第1話 隣の美人なお姉さんに心が奪われる②

 むくりと俺はベッドから起き上がる。

 起き上がると同時にぐっと腕を伸ばして、伸びをする。首を左右に動かすと、どことなく身体の筋が伸びて気持ちがいい。

 窓からは7月だというのにカーテン越しに優し気な日差しが入り込んでくる。

 が、カーテンを開けると、容赦ない日光に一瞬で目をやられてしまう。


「うわっ!? 眩しっ!」


 俺は手で日差しを遮る。

 そっと目を開くと、そこにはマンションの7階から見える街並みの色がくっきりとしているのがわかる。

 俺の名前は藤原結月ふじわらゆづき。女っぽい名前だとよく言われる高校1年生だ。今年から私立光玄坂学園高等学校に通っている。ちょっと訳ありで、両親の説得に成功して、実家(実家は明治創業の老舗和菓子屋だ)から飛び出して、今は一人暮らしを絶賛満喫中だ。

 とはいえ、高校では中学時代の経験からそれほど目立たないでおこうと行動しているため、所謂クラスカーストの底辺にいるような存在で落ち着いた。もちろん、彼女なんていない。

 なんて、ラブコメの始まり方みたいな挨拶だな……。

 その時、俺はハッとして枕もとに置いてあったスマートフォンを手に取り、タップする。

 光を失っていたそれは光を取り戻し、現在の時刻を表示してくれる。

 7時27分—————。


「やべっ!? 今日、燃えるゴミの日だっけ!」


 俺はベッドから飛び起きると、ジャージを脱ぎ捨て制服に着替える。

 高校生でパジャマというのもありかもしれないが、俺のような一人暮らしの男子高校生に、オシャレなど不要だ。中学時代に使っていたお古のジャージで事なきを得るのだから。

 着替えると、部屋のドアを開け、キッチンのところにすでに用意してあった燃えるゴミの入った袋を手に取る。

 もちろん、オートロックの関係でドアの鍵も必需品だ。

 慌てるようにドアを開けて、1階のゴミステーションにいち早く持っていかなければ、高校への通学時間がギリギリになってしまう。

 俺が一歩を踏み出した時、お隣さんのドアも開いた。

 俺はそちらに振り向いた時、息をのんだ。

 黒のロングストレートにすっきりとした顔立ち。ふんわりとロングパーカーを着ていて、まるで下の服を着てないかのようにすらりと絹のような肌をしたおみ足が伸びていた。

 眠たげなのか、右手を口元に添えて、「ふわわ……」とあくびをしている。

 思わず俺の心が高鳴ってしまった。

 お、お隣さんって初めて会うんだけど…………。


「お、おはようございます!」


 思わず俺は挨拶していた。

 いや、別に話がしたいとかそういう疚しい気持ちがあったわけじゃなくて、素直に挨拶しただけだ。

 が、お隣さんは人と出会うことすら衝撃だったのか———、


「お、おはよぉ………」


 と、呟くように返事をすると、そのままエレベーターに乗り込んで、ドアを閉められてしまった。

 ん? ちょっと待て—————?


「てことは、俺、階段で降りろってことか!?」


 何だかんだ言ってもここは5階だ。

 スポーツ系の部活をやっているような健康優良児である高校生男子であれば、このくらい文字通り、朝飯前であろう。

 しかし、俺は悪いが目立たない生活を目指した不健全な高校生男子だ。

 つまり、運動などほぼしていない。

 とはいえ、ゴミ捨てをしなくてはならない。このマンションのごみ収集は、学校への出発前に回収に来るという鬼畜ぶりだ。

 俺はダッシュで階段下りを決行した。

 降りて、ゴミステーションにたどり着くと、そこには先程、無慈悲にもエレベーターのドアを閉めたお隣さんがいた。

 ごみを出し終えた後というところだろうか。

 すでに先ほどまで手にしていたゴミ袋はなかった。

 俺が息を切らしていると、ゆるふわ系お姉さんが近づいてきて、


「ご、ごめんなさい!」


 と、大きく頭を下げてきた。

 あ、あんまり頭下げると、

 不健全とはいえ、性知識のある高校生にとって、この甘ったるい感じの香りとロングパーカー、そしてそこから見える白い肌は卑猥すぎる!

 て、ダメだろ! 向こうは謝罪しているのに————。


「あ、いいえ、大丈夫です!」

「そ、そうですか……」

「お隣さんだったんですね。これからも困ったことがあったら、よろしくお願いします!」

「あ、はい………。こちらこそ………」


 そう言うと、彼女は逃げるようにエレベーターに乗り込んでいった。

 うーん。やっぱり美人だよなぁ……。

 人付き合いは苦手そうな感じだけれど、目はぱっちりとしているし、少し朱に染まった頬も可愛らしさアップに貢献している。

 うんうん、と俺は噛みしめる。

 と、そこにゴミ収集車がやってくる。


「あ! しまった! ゴミ出しま~~~~~~す!!」


 俺は急ぎ清掃作業員にゴミ袋を手渡す。

 て、それだけではない。この後は急いで学校に行く準備をしなくてはならない。

 美人なお隣さんを思い出して呆けている暇はないのだ……。

 とはいえ、会社へ出発するサラリーマンのおかげで、エレベーターはなかなか降りてこず、再び来た階段みちを引き返すことになったのだった。

 これ、筋肉痛不可避なんじゃねぇーだろうな……。

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