第13話 拉麺!つけ麺!彼いけめん!!

「ほほほほ! なんとのう、この様な娘がおるとはの……!」


 ころころと、鈴が鳴る声で艶やかに刑部さんが笑い転げる。


 彼女の美しい白魚の手は、片方は真っ赤な紅を引いた唇に添えられ、もう片方は意匠を凝らした金糸と銀糸を織り込んだ豪華絢爛な帯を押さえていた。


 腹を抱えて笑っているというのに、なんとも優雅に見えるものである。

 

 ちなみに、彼女の周りで蠢いている巨大ながしゃ髑髏やら双頭の蛇さんやらは、妙にシュールな顔できょとーんと笑うお姫様を見つめていた。(ちょっと可愛い)


 しかしなぜに。


 なぜに私は絶世の美女、もといお姫様に爆笑されているのでせう……?


 なぜじゃ~どうしてじゃ~と、どこかの芸人さんみたいな感想を抱きつつ、祥太郎さんの魅惑のお手々から顔を離して助けを求めお狐さんへと目をやれば、これまたなぜか長い口で大きな溜め息をつかれていた。

 金色の狐が首を竦め、やれやれと息をつく様は端から見ていて可愛らしい。けれどこちらもまた、先程の剣呑な空気はどこへやら? 状態である。


 狐の嫁入りならぬ、狐の溜め息。

 やたら哀愁漂ってるところがみそですな。


「姫、そのように笑われては、威厳も何もあったものではありませんよ」


 しかも、お狐様はふわふわ尻尾九つをわっさわっさと揺らし、刑部さんに苦い口調でそう告げた。


 言い聞かせるようなどこかお母さん感漂う雰囲気に、このお狐様もしや雌か? と声はイケメンボイスなのに疑いを抱く。


「すまぬ葛彦、どうにも愉快での。我慢がきかなんだわ」


「……左様で」


 やっぱりころころ笑いながら言うお姫様の、妖艶ながら愛らしい謝罪に、金色のお狐様は鼻先をふいっと逸らし、照れているみたいにそっぽを向いていた。


 なんだこの、可愛い生き物と最高なお姫様は。やたら萌え心刺激されるんですが。


 だけど置いてきぼり感が酷いのはどうしてでしょう。


「クズ彦は刑部のお目付役なんだよ。昔からああなんだ」


「うひゃっ」


 萌えの境地と放置感にどうしたものかと思っていたら、祥太郎さんがそっと耳打ちしてくれた。突然耳に息が吹きかけられ、おかげであたしは飛び上がる。


 不意打ちはキツイですよ祥太郎さん……!

 せめて予告してからにして……ってそれはそれで困るけど。


 もう、と少々膨れっ面で祥太郎さんを見上げれば、彼は赤い瞳でふっと微笑み、未だ大きく鬼っぽい手と翼であたしをぎゅっと抱き締めてくれた。


「しょしょしょ、祥太郎、さんっ……?」


 唐突なハグにめちゃめちゃ焦る。ほっぺたがボン! と火を噴いたように発熱した。


 何しろ今の祥太郎さんの格好良さと言ったら、普段の魅力増し増し妖艶さと闇落ち感でフェロモンまでがだくだくなのだ。(表現が○野屋風なのはご愛嬌)


「良かった……咲良が逃げなくて。さっきみたいに逃げられたら、俺どうしようかと」


 だというのに、抱き締めたままやたら腰に破壊力のある切ない声で、そんな事を言ってくるもんだから非常に困った。妻を萌え殺したいのだろうか、この人は。


 逃げたって、離婚届叩き付けて脱走したことでしょうかね。十中八九それですね。

 

 あれは浮気されたショックでというか何というか……今はそれもちょっと怪しい雲行きだけど。夫の見た目が変わった程度じゃあたしは逃げやしませんよ?


「別に逃げないよ。っていうか祥太郎さん、普段僕って言ってたよね? 本当は俺呼び? 一人称俺さんだったの?」


「まだ気になるかなそれ……いいけど。自分のことを『僕』って言ってたのは会社でだけだよ。咲良はそっちの方が好きかなと思って、変えたんだ」


「特にどっちが好きってわけでは……祥太郎さんは祥太郎さんだし」


「あはは。本当、咲良は可愛いね」


 祥太郎さんが綺麗に包囲してくれている腕の中、彼の瞳を見て言えばこれ以上無いほど嬉しそうな、幸せそうな顔で微笑まれた。その上、大きな手で頭をよしよしされる。


 ああうん、やっぱりいいなぁ、この手。しっとりすべすべ、おっきくて、安心感も半端ない。


「……そろそろ、良いだろうか」


 もっと撫でておくれ、と祥太郎さんの手にぐいぐい頭を押しつけていたら、控えめな、かつ気まずげなイケメンボイスが聞こえたので、おっとまずいここは野外だ、と慌てて正気に返り振り向いた。


 すると未だにこにこと笑顔の刑部さんと、彼女が身に纏う魑魅魍魎さん達、あと今さっきまで九本の尾を持つ金色の狐さんが居た場所に―――なぜかパツ金ロン毛のイケメン外人さんがおりました。


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