第18話 3月
3月のある日。店に警察官が悠理を訪ねた。
「H田警察の水沢です、ちょっとお話をお聞きしたいのですが」水沢は言った。
水沢は齢は40歳半ば、中年太りで、手も太っていた。表情は田舎の警察官らしく融和と温暖そのもので権威、精悍はなかった。
「実は、L高校の橋本早紀さんが失踪いたしまして、それでお話をお聞きしたいのです」水沢は言った。
「倉本悠理さんですよね?、橋本早紀さんはご存知ですか?」水沢は聞いた。
「橋本さんは知っていますけど?、どうしてわたしが?」悠理は言った。
「どうしてわたしが?」水沢は言った。
「いえ、なぜわたしに聞くんです?」悠理は言った。
「ああ、橋本早紀さんのお父さんから、塾の帰りにこの店に寄ることが今年になってからの習慣になっているとお聞きしましてなにかお知りかなと」水沢は言った。
「いえ、わたしはなにも・・」悠理は言った。
「そうですか」水沢は言った。水沢は悠理を見た。
その目はなにを考えているか読めない目をしていた。そんな気がした。
「・・・。」
「わかりました、ありがとうございました」水沢はそう言って帰って行った。
その4日後、夜の9時半過ぎ、店に早紀が現れた。
「こんばんは悠理さん」早紀は言い、「24」を借りた。
「こんばんは」悠理は言った。
「・・ね、早紀さん、最近どこか行った?」悠理は言った。
「どこかですか?、・・え?、なんで悠理さんが知っているんですか?」早紀は言った。
「え?」悠理は言い、警察官が店に来たことを早紀に伝えた。
早紀は笑って、自分が塾をサボってアイドル・グループの横浜コンサートにひとりで行ったことを話した。帰ることができなくて、インターネットカフェで一晩を過ごしたと話した。
「不思議なんですよ」早紀は言った。
「お父さんとお母さん、すごく怒ると思っていたのに、なにも聞かないんですよ」早紀は言った。
「でも警察の人がわたしを探していたんですね」そう早紀は言った。
「わたしもびっくりしましたよ、「倉本悠理さんですよね?」ってわたしの名前を知っていたから」悠理は言った。
「悠理さん苗字、倉本さんなんだ」早紀が笑顔で言った。
「え?」悠理は言った。
「うん?」早紀が笑顔で言った。
早紀が帰り、店を閉めた後、悠理は夜のL町を見渡した。誰もいなかった。
ここまでは聞こえないはずの波の波濤が聞こえたような、気がした。
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