第十八話 これが私の愛しい人のギルドですわ!
いつもご高覧とコメント、誠にありがとうございます!
※14日9時頃、修正しました! 石竜子様、ご指摘ありがとうございます!
第一王女邸から最寄りの街へは馬車で1時間もかからない。
メリッサは乗ってきた馬車をリュミの屋敷に預け、代わりに新しい馬車と馬を借り受けた。
王領に他の貴族印の入った馬車が出入りすると領民が不安がるのでは? という配慮の元に用意されたものだ。
メリッサの馬車は洗車し、馬にも休息と餌を与えるという。
この細かな気配りがメリッサがリュミを推している理由の一つでもある。
「ね、ねえメリッサ。ヒョウくんって、どの辺に座っていたんだい……?」
などと言わなければ、なお良かったのに。
ともかくメリッサとヒョウと、引き続き馬車の御者を務めた侍女長の三人は、目的の街――『ホワイトベリー』へと辿りついた。
・
「右よし、左よし、今ですわ!」
建物の間を3つの影が素早く通り過ぎていく。
明るい大通りとは対象的な道を音もなく駆けていく様は、完全に脛傷者である。
「なあメリッサ、なんでこんなコソコソと路地裏ばかり通るんだ? せっかく街に着いたんだから、ちょっと観光とかさ……見て回りたいんだけど……」
「しっ! 声を出さないで!
「野生動物か何か?」
警戒に五感を走らせ、コチラに気付いた者が居ないことを確認する。
ひとまず安堵し振り返ると、不満に唇を尖らせたヒョウの顔がある。
なんですのその口は。腫れ上がるまでキッスされたいんですの?
「メリッサ様も仰った筈です執事長。貴方が……特に呪いの効きにくい殿方だと気付かれた場合、大変な事態になります。まさか、先程の事をもうお忘れですか?」
侍女長が言うと、ヒョウはむっつりしたまま黙り込んでしまった。いやまあ、呪いうんぬんは嘘なんだけども。
先程というのは、『ホワイトベリー』に入る際に警備員とのやり取りのことだ。
リュミに用意してもらった(というかヒョウが色仕掛けで書かせた)各種許可証のお陰で、三人は街への入場をすんなりと許可されたが、顔を隠していたヒョウだけは一度足を止められた。
別に何か問題を起こしたというのではなく、単なる素性確認の為だ。
門番としては当然の働きだが、男をホイホイ顕現させるワケもいかない。
メリッサと侍女長はアイコンタクトし、リュミかラージファムの名を出して貴族的解決方法を取ろうかとしたのだが、二人とヒョウの認識では乖離があった。
「お疲れ様、これで良い?」
「「あっっ!?」」
「顔くらい別に隠さなくても良いだろ。俺は悪事に手を染めたこともないし、人相くらい幾らでも確認してくれ」
躊躇いなくヒョウはフードを脱いで、二人の警備員に普通に挨拶したのだ。他に入場者がいなくて本当に良かった。
「」「」
あの時の二人の警備員の顔を言ったら。
『ホワイトベリー』は水が豊富な街と聞いていたが、なるほど、女もヌレヌレビショビショになるくらいには豊富らしい。やかましいですわ。
幸いだったのは、門番がそのまま気絶したため騒ぎにならなかった事だ。ヒョウの事を伏せて詰所に届け出たから大事になってはいないと思うが、余計な時間だったのは間違いない。
「……覚えてるよ。でも、これじゃあ冒険者というよりコソドロじゃん」
「致し方ありませんわ。殿方が目立つと、メリットよりデメリットの方が多いのですもの」
「今から名を上げようってのに、なんだかなぁ……」
「我慢して下さいまし。もう少しの――っと、見えてまいりましたわ。あちらですわ」
そんな会話を続けながら忍び歩くこと十数分、やがて主要道に面した大きな建物が見えてきた。
冒険者
古くやや薄汚れてはいるが、堅牢な石構えからは
此処がリュミの治める地でも最大の街ということもあるが、ギルドの盛んな様子は目を瞠るものがある。
武装した老若女々がひっきりなしに出入りしており、中で酒でも振る舞われているのか、怒号や笑い声まで響いてくる。
まさに夢と力と野望が渦巻く、興奮の坩堝だ。
「あれか。よぅし……!」
「っと、お待ち下さい。何処へ行くのですかヒョウ様」
「へ? いや何処って……ギルドに決まってるだろ」
「アレではございませんわ。ヒョウ様が利用するギルドはコチラです」
「ええ……?」
メリッサはヒョウの手を握り、来た路地裏の道を戻っていく。何度か角を曲がって更に歩くこと十数分、やがて静かな広間に出た。
「着きましたわ! アレがヒョウ様がお使いになるギルドです!」
大通りから大きく外れている為か、人気もなければ生活感もない、妙に清潔な場所だった。
広場の中央には、これもまた妙に小綺麗な建物が鎮座している。規模は先程のギルドと同程度だが、どうにも活気がない。
「えっと……アレもギルドの支部……?」
「はい! 男性専用ギルドですわ!」
「だんせいせんよう」
ヒョウは神妙な顔をして呟いた。
まさか彼は普通のギルドへ行くつもりだったのだろうか。つくづく危機感の無いスケベ男子である。
「先程、通常のギルドに案内したのは間違っても近づかないようにする為ですわ。特に風上に立ってはなりません。匂いで気付かれてしまうやもしれませんもの」
「……なんだかなぁ……」
メリッサは神妙な顔をしたままのヒョウの手を取り、男性専用冒険者ギルドの門扉を開いた。
中に入っても人影は無く、扉に付随した鈴が小さく鳴る音だけが響いた。
「……やけに静かだけど……誰も居ない?」
「いえ、そんな筈は――」
と、心配になったとき、パタパタと駆けてくる足音が聞こえてきた。
「ご、ごめんなさーい! おか――じゃなくて、ギルド
そんな事を早口に言いながら出てきたのは、一人の童女だ。
年頃は10歳前後、幼さの残るあどけない顔には利発そうな瞳が見えた。
今はその目に焦燥と申し訳なさが浮かんでおり、頭の
猫の亜人だ。
いわるゆ一般的な人類……庸人族が全体の6割を占め人種の中で最も多いのだが、獣人亜人もそこまで珍しいものではなく、大きな街などでは普通に見かける。
「――って、あれ……? 本部の職員さんじゃない……?」
「はい。わたくし達はギルドの者では御座いません。ここには、冒険者登録の申請に来ましたの」
「へ? あ、あぁ……なるほど……」
猫幼女は先程とは違う申し訳なさを顔を浮かべ、小さく頭を下げた。
「せっかく来てくれたのに、ごめんなさい。男性
「え? いえ、違いますわ。冒険者登録するのはわたくしではなくて――あら?」
そう言って後ろに立つヒョウを紹介しようとしたのだが、彼の姿が無い。見ればいつの間にか猫幼女の前に立っていた。
「……ヒョウ様?」
「……猫ムスメだ」
「え? え?」
フードの被った人物に見下され、少女に尻尾まで震わせてた。
「……と、そうか。猫は高いとこから見られるを恐がるんだっけか」
怖がらせてると気付いたヒョウは目線の高さまで腰を落とすと、被っていたフードを脱ぐ。瞬間、幼女の耳と尻尾が天井とほぼ垂直になった。
「それ、本物……?」
「ひゃっ」
「ちょ、ちょっとだけ、触って良い……?」
「ひゃっ」
肯定とも否定とも呼吸とも取れない悲鳴をどう捉えたのか、ヒョウは恐る恐る手を伸ばし、少女の耳をひと撫でする。
ビクン! という音がメリッサにも何故か聞こえた。
「お、おおおお……! 猫耳、リアル猫耳だ……ま、まさか本当にお目にかかれるなんて……!」
「あッ、あのあのあの! ま、待って、待っ、ダメっ、あぁっ」
制止の声も聞かず、ヒョウは双眸を水飴のように溶かし、頭や背中や喉や尻尾をメチャクチャに撫で回し始めた。
「うおおおおお! か、かわいい! 生まれて初めての猫タッチだ! くそ、◯ゅ〜る持ってくりゃ良かった! いや、いっそ今からでも――?」
「あ、だめ、ま、んんっ……ひぃん」
「よーしよしよしよし! いい子いい子! ここか? ここがエエんか? よしよしよしよし!」
「あっ、あっ、ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロにゃ、にゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッ♡♡」
「って、ちょっとヒョウ様!? いきなり何をしておりますの! さすがに未成年はマズイですわ!」
「よしよ――ハッ!」
遂には仰向けになった幼女のお腹を撫で始めたところで、ヒョウは正気に戻った。
対し猫幼女は完全に伸び、痙攣に沈んでしまった。
猫型の亜人も、しかも屋内だと言うのに水資源はやはり豊富らしい。やかましいですわ。
・
諸事情により着替えてきた猫幼女はそりゃもうニッコニコのツヤツヤで、平謝りするヒョウの腕に我が物顔で抱きついた。
「ごめんよ……リアル猫娘につい調子に乗っちまった……逮捕は、逮捕だけは勘弁して下さい……」
「えへへ……お兄ちゃん、終身刑ねっ」
「そんな……!」
少女はヒョウの脚に尻尾を巻き付け、更にスリスリと小さな額を胸板に押し付けて、ゴロゴロ喉を鳴らしている。
(このネコガキがよぉ……! 調子に乗ってると、はっ倒しますわよ……!)
勿論、メリッサとしては面白くない。
「ニャぁ、執事長。そろそろ本題に入るべきかと思いますニャ」
「ねぇねぇ、お兄ちゃんはタマネギ食べれるー? アタシはねぇ、たくさん食べると舌がピリピリしちゃうの!」
「きっとそれ、もう食べない方が良いぞ……」
「……………………」
侍女長も何処からか出した猫耳を装着しているが、見向きもされない。彼女のこめかみは影を作るほどに青筋を隆起させていた。
「それでお兄ちゃん、こんなトコに何しに来てくれたの!? もしかしてアタシに逢いに……!? 待ってて、このギルドを担保にしてでも結納金を用意するから!」
「ギルドに用があるのに無くなるのは困る。えっと……ギルド長は居る?」
「えっ!? ギルド長って……やだやだ、せっかくのお兄ちゃんとの
「君もしかして平成初期からの転生者?」
メリッサと侍女長はヒョウと猫幼女を引き剥がし、本題に入ることにした。
安楽の地から追い出された少女は頬を膨らませていたが、コホンと咳払いをするとお辞儀をしてきた。
「申し遅れました。男性専用ギルドの受付をしております、ミャニといいます。本日は当ギルドへのご来訪、誠にありがとうございます!」
「へー! こんな年端もいかない内から仕事するなんて、偉いんだな!」
なでなで。
「えっ、えへへへへへへへ……」
「いちいち甘やかさないで下さいまし! こんな年頃から殿方に可愛いがられては、碌な
「
おだまり侍女長!
「で、ギルド長なんだけど……あ、そう言えば最初に外出中とか言ってたな。時間を改めたほうが良い?」
「大丈夫ですお兄ちゃん! 居留守でしたから奥にいます!」
「居留守て」
なんでそんな真似を……?
などどメリッサ達が首を傾げていると、ミャニは机の裏側に手をやりゴソゴソと何かを弄っていた。
察するに、そのギルドマスターを呼びつけるベルか何かのスイッチを隠しているのだろう。
やがて、恐る恐るといった足音を立てながら一人の女性が姿を見せた。
「……ミャニちゃんどうしたの? 査察じゃなかったの……?」
眼鏡をかけており、真面目さと穏やかさを両立させる顔立ちをしている。
ほとんど新品に見える制服を窮屈そうに着ており、老いの無い現代女性ゆえ外見では判断が出来ないが、恐らく30歳前後だろうと思われた。
ミャニとは違い、庸人族の女性だ。
「おか……マスター! ギルドマスター! 大変だよ、一大事だよ!」
「もう、ダメよ? いくらココが完全防音の建物だからって、そんな大きな声だしちゃ……んぉ?」
推定ギルドマスターの眼鏡がメリッサと侍女長と、そしてヒョウを映した。
ポカンと彼女が呆けたのは数秒。濃密な沈黙が漂い、
「おぎゃあああああああああああ!? お、おとこのこおおおおおおおおおおおおおおーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!?」
ビターン!
「「「!?」」」
「お、おかあさーーん!?」
ミャニの何十倍かの悲鳴を上げて、ギルドマスターは真後ろにひっくり返ってしまった。
「ちょっ……おい、アンタ! 大丈夫か!」
いち早く反応したのはヒョウだ。彼は転がったギルドマスターを抱き起こし、頭を揺らさない程度に肩を揺する。
眼鏡が役目を果たさないほどズレているが、彼女の目の焦点も酷くズレているので特に問題はない。
「ひ、ひ、ひ、お、男の子に、や、優しく介抱されてる……おぼ、ぼぼぼ、あー、だぅ、だぅ! きゃっきゃっ! ちゃーん! ばぶーぅ!」
「あー!? お母さんが赤ちゃんになっちゃった! ってことは……えへへ、アタシとお兄ちゃんの愛の結晶だねっ♡」
「絶対ちがうよ」
メスガキがよぉ……! 調子に乗ってると、しばき倒しますわよ……!
ちょっと先行きが不安になるギルドだった。
どうやら彼は貞操観念逆転世界からやってきたらしいですわ! ガイ4 @ggggai
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