勇者じゃなくても救えますか?

夜乃ソラ

第1話 命知らず

 氷。

 氷、氷、氷、氷。

 見渡すかぎり氷に覆われた世界。


 「……ごめんね、ノア。もう一緒にはいられない」


 少女の言葉にノアは慌てて口を開く。酷く動揺していた。


 「な、なにいってるんだよ」


 少女を引き留めようと動くノア。

 涙が少女の頬を伝うのが見えた。


 「ごめんね。──いつか、いつかわたしをみつけて」


 その言葉を最後にノアの意識は闇に落ちた。

 


※※※




 ラコープと呼ばれる街の冒険者ギルドに併設された酒場で一際注目を集める三人組がいた。

 おそらく冒険者であろう三人組は男二人に女一人で構成されたパーティだった。


 男二人の前の皿には山盛りの肉が乗せられており、その肉の山は凄まじいスピードで消化されていた。

 冒険者には大食漢が多い。とはいえこれだけの量を食べる人間はそうそういない。


 悪目立ちと言っていいほど注目を集めているのはこの二人だけのせいかというと、そういうわけでもなかった。


 少女の振るまいが冒険者らしからぬものだったのだ。

 冒険者にしては上品すぎたのだ。

 テーブルマナーなどくそ食らえを地で行く者が多い冒険者の中でその振る舞いをすれば目立つのも仕方がない。


 それに加えその少女の見た目は非常に整っていた。

 まだ幼さの残る甘い顔。冒険者であるというのによく手入れされているだろう銀髪にこぼれ落ちていまいそうな赤の瞳。

 そしてなにより彼女の傍でテーブルに立てかけられた剣を振るうには邪魔になるであろう豊満な胸が男達の目を惹きつけた。


 「それで、この後はどうしましょう?」


 食事を終えた少女は口元をハンカチで拭った後、そう口にした。


 「……そんなの決まっている。なんのためにギルドに来たと思っているんだ。武器登録と宿の確保に決まっているだろう」


 黒縁の眼鏡をかけ、背中に大きな弓を背負い、腰にリボルバー式のハンドガンを携帯した男が少女の問いに答えた。

 眼鏡の奥から覗く金の瞳からは知性を感じられた。


 冒険者は活動する街に到着したら冒険者ギルドにて真っ先に武器を登録する事を義務づけられていた。

 魔獣を相手取ることが多い冒険者は当然武器を所持している。

 しかし街中を得物をもって闊歩するのは街の治安悪化に繋がりかねない。喧嘩っ早い冒険者ならなおさらだ。

 そのため冒険者ギルドで管理するのだ。

 何か問題を起こした際にはすぐに特定できるように。


 「それは分かっています。そうじゃなくて情報収集についてですよ!」


 眼鏡男の挑発ともとれる物言いにむっとかわいらしく眉をつり上げる少女。

 二人の言い合いになれているのかもう一人の少年は気にせず目の前の肉を貪っていた。

 その態度に毒気を抜かれたのか、少女は一つため息をつくとその少年に水を向ける。


 「ノア、何か当てはあるんですか?」


 「うーん、どうしようか。ダンデとフィオナはなんか良い案ある?」


 肉の山を食べきったノアは満足げに腹を撫でながら答える。


 「まぁ情報通を探す事が手っ取り早いだろう」


 「へへっ、情報屋を探しているなら俺なんてどうだい?」


 ノアの実質何も考えていないという答えにダンデが提案をする。

 それを聞きつけ反応した男がいた。遠巻きに三人を観察していた人間達の内の一人。


 薄汚れた外套に口ひげが特徴的な男だ。

 うさんくさい、という言葉を着て歩いているとフィオナは考えたがノアに受け答えを任せる。


 「俺はラルクってんだ。この辺ではそこそこ名が知れてる」


 「へー、じゃあちょうど良いや。聞きたいことがあるんだけど」


 「知ってることなら答えてやる。もちろん代価はいただくがな」


 ラルクは親指と人差し指で輪を作りノアに見せる。

 情報が欲しければ金を払えというアピールだ。


 冒険者にとって情報は命だ。

 知っていれば事前に備えもできるし、対策も練れる。

 そのために金を払うのは当然だった。


 ノアが黙って頷くとラルクは笑顔を浮かべた。


 「それで何が知りたい?」


 情報屋としての商売を成功させるために話を進めるラルクにノアは簡潔に返した。


 「魔女について」


 ギルドの空気が凍った。

 それを感じながらラルクは他の二人を観察した。

 二人ともノアの発言に疑問を憶えず、平然と食後の茶を楽しんでいた。無論、ラルクの発言に耳を傾けてはいるようだが。


 「男二人に面のいい女一人。それに良い装備をしていて、魔女について聞き回ってる。……お前ら最近噂になってるパーティだな?」


 ラルクの発言に周囲がざわつく。

 命知らず、イカれたパーティ、でも腕は良いらしい。もうすぐA級に昇格って話もある。

 それぞれが思い思いに三人組について語るなか、ノアは困ったようにゆっくりと頷き肯定した。


 魔女。

 それは忌み、恐れられる存在だ。

 魔力を持って生まれ、魔法を操る魔女を人々は恐れた。


 魔女達の力は強大で覚醒してしまえば世界を崩壊させるだけの力を持つ。

 実際に覚醒した魔女によって小国が滅んだという話もある。


 子供達に聞かせる童話にも登場し、最後は勇者に打ち倒される。


 「……それで何か知っているのか?」


 辺りがざわつき話が進まないことにしびれを切らしたのかダンデが情報屋に催促する。

 ラルクは口ひげをなでつけ何かを思案した。

 十秒ほど無言の時間がすぎた。既に周りの冒険者たちは興味を失ったらしく、あるいは関わり合いになりたくないのか依頼を確認するもの、目の前の酒を楽しむもの、武勇を語るものと日常へと帰っていた。


 にやり、と笑みを浮かべるラルク。


 「知っている」


 それだけを呟いた。


 「言い値で買うよ」


 即答だった。

 ノアにとってそれだけ大事な情報であることが伺えた。

 遅れてノアは仲間の二人に目配せすると、二人からは無言の肯定が返ってきた。


 「まぁ、まて。まだ売るとは言ってない」


 「冷やかしなら帰ってください」


 「ちがうちがう、ちがうよ嬢ちゃん。そうじゃない。……わかるだろ? 魔女に関わるって事の意味を」


 芝居がかった口調で言ったラルクの言葉に三人は同意した。


 「こいつは扱うだけで危険なもんだ。俺もまだ死にたくないんでね。あんたらが相当できるってのは装備をみりゃわかる……が確証がないんでね。金持ちの道楽ってことも考えられる」


 ラルクの目はフィオナに向いていた。

 見目麗しいから見ていた? いいや、違う。彼はソフィアの振る舞いに注目しているのだ。

 テーブルマナーを学ぶのは上流階級の人間だけだ。

 つまり三人の装備は金とコネに物を言わせ手に入れた物じゃないのかと疑っているのだ。


 「なるほど」


 実力を疑われ不満げなフィオナは呟くが、しかしそれ以上は何も言わなかった。

 彼女からすればこれはいつものことだった。最初こそ声を大にして言い返していたが、もう慣れてしまったのだ。

 もちろん慣れたとはいえ不快であることに変わりはないのだが。


 「なにが望みだ」


 「話が早くて助かるよ。──ブラックボアって知ってるか?」



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