普段であれば、常にカバンに入れてあった折り畳み傘がないのだ。


「残念ながら、やみそうにない………か」


 私は空に向かってポツリと呟くとマンションに向かって走り出した。

 それほど遠い距離ではない。

 びしょ濡れになりながらも、何とかマンションまで帰宅した。

 が、そこで気づいた。

 サイドポケットに入れてあったはずの自宅の鍵がない。

 カバンに手を突っ込むが見つかる気配すらない。

 いよいよ、私の顔は青ざめてくる。


「ど、どうしよう……」


 ドアの前で座り込み、項垂うなだれてしまう。

 そこに藤原くんが帰ってきたのである。

 どうやら、私のことは先日のゴミ捨てをした際のと合致している様子はなく、私の姉と思っているらしかった。

 ここでも彼は優しく、濡れている私を気遣って、シャワーを使わせてくれることになった。


「綺麗な部屋じゃないけれど、入ってくれ………」


 男の子が一人暮らしをしている部屋なんて、どんなものなのか、少しばかり興味はあった。


「お邪魔しま——————」


 私はそこで一瞬にして固まってしまった。

 汚い部屋だということくらいは気づいていた。

 だけれど、ここまでとは……………。


「足の踏み場はありますね……」

「それは褒めてんのか? それとも貶してんのか?」

「褒めてるように思えます?」

「思えねぇ~なぁ………」

「分かっているなら、掃除くらいするべきだと思いますよ」

「まあ、そういうなって……。とにかく、まずはシャワー浴びて来いって」

「そうさせてもらいます」

「タオルは洗面台にあるやつが綺麗なままだから、使ってくれて構わないからな」

「あ、ありがとうございます」

「着るものは……、俺のパーカーとかでも良いか?」

「それで結構です。借りれるだけで大丈夫です」

「じゃあ、あとで洗面台のところに持って行っておく」


 そう言うと、彼は早速自室の方から私のために着るものを用意してくれている。

 私は感謝しつつ、お風呂場に向かう。

 濡れた服を脱ぎ、そのまま熱いシャワーを浴びる。


「本当にダメダメだな……私………」


 今にもさめざめと泣きたくなりそうになる。

 親と離れてからは、泣かないって決めていたのに……。

 どうしても、優しくされてしまうと泣きたくなってしまう。

 頭から降り注ぐ熱い水玉は、私の気持ちさえも洗い流してくれる———、そんな気がした。

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