隣のカノジョは、クラスカーストど底辺の眼鏡姫。

東雲 葵

1.隣のカノジョはクラスカーストのど底辺の眼鏡姫

第1話 隣の美人なお姉さんに心が奪われる①

 これはいったいどういう状況なんだ……!?

 明らかに俺・藤原結月ふじわらゆづきは狼狽えていた……。

 何も起こりえるはずのない土曜日の夕方。

 いつの間にか先程まで大荒れだった空は、嘘のように晴れ間が広がり、マンションのカーテンの隙間から陽光が差し込んで、リビングに光を射す。


 ピンポーン!


 来客を告げる電子チャイムの音が無慈悲に沈黙広がるリビングに鳴り響く。

 心臓の音は高鳴り、いつの間にか、その音が耳に聞こえてくるほどの大音量になっている。

 理由は明らかだった。

 今、この置かれた状況を冷静に対処することが、ほぼ不可能だということ————。

 それはつまり、自分にとって、人生終了を意味しているものだった。


「どうかしたの?」


 目の前の美少女が俺に話しかけてくる。

 元凶と言えば、この美少女にも原因はあるかもしれない。

 いや、とはいえ、俺は単に人助けのつもりでやったことなので、コイツを元凶と断定してあげるのには気が引けてしまう。

 目の前の美少女の肩下あたりまで伸びる黒髪は、シャワーを浴びたためか、しっとりと濡れて艶っぽさを帯びている。

 着ていたものを洗濯している関係で、着るものがなかったため貸した俺のTシャツとハーフパンツが何やら、エロっぽく見えてしまう。

 て、そうじゃね———————っ!!!


 ピンポーン! ピンポーン!


 無慈悲な電子チャイムの音はさらに連打されることとなる。

 嗚呼、どうしてこんなときに、よりによって……。


「出た方が良いよ。相手も困っていると思う」


 冷静な美少女はインターホンのモニターに映る女性の姿を確認したうえで、そう俺に呟いてくる。

 モニターをちらりと見ると、あれは明らかに俺の母親だ……。

 どうして、こうもタイミングの悪い時に来るのだろうか……。

 きっと、また、お部屋チェックとか言ってきたのだろう。

 実家の京都からわざわざ関東まで気軽に来るのは本当に困る。

 母親は、仕事の関係でたびたび実家の京都から関東にやってきては、俺の部屋を覗いていくのである。

 高校生にもなれば、プライベートな空間も欲しいところだが、そういうわけもないようで……というか、俺が信用されていないのか、月に数回、多ければ毎週のように部屋を覗きに来るのである。


「全く、母さん、今日来るなんて言ってなかったじゃないか……」


 と、スマホを覗き込むと、LINEの通知があることに気づく。

 嗚呼、そういうことか、どうやら、俺は北条さんの対応をしていた結果、LINEを無視していたらしい。

 てことは、今、「既読」が付いてしまった……。

 時すでに遅し。

 すぐさま、母さんからLINEのトークが入ってくる。


【開けろ!】


 いやいや、それが息子に対して送るLINEなのか?


【隠し立てするのは良くない! エロ本は必死に隠したまえ。発見してやるがな】


 怖っ!? 何この返信————。

 これが俺を生んでくれた母親だなんて信じたくなくなってきたんだけど……。

 とはいえ、俺がトーク画面を開いているということは、母さんにもこのLINEを俺が見ているということがバレバレなわけだ。

 ついに俺は観念して、インターホンの通話ボタンを押す。


「今、開けるよ」

『そうしてくれたまえ! 自分の命を守るためにもな』


 おいおい。普通にマンションのエントランスで何てこと言うんだ!?

 普通に考えたら、その台詞は異常なんだけど———!?

 振り返ると、廊下から洗濯機を見つめる北条さんの姿があった。


「今、母さんが来てるから、一度、奥の部屋に入ってくれないか?」

「それは構わないけれど……。でも、洗濯物がまだ終わっていない状況だから、怪しまれると思うわよ?」


 そうだ。今、洗濯機には美少女の下着類が洗われているのだ。

 母さんが来ているタイミングで間違いなく、停止音が鳴る。母親として、洗濯物を確認してしまうという自然な死亡フラグが形成されてしまう。

 それに——————。

 俺は一番厄介なことを思い出したのだ。

 LINEをタップして、トークの履歴を見返してみる。

 すると、そこには母親からの無情な書き込みを見つけた。


【あなたが言っていた彼女は今日、確認したいと思いま~す!】


 もちろん、俺に彼女なんてのはいない。

 では、なぜこうなったのか……。

 すまん。これは見得だ。いや、ある意味、一人暮らしをする条件のようなものになっていたのだ。

 実家の後を継ぐにも、働くにも支え合うパートナーが必要なんだから、一人暮らしをして、夏休みまでに彼女を作っておくこと。

 どうして、そんな条件を飲んでしまったのだろうか。

 そもそも学校でそれほど目立つことをしない俺に異性が興味関心を持ってくれるわけがない。

 そんな俺が先日、妹のかおるにLINEで大見得を切って、そう送ってしまったのだ。

 どうやら、その日のうちに母さんにも知れ渡るところとなり、このような事態に至ったのだ。

 俺が苦悶の表情を浮かべているところに、ふんわりと甘い匂いが近づく。

 ハッと気づくと、目の前には、美少女が俺のスマホを覗き込んでいた。

 俺よりも少し低い背丈の彼女は、ダボッと来たTシャツから谷間が見えそうなのも気にせずに俺のトーク画面を見ている。


「………そういうこと」

「な、何だよ……。仕方なかったんだよ、俺だってあの時は————」

「私がなってあげる」

「——————え?」


 美少女と目が合った瞬間、ピンポーンと無慈悲な電子チャイムは再び鳴る。

 どうやら母さんが部屋まで来たようだ。


「折角、こうやって助けてもらったんだし、学校でもいっぱい借りがあったから、しっかりと返さないとね」


 借り? 俺は今まで美少女に対して、何か、貸しを作ったのだろうか?

 一向に思い出せない。


「藤原くんとは『カノジョ契約』を結んであげる♡」

「はぁ? 彼女契約?」

「そう。本当の恋人じゃないよ? でも、今、お困りのご様子。きっとこれからも藤原くんは困ることになると思う。だから、私が契約上の恋人として、こういうときに助けてあげる」

「それが『カノジョ契約』?」

「そ。藤原くんにとってはデメリットはないから、悪くはないと思うけれど?」

「俺がここで拒否したらどうするんだ?」

「あなたのお母様に藤原くんに襲われたって言うわ。毎朝、ゴミ捨てをしている姿を視姦されてましたって」


 何て無茶苦茶な女なんだよ……。

 違う意味で人生終了させるな。そのストーリーにリセット機能はありますか? とでも言いたくなるのだが……。


「わ、分かった。じゃあ、『カノジョ契約』を結ばさせてください」

「分かったわ。これからよろしく」


 その時、ニコリと微笑んだ美少女の表情は、俺の無防備だった心に何かギュッと襲い掛かってきたような、そんな気がした。

 突発的に結んだ「カノジョ契約」がまさか、様々な問題を引き起こすことになるなんて、俺には知る由もなかった。

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