幸運の女神に嫌われた男があんまり元の世界と変わらない異世界に転生す
納豆ミカン
第1話
とある工事現場にて。
そこでは筋骨隆々で日焼けサロンと無縁な大工たちが、幸せな未来を夢見て金を出した夫婦のために性を出していた。大工達は男なら一度位は夢見る逆三角形マッチョな肉体にタンクトップを纏わせ、一家の幸せを願い槌を振るう。照り付ける日差しも、夏の猛暑も何のその。我らがやらねば誰がやる!! これが漢の生きる道!!
そんな漢達を束ねる棟梁が今、全員に向けて声を張る!!!!
「ーーーーアンタたちぃ〜!! ヘバッてる子はいないかしらぁ〜ん!?」
オネエ口調の棟梁に対して、大工たちは一斉にモデルのようなポーズを取って応える。
「「「「イエス!!! マム!!!」」」」
「これからこの家に住む一家を妬んでる心の貧しいヤツは居ないかしらぁ〜ん!!」
「「「「イエス!! マム!!」」」」
「ディ・モールト!!!! どんな相手からの依頼だろうが!! 請けたからには私情を挟まず!! 受ける以上は果てるまで挟み込むのが、アタシ達の生きる道!! 全身全霊で建てるのみ!! それが大工のプライド!! 積み上げる者たちの矜持よ!!
それはそれとして、依頼人の旦那はいい男だったかしら!?」
「「「「ノー!! マム!!」」」」
依頼人の旦那は、男色でオネエな漢達の心と竿には響かなかったらしい。
「ーーやる気が失せたから休憩よ!!!!(野太い)」
「「「「イエス!! マム!!」」」」
「…………(大工の矜持は……?)」
やる気に満ち溢れ、筋肉に膨れ上がり、男気に濡れる大工達の中には一人だけ、細身で覇気の無い瞳、しかし仕事は真剣にこなす少年がいた。溶けるようにベンチに座りこむ彼の前に、休憩を宣言した棟梁が美しいポージングを取りながら歩み寄ってくる。
「お疲れ様、拓野チャン。はい。スポーツドリンクよ。しっかり飲んで、しっかり濡らしなさい」
「…………ごちそうさまです、棟梁」
「んもう、マムって呼びなさいって言ってるのに。
まあ、若いアータはアタシ達と比べてちょこーーーーーーーっとだけ、羞恥心が邪魔しちゃうのかしらね。そういうところも〜かぁわいいんだけど〜〜!」
「ハハハハハ…………」
死んだ表情と乾いた笑いで返す少年は、
常時頭に巻いたタオルと覇気のない目しか特徴がない悲しい学生アルバイター。日銭と学費を稼ぎ高卒の資格を得るべく、日中は力仕事を、夜は定時制の学校に通う涙ぐましい人生に胸を打たれた棟梁が彼を雇い入れてからというもの、恩人の棟梁や大工の皆とは、傍目から見るよりずっと良好だ。
「……まあ、若さに見合わない苦労をしてきたお前さんだもの。アタシ達の目から見てもアンタは良くやってくれてる。
その気になったらいつでも言ってきなさい。バイトじゃなく家族として、きっちり一人前に育ててやるよ。現実的に見て、あと十年くらいは待ってるよ」
気持ちの良い豪快な笑顔で笑う棟梁。
「ありがとうございます。棟梁」
口元だけで笑う拓野。
特に将来を見据えているわけでもなく、ただ社会的な生きやすさを考慮して最大限可能な努力をしている拓野は、きっとこのまま大工をやっていたとしても、しっかりやれていただろう。
だが、拓野の生まれ持った……否、生まれながらに持ち合わせていなかった幸運の女神の加護。運命が、平凡ながらも幸せな人生の行く末を許さなかった。きっとそういうことなのだろう……そうでなければ。
ーーーーグラグラグラグラグラグラグラグラグラグラ!!!!!
「オイ地震だ!! 全員メットを被って避難しろ!!」
組み立て途中の家の組木が倒れることもなかっただろう。
「拓野!!!!」
「くっ……!!」
組木が倒れなければ、とっさに拓野がその場を離脱する必要もなかっただろう。
とっさに離脱しなければ…………
ブップップウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウーーーー!!!!!!
「きゃああああああーー!!!?」
「ーー危ない!!」
偶然ダンプカーに引かれそうになっていた子供を庇って、拓野が身代わりになることもなかっただろう。
「死んで……たまるかっ!!」
身代わりにならなければ、何とか足の大怪我だけで生き残った拓野が、横転したダンプカーが積んでいた大量の土砂に潰されて
「ーーーーー………は、っ」
拓野が死ぬこともなかっただろうから…………。
「拓野アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーー!!!!」
俺が意識を取り戻すと、目の前には宙に浮いた姿見があって、鏡には五体満足で立ち尽くす俺自身ーー杉田拓野が映し出されていた。
「…………よお、俺。半年前に見た俺よりも顔色が良いな。
これも棟梁達が良くしてくれたおかげだな」
本当に……親が蒸発した俺に、我が子同然にしてくれたあの人たちには、未来永劫頭が上がらない。
だってそうだろ?
こうして死んであの世にいても尚、頭に有るのは、あの人たちから受けた恩を返せなかったことだけなんだから……。
「…………すんませんっっ、棟梁……っっっ……! すんませんッッッ……!!!!」
頭には恩を返せなかった後悔が巡る……。
死に際に機能していた耳には、悲鳴同然に俺の名を呼んでくれる、棟梁と、大工の皆の……吐血混じりの
何も見えず、自分の身体すら不確かな感覚の中で、
「俺………………っっ、何にも返せずに死んじまいました……ッッ!!」
ボロボロと溢れる涙が、やり直しの効かない現実を表すようにこぼれ落ちる。どうせ何も変わらないなら、あそこに戻れないのなら、誰か早く俺を消し去ってくれ………!!
「だったらさっさと消えてくれる!? 目障りなんですけど!!」
ふいに、そんな声が聞こえた。
「…………ああ、いいさ。どうすれば消える? 舌でも噛みちぎれば満足か!?」
いつの間にか隣に現れた誰かに、俺は八つ当たりするように吠えた。
誰が現れたのかって? 知るものか。死神かなんかだろう。
そいつの首を片手で掴んで、一体どこにぶつかったのか? 目に見えない壁に追い込む形になった。
「ぐっ!? ぎ……っっ!?」
「お前は俺の死神か? それともタダの雑音か!?」
回答を待つ俺に向けられた返答は、首を絞める手をタップすることだけだった。
「何だ? 死神の癖に首を絞められたら喋れませんってか? じゃあ、もっと絞めてやったら死ぬか?」
何故そんなことを考えるのか、その時の俺にはさっぱりだったが、終わってから思えば……俺はただ、あの人達の思いを無駄にした敵を、直感的に理解していたんだろう。
「〜〜ッッ!!?? 〜〜〜〜ッッッッ!!!!」
顔面蒼白。殺される恐怖に染まる顔。それでも半年前の俺よりずっと健康的じゃねーの。
「くたばり損ないの八つ当たりで死んでみるか?」
「〜〜!! 〜〜!!!! ーーーー!!!!」
涙を零してイヤイヤをする顔をみて、俺はようやく気が付いた。
ドサッ!!!
「ーーーーーハァッ!! すううううーーー!! ハアアアーーッハアアアーーーハァッ!!!」
銀髪の髪を乱れさせ、ただ生に縋るように呼吸を繰り返している。ああ、これは多分……
「なんだ、おまえ女か」
身体を庇うように屈んでいるのを前髪を掴んで強引に上を向かせる。
「ーーヒイッ!?? ひいっ……ひいっ………ひいっ………」
そいつは俺の顔を見ると、恐ろしい物を見たかのように顔を強張らせ、過呼吸になっていた。
「…………これが、死神か?」
「いいえ、その娘は幸運の女神です……。」
背後から声を掛けられ、振り返る。すると白い布を服のようにした金髪の女性が現れた。
「幸運の女神?」
「はい。正確には、あなたの生きる地球を担当する幸運の女神です。
私はその子の上司にあたります。幸運の大女神です」
「そうなんですか。それで、その幸運の大女神さんが、一体どういったご要件でいらしたんですかね?」
「はい。今回は、杉田拓野さん。貴方へ、転生のご案内に参りました。
杉田拓野さん。そちらの幸運の女神と共に最終的には以前とは異なる地球【止まった世界】へ転生することを望みますか?」
「転生……止まった世界??」
「はい。貴方の肉体、記憶はそのままに、そこの彼女も共に」
「何故、その地球担当の幸運の女神とやらが着いてくる?」
「…………お答え致します。
実は、杉田拓野さん。貴方の死は……彼女の過ちなのです」
「……………………は??」
足元には、未だ酸素を求めて蹲る幸運の女神。俺は突発的に掴みかかった。
「オイ、テメエ。今のどういうことだコラ」
俺が死んだ理由がコイツの過ち? つまり、棟梁達の気持ちを無駄にした理由は……。
「テメエの……ミスだってのか!?」
「…………わ」
「ああ!?」
詰め寄る俺に、幸運の女神は目尻に涙を貯めつつも、俺を睨み返して言った。
「わたしは……アンタなんか絶対認めない!!!!」
幸運の女神に嫌われた男があんまり元の世界と変わらない異世界に転生す 納豆ミカン @nattomikan
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