第5話 天浮島のち続記憶

 勇仁は受話器を取る。受付からだった。

「総合海上政策推進事務局の浅沼様とお連れ様がお見えです」

「通してください」

 勇仁は受話器をおいた(浅沼あさぬま 大輔だいすけとは久しぶりに会う。大学からの付き合いで八岐島の出身だ)浅沼に渡す書類を応接用のソファーに置くとノックが聞こえたのでドアを開ける。

「久しぶりだな。お前やっぱり少し痩せたな。ちゃんと飯食ってんのか?」

 浅沼はそう言いながら勇仁の肩を軽く叩いた。勇仁も叩き返すと来客用のソファーを手のひらで指しめす。連れは入り口の横に立っていた。

「そうか?そう言えば親父も言ってたな。でも調子はいいぞ。お前は…恰幅かっぷくがよくなったな。貫禄かんろくが出てきた」

「これでも官僚だからな。このくらいじゃないと舐められるんだよ。親父さんとお袋さんは元気か?」

 浅沼はお腹をさすり笑いながら座ると勇仁も対面のソファーに腰を掛けた。

「しっかし久しぶりに来たら随分様子が変わったな。八岐小島とは思えん…今は天浮島って名称か。それで実際の所はどうなんだ?視察の資料通りだと90%はできてるんだろう?」

 浅沼は今日配った視察の書類を出すと軽く叩きながら聞いてきた。

「嘘はついてないさ。ブラックボッスク以外はすぐにでも動かせる。人員はまだまだ必要だがな。それより副本部長の様子はどうだった?それとこれは追加分だ」

 そう言うと勇仁は八岐島の調査関連資料と報告書のドラフトを浅沼に渡した。

「島津官房長官か?言及はしなかったけど、鼻息荒かったぞ。海防時代の血が騒いだんだろう。実際俺もここまで改修されているなんて思わなかった。もしモジュール兵器やオプションで戦力化したらまさに移動要塞だよ。エイデン・ヒューナレッジ氏はここまで見通していたのかな。まー国としては、税金とコンプライアンスを守ってくれれば、何も言わんけど…」

 浅沼は胸を手に当てると勇仁はすかさず言った。

「なんだ電話か?急用かもしれないぞ」

「おう、すまんな。…私用のメールだ。とくに大した内容でもない」

 浅沼はスーツの内ポケットからスマートフォンを取り出し見終わるとしまった。

「奥さんからか?そう言えば翔君は元気か?幾つになった?」

 勇仁はSWを摩りながら言った。

「今年で5歳になる。このまえ七五三にいったよ」

「そうか、そう言えばお祝いしてないな。自転車なんかどうだ?まだないんだろ?」

 勇仁はまだSWを触っている。浅沼はゆっくり瞬すると自分の腕時計を触って合図を送った(おそらく盗聴か録音されているのだろう)。

「でも気をつけろよ。昔親父が自転車を知り合いから貰ったんだよ。そしたらブレーキが壊れてて危うく死にかけた事があってな。それから自分の乗るものには何でも注意するようになった…すまん。話が脱線したな」

 勇仁は入り口に立ってる連れの方に視線を向けた。浅沼はまたゆっくり瞬きをして勇仁の顔を見た(天浮島にも何かしらの対策は出来ていると言う事だろう)。

「楽しみにしてるよ。話は戻るけど、第5次調査については今回の委託調査が終わるまではあまり公にしたくないって感じだな。15年ぶりに有人調査をするってのにさ。おっと、これが今回参加する研究者の名簿だ。遅くなってすまん」

 浅沼はファイルを渡しながら言うと頭を軽くかいた。

「この調査を機に騒ぎ出す連中も出てくるだろうし、多少はごたつくだろうな…」

 勇仁は受け取った研究者リストを開くと目を通しながら浅沼の話を聞いていたが、あるページで手が止まった。

「今回は彼もオンラインで参加する。ま~元研究所の責任者だからな。おっ、それより今回二人とも調査に参加するんだろ?あのちっちゃかった二人がな~」

 浅沼は話を切り替えると勇仁はため息をついた。

「島に上陸するのは司だけだ。陽子は医療班の助手としてだ」

「二人のプロフィール見たぜ。中々の経歴してるな」

「調査の事を諦めさせる為に、俺も親父も色々やったんがな」

 またため息をついて勇仁はファイルを閉じた。勇仁は後悔している様に見えた。

「まっ。ま~なんだお前の所為せいじゃないよ。気にするな。俺も彼らと同じ立場だったら、そうしてかもしれない…。おっと、もうこんな時間か、そろそろ行かないと、吉報頼むぜ」

 

 浅沼は腕時計を見ると書類の束をカバンにいれて席を立った。

「ちゃんと書類チェックしろよ。それから自転車楽しみにしておけ。乗り方のコツも一緒に同封しておく。陽子と司でノウハウがあるからな。後これは奥さんと翔君の土産だ。寄り道する時間ないんだろ?」

 そう言うと勇仁は紙袋を差し出した。

「色々すまんな。お前が言うなら安心だ。頼んだぞ」

 浅沼は紙袋を受け取った(天浮島の運用はあいつに任せておけば大丈夫だろう)。


 天浮島から下船した浅沼は付き添いと迎えの車に乗り込んだ。運転手はルームミラー越しに浅沼を見ている。

「急いで駅に向かってくれ」

 そう言って浅沼はルームミラーみた後、早速受け取った書類に目を通した。


2×○×年×月×日:尹豆諸島八岐島美原山噴火。島全体に噴火警報レベル5避難の特別警報発令。人口(災害発生当時)6613人に対し2057人が自主及び海洋保安庁・海上・航空防衛隊により島外に避難。噴火活動及び火山ガス・地震により同庁・同隊は避難活動を中断。


同年×月×日:海上並びに防衛隊による救助及び避難活動を再開。135名を救助。今災害最大級の火山活動及び地震を観測。それにともない八岐島は尹豆諸島を離脱。世界最大規模の浮島が誕生。またそのご八岐小島が八岐島から離脱。以後、海流による八岐島移動のため救助及び避難活動が困難となる。

※現在、八岐島は黒潮(本州)・黒潮続流(尹豆諸島周辺)・亜熱帯循環(クァム島周辺)・北赤道海流のいずれかの潮流に乗り大平洋上の同ルートを大凡およそ1年周期で移動中。また八岐小島は天浮島と名称を改め船舶として改修中(所有者:ヒューナレッジ社)。


同年×月×日:海上防衛隊による救助及び避難活動中、62名を救出。放射線を検出した為活動を中断。以後、島を立ち入り禁止とし周辺国へ通知。


2×○×年×月×日:捜索及び調査を3SKディフェンスジャパンに委託。


同年×月×日:捜索及び調査を開始。放射性物質の採取、調査員2名死亡。死因:新種のマダニによる感染症。剖検の結果、マダニを採取。感染症予防及び放射線中和剤開発に着手。活動を一時中断。


2×○×年×月×日:ドローンによる捜索及び除染活動を開始。放射性物質の分析結果:天然由来であるがコバルト60によく似た物質と判明。半減期も同様と推測…。

 

 読んでいると当時の事を思い出す。

 大学3年だった俺は、ニュースで八岐島の出来事をしった。それから家族とは連絡がとれず、詳細を知ったのは母親がパートで勤めていたヒューナレッジ財団エネルギー研究所の家族説明会だった。他の家族も行方不明者扱いになった。勇仁と会ったのはこの時だ。俺の方はショックで覚えていなかったが、初めて話したのは大学の食堂だった。

「すみません。ここ空いてますか?」

 勇仁に話しかけられた。気が付かないふりをして下を向いて食べているともう一度同じ事を聞いてきた。イラッとして顔を上げる。

「この前ヒューナレッジ財団エネルギー研究所の説明会に居ましたよね?俺の名前は…」

 その後の会話はよく覚えてないが、厚かましいやつだと思って距離を置こうと思った。しかし顔を覚えた所為せいか校内でたまに見かける。向こうも気が付いた時はわざわざ声をかけてくる。何回か同じことが続きなんで俺に構うんだと勇仁に聞いた。

「説明会の時、顔が真っ青でこの人大丈夫かな?帰りに自殺でもするんじゃね~かなって形相だったからさ。なんか気になってて、そしたら大学にいたからさ~って気になるって変な意味じゃね~ぞ。ただそれだけだ。災害の事思い出すって言うならもうやめる。嫌な思いさせて悪かったな」

 勇仁は申し訳なさそうな顔をしていた。

「俺、浅沼大輔。まえ食堂で会ったとき名前聞いたけど、その…」

「星守勇仁だ。今度飲みにでも行こうぜ」

 それから勇仁とつるむようになった。


 しかし仕送りもなくバイトだけでは生活が苦しくなり、大学を辞める事を考えていた。勇仁に誘われた飲み会の帰りに伝えた。

「最近元気がないと思ったらそう言うことか、そこの公園で酔い覚まそうぜ」

 勇仁は俺の返事も聞かず公園のベンチに座ると電話をかけ始めた。

「母さん?父さんは?うんわかった。あっ父さん?前に話した説明会にいた奴の事なんだけど…そうそう、そうなんだよ。わかった。ちょっと代わるね。うちの親父」

 勇仁は電話を差し出してきた。電話を耳に当てる。

「初めまして、勇仁の父親のはじめといいます。息子から話は聞いています。この度は大変なことで…ご心労しんろうお察しします。なんでもお金が必要だそうで…どうです。今度の土日一度息子とうちに遊びにきませんか?」

 驚いて勇仁の方を見ると勇仁はうんうんと頷いてもう一度頷いた。

「わかりました。では一度お邪魔します。失礼します」

 電話を返すと勇仁は照れくさそうに言った。

「説明会の時、お前の様子うちの親も見てたから…ま~細かい事は会って話そう。車借りるからドタキャンすんなよ」


 週末勇仁の実家にお邪魔した。家族を紹介され客間に通されと勇仁は姪っ子と甥っ子の相手をすると言って部屋を出て行った。何を話していいか迷っていた。

「大輔君、学費は勇仁と同じ金額で構わないかね?それから条件と言うか、お願いが2つある。1つは気が進まないだろうが、少し君の家族の事を教えてもらえるか?研究所にはお父さんが勤めていたのかね?」

 家族の事から話し始めた。話しているうちに涙が出てきた。二人は何も喋らず黙って聞いてくれた。

「よく一人で頑張った。全部吐き出しなさい」

 親父さんは優しく言ってくれた。虚無感きょむかん、不安やイライラしてた感情が一気にあふれ出し大声で泣いた。ふと我に返り目頭が熱くなるのを感じた。俺の感情が落ち着くのを見計らって親父さんは言った。

「わしらも長男夫婦の詳細がまだわからなくての。さっき会った子たちは、その夫婦の子供でな。それで2つめは今日明日、島に関する事は口にしないで欲しい。まだあの達の歳じゃ理解出来んみたいでの…」

 少し離れた外から女の子のはしゃぐ声が聞こえてきた。自分だけじゃない。勇仁も親父さんお袋さんも顔には出さないけど辛いんだ。そう思うと少し肩の力が抜けた気がした。


 親父さんの言う通り子供たちは一時的に親族の家に遊びに来ているような感覚なんだと思った。女の子は元気が有り余っている様ではしゃぎながら家の中を走り回ってはお袋さんに注意されるほどだった。男の子の方は大人しい。ペンダントをかざしながら蟻の行列を辿って巣を探したり、静かに図鑑を見ては図鑑の絵を紙に書いたりしていた。


 その晩は久しぶりに大勢で飯を食べた。そして何も考えずに寝つけた。今思えばすごく気遣ってくれたのだと分かった。しかし夜中物音で目が覚めた。

「やだやだお家に帰る。お父さんとお母さんは迎えにくるの?」

 女の子の愚図ぐずる声と泣き声が聞こえた。勇仁のお袋さんの声が聞こえる。多分あやしているのだろう。そのうち泣き声が聞こえなくなり静かになった。


 目が覚めたのは10時過ぎだった。勇仁の部屋に行ってみるがいなかった。とりあえずリビングに行ってみるが誰もいない…人の気配がない。どうしようかと思いソファーに座って考えていると、玄関が開く音が聞こえた。

「お~い大輔おきたか?おはよう。昨日は悪かったな。あまり眠れなかっただろ?何かのむか?」

 作業着姿の勇仁がリビングに入ってきた。

「おはよう。誰も居ないからビックリした。みんなは?」

「みんな畑にいるよ。昼飯食ったら帰るから支度しとけよ」

 勇仁は冷蔵庫を開け作り置きのおかずと麦茶を出した。


 昼食を済ませると車で畑に向かった。親父さんとお袋さんに帰りの挨拶をした。

「またじ~ちゃん家遊びにくるの?今度はお家にも遊びにきなよ」

 女の子に言われ返答に困っていると勇仁が女の子を抱き上げクルクル回って気をそらせた。すると今度は男の子が近づいてきて俺の手を握った。

「もう大丈夫」

 ぼそっと男の子に言われ昨日はそんなに酷い表情をしていたのかと思った。

「ありがとう。元気になったよ」

 そう言うとしゃがんで頭をなでた。


 帰りの車のなか昨晩の女の子の夜泣きの事を思い出した。

「勇仁、俺今はまだはっきりしてないんだけど、何か八岐島の為になる事をするよ。昨日の姪っ子ちゃんの夜を思い出したらさ…そう思った」

 勇仁の方を見ると、少しの間車の外を見ていたが俺の視線に気が付いた。

「なんか視線を感じてな…気のせいだろ。そうか目標が出来てよかったな」

「まだ何をするか決めてないけどな。お前は実家を継ぐのか?」

「う~ん、まだ何とも言えないけど…防衛隊に入ろうと思ってる」

「はっ?意味わかんないんだけど」

 勇仁の顔を見ると真剣な表情で言った。

「陽子の症状は…多分一時的な物だと思う。それよりも司の方が心配で、兄貴と奥さんから大人しい子だって聞いてたんだけど…昼夜関係なく夢遊病むゆうびょうが酷くてな。それとなく陽子に聞いたら前からだってわかったんだ。

 お袋が気にして病院で診てもらったんだけど原因はわからない。医者はその位の子供にはよくあるっていうんだけど…夢遊状態って言えばいいのかな。フラっと何処かに行こうとする司を呼び止めて何処に行くのか聞いたんだよ。そしたら指さしながらあっちって言ってさ。色々聞いてみたんだけど…どうも島の家と友達の事みたいなんだよ。とりあえずなだめる為に俺がいつか連れて行ってやるって約束したんだ。

 そしたら次の日から約束の確認がすごくてな…それに研究所の事でも気になる事がある。あの研究所の母体って知ってるか?」

 勇仁はチラッとこっちを向いたので、首を横に振った。

「ヒューナレッジ財団ってのが運営していて財団自体は養護施設とか病院や研究機関の慈善事業が主なんだけど…まだ調べてる途中だ。入隊もハッキリ決めたわけじゃないし親父には言うなよ」


 車がトンネルに入った。オレンジ色の照明で急に視界が明るくなり我に返った。

 その後の勇仁は、前と変わらなかったが、結局あいつは防衛隊に入った。その後勇仁とは何度も会っているが、身の周りの事はあまり話さなくなった。総合海上政策推進事務局に提出された勇仁の経歴によると、大学卒業後、海上防衛隊に入隊。詳細な経緯は見ていないが2級海佐まで昇任、その約半年後に退職。すぐに民間軍事会社3SKディフェンスジャパンに入社。有名な紛争から場所もわからない国のテロ事件、その他もろもろ優秀な功績を収めている。また八岐小島(天浮島)の所有の件でヒューナレッジ社と政府とで揉めたいたらしいが、勇仁が上手く取りまとめたらしい。現在は3SKディフェンスジャパンの役員、実質現場のトップだ。就職先に困っている予備防衛官からはかなり評判がいいらしい。


 赤信号で車が止まった。横断歩道を家族連れが通るのが目に入った。もし、19年前何も起きなかったら自分や星守一家はどうなっていたのだろうと思った。しかし想像できない。今の人生しかわからない。そう思うとハードな人生だよな…あの子達にしてもそうだ。いくら島に行く手段が少ないにしても、相当な思いをしたのだろう…ため息をついた勇仁の疲れた顔が頭にうかんだ。その表情を見た時、まるで呪いだと言いそうになった。


 車が高台に差し掛かる。ワイシャツの襟が少しきついと思い襟と喉元の間に手を入れると汗をかいていた。感情的になり過ぎたと思い窓を少し開けると冷たい風が勢いよく車内に入ってくる。

 窓に目線を向けると海岸沿いが見える。薄暗い海面をバックに天浮島の輪郭が浮き上がって見えた。この距離からでも大きさがわかる。最終的には八岐島と接続し調査をするとは聞いているが、その通りに行くのかと思った。

「何か言いましたか?」

 運転手に言われ我に返った。隣の席とルームミラー越しに視線を感じる。どこから声に出していたのだろう。

「なんでもない。独り言だ」

 そう言うと窓を閉めた。

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