第12話


 「では、食べようか……」


 「「「「「「神よ、日々の恵みに感謝します」」」」」」


 ハワードはただ座っているだけで食事の時の祈りを口には出さない。

 以前はそれでよく罰則を受けていたらしいのに……無反応だからか、いつからか「ちっ、またおまえか」そういって放置されるようになったらしい。

 ハワードは今もぼんやりと座っているだけだ……自分の分が目の前に出されると手に取りパクパク食べるんだけどねぇ……

 ちなみに雑草は目の前に置いても無視される。ポーション草も同様だ。


 おばばさまの話を聞いて、まずは祈る前と後でなにか変化があるか確認してみることにした……すると、意識してみてはじめて気づけたことがある。

 それは……祈った後にわずかだが倦怠感を覚えるのだ。

 意識しなければわからないくらいのほんのすこしの違いだった……普段から疲れてるのでわかりにくいともいう。


 何か理由があるはず……うーん、この倦怠感ってどこかで感じたことがあると思うんだけどなー……どこだっけなぁ?


 「……あ」

 「どうしたんじゃ、メリッサ」

 「足りないなら、わけてやろうか?」

 「なんでもないです。足りてるからグウェンさんがたべて」

 「おう」


 そうだ、この倦怠感……まるで魔石を作ったあとのようじゃないか。


 でも、まずは食事を済ませてしまうことにする。ご飯、大事。


 ちなみに食事のときは見張りのお祈り抜き打ちチェックがあるので、みんなと相談して雑草や手作りポーションは朝や夜の自由時間に口にすることに決めてある。

 自由時間はよほどのことがなければ見張りが来ることはないのでそうした方が安心だろう……現にわたしがここに来てから自由時間に見張りが現れたことはない。それでもポーション草は見つからないようしっかり隠している。

 作業時間にはたまに来るけどね……帝国の見張りの待機所からここまでが遠いからか、いちいち来るのがめんどくさいみたいで不真面目な奴らはサボるのだ。

 ただ、足音が違うので見張りが来るとすぐに気付ける。

 抜き打ちといってはいるが、足音で察してるとは気付いてないみたい……だって、ブーツ履いてるのやつらだけだしわりと簡単だよね。


 食事もあっという間に終わり、作業時間までほんのわずかな休憩……ほとんどごろーんとしてる。食べたあとに寝転がったら牛になるだっけ?ガリガリから脱却できるなら万々歳だ!


 午後も魔石を作りながら、お祈りについて考えてみる。考え事していてもバンバン作れるようになったのだ。無意識のうちに魔石交換とかしてるから!最初はびっくりしたけど、今は慣れたよ。


 えっと、まずわかっていることを整理しよう……


 食事のときにお祈りを強制されて、祈らないと罰則があること。子どものころから強く教え込まれるので何か理由がありそうなこと。

 祈るとわずかに倦怠感を感じること。

 その倦怠感は魔石作りと同じだということ。

 魔石作りには魔力を使用しているらしいということ。


 うーん……


 そこで仮説を立ててみた。

 お祈りにも魔力を消費しているのではないか?と。

 瞑想の効果はでていないし、魔力についてわかっていることが少ないから確実とは言い切れないけど……そう考えると納得できることがある。


 マイケルじいちゃんの魔力枯渇気味って話だ……

 昔はもっと蔦が長かったのに段々と短くなり、魔石作りがままならなくなったという話。

 だから、実は魔力は使ったら減っていて、回復するよりも使う量が多ければ蔦が徐々に短くなっていくのではないかな……


 お祈りに消費される魔力が魔石作りと比べて、ほんのわずかだったとしたら……肉体労働担当のひとやマイケルじいちゃんのような魔力枯渇気味のひとにも魔力はある。そんなひとたちにも影響がないくらのわずかな消費量なら?

 祈るときに魔力を消費していて、祈りもなにか効果を持っているのでは?


 だとしたら、祈らないことで変化が起きてもおかしくないんだけどな……見張りにバレたら罰則だからよく考えないとなぁ。


 「とりあえず、やってみようかな」


 よく考えないとといったものの……やってみないことにはなにも進まない。だって、他に仮説が思い付かないんだもの。

 実験できるのは1日に1度しかないので、まずは見張りにバレる危険のないものから試していくことにしよう……


 1日目。

 まず、小さな声で祈ってみる……特に変わらず。たまたま抜き打ちチェックにきた見張りに睨まれた。なぜか、食事のときだけ見張りが厳しいんだよね。抜き打ちチェックもサボればいいのに……


 2日目。

 祈る姿勢を微妙に変えてみた……これも決まった姿勢があるわけじゃないので効果なし。


 3日目。

 『神よ』……でたっぷり間をおいて『日々の恵みに感謝します』って言ってみたけど、倦怠感を感じたため効果なしと判断した。


 あとは心の中で違う神や精霊に祈っても効果があるか?ってことだけど……


 精霊様と祈るのは見つかれば命の危険もあるから考えないと……


 『○○神よ、日々の恵みに感謝します』って形なら見張りにもバレないはず……○○の部分が心の中で唱えても効果あるかは問題だけど。

 精霊は神よってつけて祈るのは難しいし……どうせならわたしに身近な神がいいなぁ。そうだっ。



 ◇ ◇ ◇



 『りさちゃん、あなたにこれをあげるわ』

 『おばーちゃん。これなーに?亀さん?』

 『ええ。わたしのお母さん。つまり、りさちゃんのひいおばあちゃんが大事にしてた根付よ』

 『ありがとー』

 『きっと、これを持っていればいいことがあるわ』

 『ほんとっ?』

 『ええ。おばあちゃんはそうだったわ』


 ひいおばあちゃんが使っていたという木でできた亀の根付けを思い出した。長年使ったからか艶がでた亀。私は亀吉さんと名付けてストラップとして使っていたっけ。

 あれにはきっとなにか宿っていたと思うんだ……ぎゅっと握ると心がすーっと楽になったのだ。お守りとして大事にしていた。私のいなくなったあと亀吉さんはどうなったんだろ……誰かに大切にされているといいな。


 転生があるくらいだ……つくも神を信じてみてもいいじゃないか。


 なんせかつて暮らした世界には八百万の神がいたとされ、なににでも神は宿ると考えられていたのだ。

 それにつくも神ならば、『(つくも)神よ、日々の恵みに感謝します』って祈れるし……亀吉さんのことなら鮮明に思い浮かべられる。艶やかな質感、愛嬌のあるお顔、甲羅にあった一筋の傷まで……鮮明に思い浮かべられるならばそちらが優先されるのではないだろうか?ダメでもともと……やってみよう。亀吉さん、頼むよ!


 4日目。

 心のなかで『(つくも)神よ、日々の恵みに感謝します』と祈ってみる……ん?倦怠感があるようなないような……こんな感覚はじめてだ。とにかく変化が起きた……あと数日続けてみよう。


 次の日も、またその次の日も倦怠感があるようなないような不思議な感覚は続いた……これは効果があったと言えるのか。


 それに隷属の魔方陣が漆黒から黒に変わったような気もする……でも、魔力に関してはまだよくわからないこともあるからなー。



 そういえば……ハワードはずっと祈ってないけどどうなんだろう?

 わたしにとってこの実験はリスクがかなり高いのね……罰則は恐怖でしかないんだけど……あの痛みは子どもの頃に最低でも1度は体験させられていて、反抗心をポッキリ折ってくるんだよ。身体中に死ぬほどの痛みが走り、ろくに動けなくなるの結構トラウマなんだ……



 「ハワード!ちょっとうでみせてー!」

 「…………」


 ハワードの好きなホトケノザもどきを渡してお願いした。

 ハワードはなんとなく嫌そうだけど、わたしが腕をじろじろチェックしても花の蜜をチューチューしつつじっとしていてくれた。


 「あれ?これって……」


 慌てて、自分の腕と見比べてみる……うーん、確信が持てないな。


 「マチルダさん、うでみせてくださいっ」

 「腕?……ええ、どうぞ?」


 マチルダさんの腕と比べることでよりはっきりとした。

 じっくり見るとハワードの隷属の魔方陣は漆黒ではなく、彼の髪と同じ濃紺だ。

 わたしのものはまだ黒いけど、漆黒ではない……マチルダさんの魔方陣は漆黒だった。


 「そうか……そうだったのか……」


 ハワードは痛みに無反応なんじゃない!

 すでに隷属の魔方陣の効果が切れてるからなにも感じなかったんだっ!

 ハワードは魔方陣に縛られていない……わたしはまだ魔方陣が黒いので効果はあるのかわからないけど、濃紺になれば縛られないのかもしれない……


 最初から答えは目の前にあったのか……仮説が確信に変わった。


 食事の際の祈りは魔力を消費し、それは隷属の魔方陣と連動している。

 そして『神よ、日々の恵みに感謝します』はキーワードとしてなにか役割を担っている。つくも神を思い浮かべながら祈っただけで変化が起きた理由はわからないけど……


 それでも、それでもっ!

 この生活を変えられるかもしれない光明を見つけた。


 生まれた時から奴隷として育った者はその身分に疑問を持たない。それが当然なのだと洗脳されているから……

 ろくな知識も与えられず、ただ毎日働く事だけを刷り込まれたひとにこの環境について疑問は生まれるのだろうか?

 この生活が当然なのだと信じているひとに何が出来ようか……


 指示に従うことが当然だと洗脳された人間にとっては、それが不幸ということもわからないのでないか。

 それが理不尽極まりないと知らないから……


 前世で誰かが知らないほうが幸せだと言ったっけ。だけど、知らないのは罪だとも言っていた気がする。


 でも、おばばさまは知っている。奴隷になる前の生活もこの生活が当然でないということも……


 今のわたしに出来ることは、おばばさまの手を借りて、自分の手の届く範囲から認識を変えていくことと食事の時に祈る相手を変えるようにみんなを導いていくことだろうか……できるかな?いや、やらなくちゃ!


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