第3話 記憶

 神戸市かみとし六菱造船所敷地外海上に地図に記載さていない島がある。天浮島あめのうきしまだ。その一角に“八岐島調査隊本部”のオフィスがある。その中で星守勇仁は電話をかけていた。

「国の偉いさんが今日視察に来てたんだ。その時の取材の映像だよ。今回も帰れなくてすまない父さん。俺は明朝一足先にクァムに行く。

 いやいい。関係者と接触したら、俺はよくて辞任、ひどけりゃ解任だよ。当然、陽子も司も調査隊を降ろされると思うけど…この通話もチェックされてるしね。まっ父さんが止めたいなら、俺は構わないよ。って冗談だよ。母さんによろしく。じゃ」

  勇仁は受話器を置くと鼻で大きく息を吸いすぐにはいた(テレビは観ると思ったが、父さんは思ったより落ち着いていたな)

 背もたれに寄りかかりながら目をとじ深く息をついた。あの日の事が蘇ってくる。19年前の大学3年の夏…。


 俺は八岐島空港のロビーにある椅子に座って観光案内所で貰ったパンフレット見ていた。毎年夏に兄夫婦が実家に来ていたが二人目の司が生まれてからは、仕事に育児と忙しいらしい。それならと言うことでこちらが行く事になった。シーズン時期を少し外して8月の初旬を選んだ。

 見終わったパンプレットをとなりの母さんに渡すと広告看板が目に入った。ヒューナレッジ財団エネルギー研究所と書かれていた。兄貴と奥さんの悠子ゆうこさんの勤め先だ。

 手持ち無沙汰になりスマートフォンで八岐島の事を調べる事にした。ウィキページによると尹豆諸島の火山島で気象庁では火山活動度Cランクの火山。隣の八岐小島と区別するため八岐本島もしくは八岐大島と呼ばれることもある。大平洋(フィリピア海)海域所属…。

 突然メールの受信音がなった。兄貴からだった。内容を確認した。

「父さん、兄貴からメールきた。もうすぐ着くから空港入り口のポストの所に居てくれだって」

 そう伝えると荷物を持って立ち上がった。建物の外に出ると車寄せと大きな駐車場が目の前に広がる。遠くの方でツクツクボウシが鳴いている。思っていたより涼しい。辺りを見まわすと左の方に赤いポストを見つけた。


 ポストの前で待っていると白いミニバンと軽自動車が止まった。ミニバンの真ん中の窓からパシパシ音が聞こえる。たぶん陽子が窓を叩いているのだと思う。少し車が揺れたあと静かになった。それから兄貴がミニバンから降り手を振りながら近づいてきた。後ろの軽自動車から悠子さんが降りて軽く会釈をした。

「お義父さん、お義母さんお久しぶりです。勇仁君も元気にしてた?」

「父さん遅くなってごめん。一昨日からバタバタしてて、お店は予約してあるから少し早いけど昼にしよう。荷物はそれで全部?じゃあこっちに入れて」

 兄貴はミニバンのトランクを開けると車の中から陽子のはしゃぐ声が聞こえる。

「降りるの?ここで降りるの?」

「あ~荷物降ろすの忘れてた。全員のれるかな~。陽子、ここじゃ降りないよ。司が寝てるから静かにして」

 兄貴はそう言いながらスペースを作っていた。荷物を入れ終わるとミニバンのスライドドアを開けた。足をバタつかせる陽子と寝ている司がチャイルドシートに座っていた。寝ている司を見た母さんはシーのポーズをすると、陽子は口を手に当てて大人しくなった。何とか全員乗れたのでそのまま予約してある店に向かった。

 

 窓の外を見ると建物はまばらで低い。そのぶん空は広く高く青さを感じる。空港の近くにも生えていたが名前の知らないヤシみたいな木がテンションを上げる。久しぶりに見る八岐島の景色は綺麗だった。

「父さん来てそうそうあれなんだけど、昼食べたら悠子と研究所に行かないといけなくなったんだ。詳しくは店で話すよ」

 兄貴は助手席の父さんに言った。店の駐車場につくと陽子はチャイルドシートを自分で外しスライドドアをあけた。悠子さんの車に向かって手招きをする。降りてきた悠子さんは司のチャイルドシートのベルトを外すと司を抱き上げた。

「司、司ご飯食べるから起きて」

 悠子さんが肩を揺すると司は目を覚ました。状況がわからずキョロキョロしていた。それを見た母さんが二人に近寄った。

「初めまして司ちゃん。テレビ電話でお話しした事覚えてるかな?」

 母さんは司の顔を覗き込むと、司は悠子さんの肩に顔を埋めてしまった。母さんと兄貴・悠子さんは苦笑いをしたが、父さんと俺は笑った。陽子はキョトンとした顔でみんなの顔を見た。

「私知ってるよ。おばあちゃん、じーちゃん、それと…にーちゃん」

 陽子はそれぞれ指を指しながら得意げに答えた。俺は陽子の前にしゃがんだ。

「陽子ちゃん覚えててくれたんだ。幾つになったんだっけ?」

「よっつ!!」

 陽子は何故か母さんの方を向いて指を4本見せながらニコっと答えた。陽子の頭を撫でながら母さんはみんなの顔を見まわした。

「あら陽子ちゃん偉いわね。そうだ。今のうちに記念撮影しましょう」

 和やかな雰囲気だったが兄貴は少しソワソワしている様に見えた。几帳面な兄貴の性格を知っていた俺はスマートフォンを取り出すと母さんの方と指さした。

「母さん俺が撮るよ。みんな母さんの方に集まって」

「司、司ほら、あっち向いて」

 悠子さんは腕を揺らして司を覗き込んでいるが兄貴が促すように頷く。仕方ないのでスマートフォンを構えた。

「じゃあみんな笑って…なんだこれ?」

 俺がそういうと司がこっちを向いたので撮影ボタンを押した。そのとき何かが司の手から落ちた。それに気がついた司は悠子さんの腕の中で暴れだした。

「ん?どうしたの司?あれまた落としたの?」

 悠子さんは慌てながら足元の方をキョロキョロしている。落ちた先を見ていた俺は拾いに行くと黒い曲がった石ころだった。

「落としたのはこれかな?」

 今にも泣きだしそうな司の元に行くと悠子さんはホッとした顔をした。

「よかったわね。司、ちゃんと勇仁君にお礼を言いなさい」

「…ありがとう」

 司は小さな声で言った。それを見た父さんは近寄ってきて石を覗き込んだ。

「なんじゃそんな大事なもんか?あとでじいちゃんが紐をつけてやろう」


 店に入ると座敷に通された。陽子は我先にと靴を脱ぎ手招きをする。

「おばーちゃん、じーちゃん、にーちゃん」

 陽子は繰り返し言いながらピョンピョン跳ねていた。

「よ~こ、静かにしないと~」

 悠子さんがジロっと睨むと、陽子はサッと母さんの背中に隠れた。司はさっきの石ころをテーブルの上に置いてのぞき込んでいた。その様子を見ていた俺に気づいた悠子さんは司の頭を優しく撫でた。

「この子、この石がお気に入りで無いと大変なの」

「俺も昔よくわからない物を拾って集めては大事にしてた事があったな。宝物は何処でみつけたのかな?」

 司の顔を見ると、司はサッと石を手で隠した。

「これは私が昔海で拾ったものなの」

 悠子さんは懐かしむような少し悲しいそうな顔で言った。表情が読み取れず何か気まずい雰囲気になったので話題をそらした。


 料理を待っている間に兄は事情を説明した。数日前仕事でトラブルが起きて対応に追われているらしい。

「母さん来てそうそう悪いんだけど、子供達を頼む。夜は家に帰るようにするから」

 そう言い終わる前に、兄貴のスマートフォンがなった。

「はい。はい。わかりました。少ししたらすぐ向います」

 電話を終えた兄貴は軽くため息をつくとキーケースをポケットから出した。

「ごめん。これが片付いたら埋め合わせするよ。父さん鍵渡しておく。研究所には悠子の車で向かうから、家までの道覚えてる?前に来た時と変わってないけど、分からなかったらカーナビ使ってね」

「わし等はかまわんが…二人とも疲れた顔しとるぞ」。

「ここが正念場なんだ。頑張んないとな」

 父さんは心配そうに兄貴と悠子さんの顔を見た。兄貴は悠子さんの肩に手を乗せて頷くと悠子さんもコクっと頷いた。それを見ていた陽子はがっかりした様子だった。


 店を出ると、悠子さんは兄貴に何か言っていた。思い出した兄貴はまた電話を掛けだした。偉い人と通話している様でなんとなく喋りにくい雰囲気になり全員黙っていた。するとくしゃみが聞こえた。振り向くと陽子の隣で司が鼻水を出ている。気づいた悠子さんはティッシュでふき取り鼻をかませる。それから二人の肩に手を当て何か話していた。二人がコクっと頷くと頭を撫でて抱き寄せた。それに気づいた兄貴は通話しながら三人に近づいた。

「兎に角、これから向かうのでお任せ下さい。では」

 そう言いと兄貴はスマートフォンをしまった後、陽子と司の頭を撫でた。

「ごめんな。陽子、司。今度埋め合わせするからな」

「それじゃ行ってきます。お義父さん、お義母さんお願いします」

 悠子さんは申し訳なさそうな顔で言った。みんなで二人を見送った。軽自動車が見えなくなると陽子はしかめっ面をしていた。

「あ~あっ、いっちゃった。つまんない」

「それじゃあ、お留守番のご褒美にお菓子買って帰ろうか?」

 母さんは気を利かせて言うと、陽子はニコっと笑って機嫌を取り戻した。


 兄貴の家に向かう途中、夕食やお菓子を買うためスーパーによった。司がぐずり出したので母さんは車に残った。店に入ると店員さんが陽子に話しかけてきた。

「あれ?陽子ちゃん今日は一人?お使い?」

「うんう~ん、じーちゃんとにーちゃんと一緒。お菓子を買いに来たの」

 陽子はこちらを指さした。

「こんにちは、陽子の祖父です。こっちは次男です」

 父さんと俺は軽く会釈した。島の規模的に殆どが顔見知りなんだろうと思った。陽子はそのままお菓子売場に走って行った。

「父さん俺、陽子ちゃん見てくる」

 早歩きで陽子を追いかけた。お菓子売場の棚に着くと、俺を見つけた陽子がお菓子を両手に抱えて小走りで向かってきた。

「にーちゃん、カゴ持ってきて~早く」

「え~それ全部?」

 俺は慌てて棚の脇にあるカゴを取って差し出した。

「まだまだあるっ」

 陽子は落ちたお菓子を拾いカゴに入れながら言った。悠子さんがいない事をいい事に沢山買い込む魂胆こんたんだ。

「そんなに沢山買うと後で悠子さんに怒られるよ」

「いいの!だってだって、おかあさん忙しい忙しいって言って全然一緒に居て…」

 陽子はゴモゴモと声が小さくなり口を尖らせてうつむいてしまった。

「今手に持ってるのまでにしとこっか?」

 そう言うと陽子はコクっとうなずいた。

「勇仁、陽子ちゃん、決まったか?」

 カートを押しながら父さんがやってきた。


 支払いをすませ車に戻り家に向かった。港が見えてきたので少し車の窓をあけた。窓から勢いよく潮の香りが飛び込んできた。引き潮のせいか潮というより海藻が乾いたにおいが鼻腔を刺激する。そのままぼぅっと窓の外を眺めていると兄の家が見えてきた。海沿いの一軒家だ。引っ越しの手伝いで来たことがある。陽子はチャイルドシートのベルトを乱暴に外すと車から飛び降りる様に出た。

「はやくはやくあけて」

 陽子は玄関扉の前で足をジタバタさせて催促していた。庭に小さな畑があったが雑草が生えている。じいちゃんが玄関の鍵を開けながら畑を見た後に俺の方を向く。

「まったく仕様が無いの~、居る間に手入れしてやるか、まずは司の用事をせんと」

「にーちゃんお家案内してあげる」

 陽子は俺の手を引っ張ってきた。以前来た時も案内されたが陽子は覚えてないのだろう。しかし草むしりをサボる口実ができたと思った。

「じゃ~お願いします。楽しみだな」

 キッチン・リビング・トイレ・バスルーム・二階の子供部屋に案内され、それから書いた絵や幼稚園で作ったものを見せてもらった。

「勇仁、陽子ちゃん二人とも降りてきなさい。おやつよ~」

 母さんに呼ばれたのでリビングに行くと司がお菓子を手に取ってはマジマジと眺めテーブルに並べていた。俺に気が付いた司は紐で首飾りになった石を見せてきた。

「おっ、かっこいい。よかったね」

 司は母さんと陽子にも首飾りを見せに行った。おやつを食べた後、みんなで海岸沿いを散歩した。帰る途中、父さんのスマートフォンに兄から連絡があった。

「今みんなで海岸を散歩しとる。二人ともええ子にしとるぞ。そうか、そうか、仕方がないの~」

 父さんは陽子にスマートフォンを渡した。陽子は元気なさそうに兄貴と話した。

「わかった」

 陽子は口を尖らせながら返事をし、父さんにスマートフォンを渡した。

「二人とも帰りは遅くなるらしいから、夕食は先にすましてくれってさ」

 父さんは陽子の頭をなでながら言った。

「今日は、二人ともばあちゃんと一緒かに寝よっか?」

 それを見て母さんは気遣うように言った。


 買った出来合いのもので夕食をすませ風呂からあがってくると、潮のにおいが漂ってきた。また散歩にでも行こう思い、母さんに伝えると陽子と司もついてきた。

「あんまり遠くいっちゃダメよ。暗いからライト持っていってね」

「ほーい」

 俺はあくびをしながら答えると陽子もマネをしてきた。海沿いを歩くと夜風が心地よく風呂上りには心地よかった。それに星がすごく綺麗に見える。陽子にライトを持って貰い三人ならんで歩いていると陽子が手を引っ張ってきた。

「にーちゃん、肩車して?」

「じゃあ順番でね」

 かがもうとした時、ドンっと地面が下がった気がした。なにが起こったのか理解しようとした瞬間、激しい縦揺れが起きた。慌てて二人の手を握って二人の顔を見た。司は美原山の方を指さしていた。

「あれ?」

 司は口を開けて見ていた。視線を向けると夜にも関わらず美原山の山頂辺りが赤く発光している様に見えた。それを見た俺は家に帰ろうと思い二人を抱きかかえ早歩きで戻った。小さな揺れがまだ続いている家に近づくと玄関前にライトを持った父さんが見えた。

「丁度お前達を探しに行こうと思っての。みんなおるか?」

「全員。大丈夫」

 息を切らせながら答えた。


 玄関まで着くと家の電話が鳴りだした。父さんが受話器をとると兄貴からだった。会話のやり取りを玄関で見ていると、司が降りたがったので二人とも降ろした。すると司はまた外に出ようとした。

「もう散歩はおしまい。危ないからお家にはいろ」

 司の靴を脱がそうとかがむと突然聞いた事のない音が外から聞こえた。象の鳴き声の様な、鯨の鳴き声にも弦楽器の様にも聞こえる。初めて聞いた音に鳥肌が立った。

「こっちは全員無事だ。おん、待ってるぞ」

 父さんは受話器を置くと兄貴のキーケースを開けた。

「どうなるかわからんが、和穏が防災用品を準備してるらしい。裏の物置にあるらしいから車に積み込むぞ。二人とも早く中に入ってばあちゃんと一緒にリビングにいなさい。リタ、裏の物置に行ってくるから子供達とリビングで待っとってくれ。勇仁、ついて来い」

 下駄箱の上に置いたライトを持って外へ出た。裏庭に行くと広さ四畳程の物置小屋があった。鍵を開け中を照らす。オレンジ色の大きなリュックサックがあった。

「勇仁、積んでくれ。他に積むものは外に出しておく」

 父さんは物置をごそごそし始めた。まだ小さな地震が続く、何度か揺れを体験すると感覚が鈍くなるのか、揺れているのか揺れていないのかわからなくなってきた。周りの家が気になり道路に出ると明りが見える辺りでも声が聞こえる。たぶん同じような事をしているのだと思った。荷物を車に積み込み、物置の鍵を閉めた。

「念の為、家の中も見とくか?」

 他にも使えそうなものを纏めて車に乗せると子供部屋から布団をリビングに降ろしテーブルの下に引いた。今日は全員リビングで寝る事にした。

「二人とも、今日はみんなお家でキャンプごっこじゃ。そうじゃ、リタ、お土産に絵本を持ってきたじゃろ?読んであげなさい」

「面白そうだったから買ってきたの。気に入ってくれるかしら?」

 絵本をバックからだすと、司は本棚から絵本を持ってきて母さんに差し出した。

「それも読むの?じゃあこの本を読んだあとにしましょう」

「司またこれ~?つまらないし、眠くなっちゃう」

 陽子は嫌そうな顔をしていた。母さんが絵本を読み始めると父さんはリビングを出て行った。兄貴に電話しに行ったのだろう。しかし、つながらなかった様ですぐに戻ってきた。


 子供たちは途中で眠ってしまい家の中は静かになった。また家の電話が鳴りだした。急いで父さんが出ると兄貴からだった。子供たちが起きない様に廊下に出て小声で話していた。受話器を片手にスマートフォンを見ている。

「おん、おん、それで?本当か?そんな事が…。おん、おん、お前達は大丈夫なんだな?。わかった。お前も気を付けろよ」

 そう言って父は受話器を置いた後、スマートフォンでどこかに電話をした。

「初めまして、星守和穏ほしもりかずとしの父・はじめと言います。菊池さんですか?息子夫婦がお世話になっています。息子から避難について伺ってますでしょうか?はい、はい、八岐港ですね?わかりました。もしもの時はよろしくお願いします。では、失礼します」

 父さんは通話を終えてため息をついた後、俺と母さんに兄貴と菊池さんと話した内容を小声で俺たちに話した。内容は、地震の影響かわかないが研究所で想定外の事が起こった。いつでも避難できる様にしておいてくれと、そして菊池さんは漁師で万が一の時に避難をお願いしているとの事だった。

「勇仁、お前先に寝ろ、二時間たったら代われ」

 父さんはそう言い順番に休むことにした。


 空が白み始めた頃、父さんのスマートフォンがなった。菊池さんからだった。港まで来てほしいとの事だ。陽子と司を起こしたが司は起きそうにないので抱えて車に乗せる事にした。陽子は何処か遊びに行くと思ったのか燥(はしゃ)いでいた。支度をすると全員車に乗り込んだ。

「どうも海の様子がおかしいから念の為、港まで来てくれって言っての~。勇仁、和穏に電話してみてくれ」

 海側を見たがよくわからない。とりあえず電話をかけてみるが繋がらない。

「ダメだ。留守電になる。連絡欲しいってメールしておく」

 港に着くと何台か車が止まっている。荷物を外に出していると俺たちの車に手をふって歩いてくる人がみえた。菊池さんの様だ。陽子はジャンプして手を振った。

「あっ、菊池のおいちゃんだ」

「お~陽子ちゃん。こっちこっち、あっみなさんどうも菊池です。とりあえず船にのって下さい。こっちは家の家内と息子です。どうも潮の流れがおかしい。とにかく急いで下さい」

 菊池さんに促され船に荷物をのせ全員乗り込んだ。入り江を出た所でサイレンが鳴りだした。避難指示が自治体から出たようだ。サイレンが流れるなか奇妙な音が鳴り響いた。昨夜聞いた音だ。他にも地響きの様な音が聞こえる。その音で司が目をさました。寝ぼけているのかフラフラしながら船尾の方に歩いていくのを抱きかかえた。

「とりあえず小島(八岐小島)の方まで出します。落ちない様気をつけて下さい」

 船のエンジンが唸りスピードを上げた。


「港が上がってる」

 いきなり菊池さんが言ったので振り返ると、桟橋の下が見えた。潮が急激に引いている。そして美原山の山頂から煙が噴いているのが見えた。

「もっと離れた方がいいかもしれない。みんな捕まってろ」

 菊池さんはさらに船のスピードを上げた。八岐小島の裏側まで回って船の速度を緩めてから少しして、美原山の頂上が爆発し、辺りは眩しく光る…

 突然ドアをノックする音が聞こえて勇仁は我にかえった。

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