第2話 休暇

 広い草原を家族で手を繋いで歩いている。姉ちゃん・父さん・母さん・自分の並びで歩いていた。何処に行くのか聞こうとするがみんな胸の辺りから上の方がぼやけてよく見えない。突然姉ちゃんが走り出した。姉ちゃんの後を追いかけたが追いつかない。母さんに伝えようと後ろを振り向くと何故か父さんと母さんは反対方向を歩いていた。待ってと叫ぶが、二人は振り向かない。

 今度は姉ちゃんに待ってと言うが、姉ちゃんも止まらない。両方どんどん離れていく。何度も叫んだが声がでているのかわからなくなる。突然誰かの手が自分の手を掴む。次第に手の数が多くなり身動きが取れなくなる。ゴロゴロと言う音も聞こえてきた。視界が徐々に暗くなる。どんな状態かわからなくなった。


 突然視界が明るくなり気が付くと実家の布団の中だった。胸の辺りが重い。違和感の先を見ると香箱座りした飼い猫のトラが喉を鳴らしながら覗き込んでいた。

 大きくため息をつくとトラを持ち上げながら起き上がりのびをした。部屋を見渡す…2年前となにも変わってない。家族全員で撮った写真に視線を向けると突然スマートウォッチ(以下「SW」と称する)から声が聞こえた。

「おはようございます。つかさ、日本日時2×○×年6月×日AM6時24分現在あなたは休暇中ですが本日は月に一度のプロフィール確認日です。

 変更がありましたらお知らせ下さい。以降はパーソナルプロフィールになります。指名:ほしもりつかさ、民間軍事会社(プライベートミリタリーカンパニー、以下「PMC」と称する)3SKディフェンスジャパン、正式名称ソード&シールド・サーペントキーパー・ディフェンスジャパン所属、年齢…」

「ササエル、ストップストップ。ディスプレイで表示」

 俺は頭をかきうんざりした表情をするとトラを降ろし布団の上に胡坐あぐらをかいた。

「承知しました。では」

 そう聞こえるとSWのディスプレイが開いた。ディスプレイには蛇が巻き付いた剣のガード部分に盾が2つぶら下がったシンボルが表示され、プロフィールが表示された。

 指名:星守ほしもり つかさ、3SKディフェンスジャパン所属、国籍:日本、生年月日:2×○×年6月21日、年齢:22歳、身長・体重:184㎝・83㎏、血液型:O型、緊急連絡先など項目が表示されていく。あくびをしながら目で追うが途中でやめた。

「前と同じ変更なし、SWって会社からの支給品だろ?長期休暇初めてなんだけど…やっぱり着けてないとまずいの?」

「…個人の自由ですが、規約通り1日1度はアクセスして下さい。機能は限定されますが超高性能AIサポート端末として使用して戴ければ幸いです」

「まっいっか、別に大したプライベートでもないし。それより八岐島やまたじま第5次調査通達書を見せてくれ」

「今回も含め、合計4回目の確認になります」

 ディスプレイに通達書が表示された。よしと呟くと勢いよく起き上がりガッツポーズをするように背伸びをし部屋を出た。


 キッチンに行くとテーブルに置手紙があった。

“陽子・司へ、朝ご飯は冷蔵庫を見て下さい。お昼は適当にすましてね。畑にいます”と書かれていた。姉ちゃんも昨日夜遅く帰ってきたみたいだがまだ寝ている様だ。朝食を済ませたら畑を手伝いに行こうと思い冷蔵庫開けるとラップがかかった皿が二つあった。

 一皿取り出しおにぎりと卵焼きを食べながら辺りを見まわすと、リビングのソファーに置いてあるスクラップブックが目に入る。むかし勇仁ゆうじ(叔父)さんが集めていた物を俺が見つけて続きを集めていた。

 19年前の八岐島で起きた地震と火山噴火のネット・新聞記事の切り抜きをパラパラと捲るとページが追加されている。恐らくじいちゃんが見つけて続けていた様だ。見ているうちに顔の周りが熱くなった。当時の記憶は断片的だが覚えている。あの日父さん母さんと俺たちは離れ離れになった。

「心拍数が上昇しています」

 突然、ササエルに言われたので我に返り大きく息を吸って息をはいた。

「休暇中時間を持て余す様でしたら、ライフクラフトでもいかがですか?」

 SWのディスプレイが開きゲーム画面が表示された。

「昔やった事あるからいいよ。それに…」

「前回ログインしていたヴァージョンは古いものです。現在はヴァージョ…」

「それでもやらない。畑の手伝いにいくの。それから休暇中は緊急時以外マナーモードで。音声じゃなくディスプレイ表示で頼む」

 俺はそう言ってスクラップブックをもとの場所に戻した。


 洗面所で顔を洗い、気分を切り替える。自分の部屋に戻り箪笥から作業着を出した。着てみると丈も裾も少し短い。どうせ人に見られるわけでもないからいいかと思ってそのまま出かけた。

 畑に向かっていると、犬の鳴き声が聞こえてきた。飼い犬のハルが尻尾を振りながら駆け寄ってきた。自分の周りを回るとプレイバウをしてきたので手を叩いて走り出した。少しするとビニールハウスが見えてきた。

 

 ビニールハウスの扉をあけるとアクアポニックス(養殖魚の排水を利用した農業)の規模が大きくなっているのに驚いた。扉が開いた事に気が付いた人影がこっちを見ている。

「じいちゃん、ばあちゃん、遠藤さん、奥さんおはようございます」

 四人とも手を振って答えた。ハルはまだ遊んでほしいらしく。またプレイバウをしてきたので、近くにあった枝を見せたあと遠くに投げた。

「折角のお休みだからゆっくりしてればいいのに」

 ばあちゃんは腰に手を当て手ぬぐいで額を拭ってた。

「どうせする事ないんじゃろ。手伝え手伝え」

 じいちゃんはこちらを向かずに答えた。遠藤さん夫婦は畑の協同生産者だ。

「司君また背大きくなった?」

 遠藤さんは両腕の上腕二頭筋の辺りをガシガシしてきた。出荷する魚を準備し野菜の収穫・洗浄・小分けをすませると軽トラに積みこんだ。

「司、お前もこい。リタ(ばあちゃん)、司と配達にいくから、遠藤さんと留守番しとってくれ。昼前には帰る」

「はいはい、いってらっしゃい。二人とも気を付けてね」

 じいちゃんは軽トラをさしながらばあちゃんの方を見て言うと、ばあちゃんはニコッと笑うと手をふって見送ってくれた。配達先に向かう途中。

「司、仕事はどうだ。慣れたか?」

「もちろん。そう言えば勇仁さんは忙しいから帰ってこれそうにないって言ってた」

 仕事の内容は殆ど話せないので当たり障りない返事を返した。

「そうか、無茶はするなよ」

 じいちゃんは前を見ながら短く言った。スクラップブックの事を聞こうと思ったが、気まずくなりそうなので止めた。


 配達先のスーパーに着くと、店長の奥さんが声をかけてきた。

「あら?司ちゃんじゃないの~!まぁまた大きくなっちゃって、お父さん(店長)、ほら見て、星守さん家の司ちゃん。いつこっちに帰ってきたの?おじいちゃんの仕事継ぐの?そうそう、いい子はいるの?」

 奥さんは俺の上腕二頭筋の辺りをガシガシ掴みながら聞いてきた。

「次の仕事まで休暇もらったんで、ちょっと手伝いに…」

 他のスタッフの視線を感じる。ちょっと恥ずかしくなって頭を掻いた。

「はぁ~大変ね~。頑張ってね。そうだ。これ持って行きなさい。あとこれも」

 奥さんはそう言うと野菜と魚、肉を沢山くれた。貰った食材を荷台にのせると、

「明日は陽子を連れてこようかの」

 じいちゃんは大声で笑いながら言った。


 俺は昼飯と貰った食材を置きに一度家に戻った。靴を脱いでキッチンへ向かう。

「二日酔いの改善のためには…」

 ササエルの声が聞こえる。覗くとパジャマ姿に髪がぼさぼさの姉ちゃんがいた。

「あんた早いわね。畑行ってたの?いちぃ昨日は飲みすぎたわ」

 姉ちゃんは頭をかきながらキッチンの椅子に座っていた。冷蔵庫を開けるとまだ朝ご飯が一皿残っていた。貰った豚肉と玉ねぎ、冷蔵庫には蒲鉾・卵・青ネギ・人参・うどんがあったので、かきたまうどんを作ることにした。

「朝飯って言うかもう昼飯か、食わねえの?」

「…う~ん、ちょっと…」

 このままだと何も食べそうにないので棚からミキサーを取り出した。

「んじゃもらいっ。配達について行ったら林檎貰っんでジュースにするけど飲む?」

「あ~お願い。しかしあんた相変わらずよく食べるわね。歳とったら絶対太るわよ」

 悪態をつかれたが気にせず調理し始めた。

「いい匂いね。何作ってるの?」

「かきたまうどん」

 薬味を切りながら答えると後ろからグーっとお腹がなる音が聞こた。

「私にも一口頂だいよ。あー青ネギは入れないで、ちょっと今苦いのは…」

 最後の方は聞こえなかったが口に手を当てたのだと思った。姉ちゃんの一口頂だいはいつも当てにならないので食べたい分だけ取れるように鍋ごとテーブルに置いた。二人分の食器をテーブルに置くと手を合わせて食べ始めた。器にうどんを装っていると、姉ちゃんの手の平が見えた。

「ん、なに?姉ちゃん。それ?」

「二年間海外各地で勤務だったんでしょ?お土産位あるでしょ?」

「…ごめん、ない。だってオレ陸上防衛官候補生上がりのヒヨっこだよ?ま~色んな国には行ったけど僻地の施設で訓練と警備ばっかりだよ」

「な~んだ。心配してそんしちゃった。そう言えば勇仁さんは会えた?同じスリー、スリー何って言うんだっけ?」

 姉ちゃんが聞いてきた。すると姉ちゃんのSWからポンと音がなった。

「3SKディフェンスジャパンの事ですか?ヒューナレッジ社の系列企業、日本初のPMCになります。会話内容からの推測ですが、お二人の叔父・星守 勇仁は事業部長です。政府より委託されている八岐島第5次調査隊を指揮しており、司に最短で調査に参加できる過程を助言したと推測します」

「ありがとうササエル。司もこっちに帰ってきてるって事は…もちろん調査に参加するよね?」

 姉ちゃんは自分の器にうどんを装った。

「うん、まだ詳細は知らないけど、通達来てるよ。帰国前に勇仁さんとは会ったけど忙しいから戻れないって言ってた。姉ちゃんも参加するんだろ?…って研修医になったんだっけ?」

 少し姉ちゃんの方を見て視線を器に戻した。

「今年から、ヒューナレッジ総合病院で初期研修中。調査では…」

 話の途中で俺のSWは振動し、姉ちゃんのSWからポンっと音がなった。

「これ以上の会話は、八岐島第5次調査の情報漏洩に該当する可能性があります。自重じちょうして下さい。最悪の場合…」

「はいはい、わかったわかった。この話はおしまいっ」

 姉ちゃんはスープを一口飲んだ後、勢いよくうどんを啜った。


 結局姉ちゃんは一人分より多くうどんを食べた。食べ終わった食器をシンクに持って行く。

「後片づけは私やるから置いといて…それと明日は畑仕事手伝うって伝えといて」

 姉ちゃんは椅子に浅く腰をかけ天井を見ながら言った。

「わかった。伝えとく」

 そう言って姉ちゃんの方をふりかえるとソファーが視界に入った。スクラップブックが違う所に置いてあったが、気づかないふりをして家を出た。


 午後の畑仕事が終わりハルと一緒に荷台乗った。キャビンに寄りかかると軽トラが走りだす。夕日に照らされ遠ざかる景色を見ていると前より小さく思えた。家に着くと姉ちゃん庭に水やりをしていた。

「お帰り~温室にもお水あげといたよ。それとお風呂もさっき沸かしておいたよ」

「気が利くの。水やりはその位でいいぞ。司、温室で食べたい野菜を採ってこい」

 じいちゃんは庭の温室の方を指さし自慢げな顔をした。それを見たばあちゃんは少し嬉しそうな顔をしていた。ハルは姉ちゃんを見つけると荷台から飛び降り嬉しそうに走って飛びついた。

「犬臭っ、ばあちゃん、ハル洗ったのいつ?」

 姉ちゃんの嫌そうな顔が可笑しくてみんな大笑だった。


 野菜を持って家に戻ると風呂上りのじいちゃんがリビングでビールを飲みながらテレビを見ていた。

「今日は作り甲斐があるわね」

 ばあちゃんが嬉しそうに料理を持ってテーブルに並べる。そこへ風呂から上がってきた姉ちゃんが頭にタオルを巻いたまま入ってきた。

「ばあちゃんお先~手伝うよ」

「いいのよ。陽子座ってて」

 ばあちゃんはニコっと笑いながら言うと姉ちゃんはじいちゃんの正面に座った。

「んじゃお言葉に甘えて…じいちゃんグラス空いてるよ。注ぐね。私もビールもらおっと、司コップ持ってきて~。やっぱコレだわ~」

 姉ちゃんは俺の方を見ずにつまみ食いをしていた。二日酔いの事を聞くと機嫌が悪くなると思ったので瓶ビールとグラスを取るとばあちゃんの方を見た。

「ばあちゃん、他には?」

「これも一緒に持って行って頂だい…あらやだっ。司も座ってて、もうすぐだから」

 ばあちゃんは皿を渡しながらクスっと笑った。

「よいしょっと、お待ちどう様。じゃ頂きましょう」

 ばあちゃんが料理をテーブルに置いて座った。みんなで手を合わせ食べ始めた。


 久しぶりのばあちゃんの手料理、俺と姉ちゃんの好きな物が多くて嬉しかった。姉ちゃんは、ばあちゃんに誰々が結婚してたとか、子供がいた。とか話していた。

「CMの後は、八岐島調査のニュースをお伝え致します」

 突然テレビから聞こえてきた内容に姉ちゃんは一瞬会話が止まりチャンネルを変えようとリモコンを持った。

「そのままでええ」

 じいちゃんはこちらの方を向かず短く言った。島の大まかな出来事を紹介したあと、調査関係者の代表としてエイデン・ヒューナレッジの映像が流れた。表舞台には出てこないので認知度は低いが海外の金融業界の大物だ。金融・不動産・鉱業・エネルギー・農業・軍事・非営利団体など、産業と付くものであれば多岐にわたっている…全部勇仁さんから聞いた話だが。

 そのあと勇仁さんが画面に映った。じいちゃんとばあちゃんは八岐島関連の事をよく思っていない。今は落ち着いているが勇仁さんの時も揉めたし俺と姉ちゃんの時もそうだった。気まずい空気のなか家の電話がなった。ばあちゃんが慌てて受話器を取る。

「もしもし星守です。あらっ勇仁、久しぶり元気にしてる?そうそう、ちょうど今見てたのよ。はいはい代わるわね。ちょっと待っててね」

 ばあちゃんは子機をじいちゃんに渡した。

「勇仁か?今テレビ見てる。少し痩せたか?やっぱりこっちは寄らんのか?そうか、二人に代わるか?バカっわしは…、わかった。無理するなよ」

 そう言ってじいちゃんは電話を切ると静かに子機を置いた。それを見た姉ちゃんは手を合わせた後テーブルに手を着いた。

「ばあちゃん御馳走さま、お腹も一杯になったしお風呂入ってこようかな~」

「陽子、お前さっき入ったじゃろ?」

 じいちゃんに言われると慌てて、自分の食器を片付けて席を立とうとした。

「ばあちゃん、あっ後片付けは私がやるから…」

「陽子、座りなさい。司も聞きなさい。今更グチグチ言わん。約束は覚えてるか?」

 俺と姉ちゃんは無言でうなづいた。俺は昔の事を思い出しながらじいちゃんの話を聞いた。八岐島に行く事。じいちゃんばあちゃんに反対された事。30歳までに農業を継ぐこと。思い出すと顔が熱くなった。隣から小さな鼻息が聞こえると視線を姉ちゃんの方に向けた。多分同じ事を思っているなっと感じた。

「無理はするなよ。もう二度とリタに…ばあちゃんにあんな顔をさせないでくれ。それだけじゃ」

 後片づけを終えたばあちゃんは頃合いを見たかのように四人分のお茶をもってテーブルに置いた。じいちゃんはお茶を一口すする。

「話は終わりじゃ。二人とも休みの残りは、家の事手伝ってもらうぞ。陽子はリタと畑を頼む。司、お前は果樹の剪定とあちこち傷んでる所を直すの手伝え。夜は一局(将棋)付き合あってもらうぞ。以上!わしはもう寝る」

 じいちゃんはテーブルに手をつけて立ち上がるとリビングを出て行った。

「ばあちゃん、俺ちょっとランニングしてくるから、お風呂さきにどうぞ」

 そう言ってリビングを出た。


 残りの休暇はあっという間にすぎた。出発の朝、荷物をまとめて玄関を出ると遠藤さんとじいちゃんがいた。

「そうそう、二人とも行く前に写真を撮りましょう。ハ~ルこっちにいらっしゃい。遠藤さん写真お願いします」

 トラを抱きかかえたばあちゃんはそう言いながら遠藤さんに携帯電話を渡すと玄関前に立ちみんなを手招きした。みんな集まり4人と2匹で玄関前に並んだ。

「司君もう少しこっちによった方がいいかな。そうそう、星守さんちょっと表情が硬いかな。じゃ撮りますよ。どうですかね?」

 遠藤さんはばあちゃんに携帯電話を渡す。

「ありがとう、よく撮れてるわ。後で二人にも送るわね」

 嬉しそうにばあちゃんは言った。その後みんなで遠藤さんの車で空港に向かった。

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