第4話 9月
次の日、悠理はハローワークに行くため、H田市駅行きのバスに乗った。
仕事はインターネットで探す予定だったが、インターネットが開通するのが1週間かかるため、時間をもてあましたためだった。悠理にとって、インターネットを使わずに仕事を探すのは初めてのことだった。
L町からH田駅までは山道を通り、一時間かかる。
L町で働くのに、西伊豆から一時間かけてバスに乗り、東伊豆のH田市に行くというのも不思議な気がした。
こういうのが田舎なのだ。そう悠理は感じた。
初めてのハローワークだったが、悠理はすぐに要領がわかった。
備付けのパソコンで仕事を探し、仕事番号を印刷し、職員に渡す。
そうなのだろうと思い、実際そうだった。
悠理が仕事を探すと驚くほど仕事が少ないことがわかった。
仕事は介護職員か旅館・ホテル・スーパー・飲食業しかなかった。
意外と思ったのは、男性向けの土木作業員や工場勤務、漁業関係の仕事もほとんどないことに悠理は驚いた。
悠理はこれならできるだろうとレンタルビデオ店の求人票を印刷し、職員に渡した。
レンタルビデオ店ということはコンビニの2階のあの店かな?とも悠理は考えた。
職員は面談の約束を先方の会社に取ってくれた。
その際、この紹介が2件目で他にも面談者がいることを教えてくれた。
また、ハローワークで紹介したのは2件目だが、インターネットで仕事を見つけ、直接先方に連絡を取った人がいることも教えてくれた。
悠理は、H田市で面接用の写真を撮った後、L町に戻り、スーパーで夕食用の食材を買った。そういえばこのスーパーでもレジ係と惣菜係の募集があった。レンタルビデオ店の面談に落ちれば、ここで働くことがあるかもしれない。そう考えると悠理は身構えた。
夜、悠理は、町の観光地図を見た。肉屋が1軒あって、ここも募集があった。
もし、この肉屋で働くとなったとして、ここで人間関係を悪くし、辞めた場合、もう肉屋に行けなくなってしまうのか?
小さな町というのは世界が狭い。そう悠理は感じた。
次の日、悠理は面接のため、化粧をし、バス停からH田市駅行きのバスに乗った。
10分ほど乗車し、L高校のすぐ先の田んぼだらけのバス停で降りた。
バス停から降りたすぐの板金工場(こうば)に大看板でごみ処理施設、その他グループ「エルレート株式会社」の案内があって、悠理はすぐわかった。
悠理は板金工場(こうば)に顔を出し、一番手前にいた板金工の男性に声をかけた。
面接は事務所だから2階だろうと言われ、階段の場所を指差して教えてもらった。
悠理は礼を言い、板金工場(こうば)の階段を上って、事務室に入った。
面接は部長と呼ばれる50代の男性が担当してくれた。
部長は、この夏まで悠理が東京で働いていたこと、一昨日から今のL町の住所に住み始めたことに感嘆の声を漏らしたが、「でも募集は正社員の募集ですよ」と言った。
悠理は正社員の応募に来たと伝えた。
部長は、「いや、別にアルバイトでもいいんですけどね」と言い、「釣りやサーフィンやプライベートを充実させたいとか言われて、あまり休まれると困るんですよ、ここは一人で回しているので、週6日しっかり働いてもらわないといけないので」
悠理は正社員として応募しているので毎日決まった時間に働くのは当たり前で、それに日焼けするのでサーフィンをする気はないと言った。
それを聞き、部長は悠里の採用をその場で伝えてくれた。
部長はそこから仕事の詳細を話し、月二回の飲み会の話をさらに熱心に話した。
悠理はお酒は得意ではないので、それは控えたいのだがそれでも融通が利かない人間でもないので、初回は挨拶がてら参加させていただきたいと言い、部長が熱心に語った年末の社員全員での忘年会もぜひとも参加させていただきたいと伝えた。
部長は「次の飲み会は大騒ぎになりますよ」と言い、面接はお互い笑顔で終わった。
面接の帰り、バスを待つバス停で悠理は仕事の条件について考えた。
月給19万円固定、賞与、年1回10万円、土日以外の月6日の休み。
勤務時間は朝、9時から夜10時まで。
なんでも了解すると考えて面接に望んだが、東京で有名企業に務めていた悠理には理解するのに時間がかかる条件だった。
週に休みは1日、2週間で3日。週休2日で働いていた悠理には過酷な条件に思えた。
それに残業手当てはなしで9時から10時までというのは安く使われているとしか思えなかった。
しかし、悠理は、飲食業関係に就職した友人の愚痴等を思い出した。
飲食業は業界自体が低賃金、長時間労働の常識化と容認を行っていること等。
それにこのL町で他の仕事となると昨日訪れたスーパーのレジ係など数少ない。
逆にそういう現実があるから、あの部長はこの仕事は楽ないい仕事と言ったのだろう。
収入は固定で、賞与は上限が決まっている。
これはどれだけ有能な仕事を行っても、年収は226万円。
悠理は、東京の有名企業で働いていた頃、なんでも仕事を引き受け、遅くまで仕事をしていた先輩社員のことを思い出した。
また別の先輩社員が話していた女性であることの格差も思い出した。
家賃が5万円、光熱費・携帯電話代が2万円、税金が4万円として、
月に自由になる金額は7万円。半分が食費として、
服代その他を1万円として貯金できるのは年間、42万円。
悠理は東京の有名企業では事務職で給与は18万円であったが、
賞与が月給の3.5ヶ月。なにより残業代が時給換算一六〇〇円あり、
状況に応じて10時間は仕事を引き受け、増収することができた。
悠理はまたも金で手に入るものの存在を考えた。
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