最終話 番の双翼
―――それから、数時間という時が経ち。
驚く事に、資料館崩壊での死傷者は一人も出ず、原因もガス事故として処理されていた。
その上、あれだけガラスケースだ何だも壊れたというのに、展示されていた出土品が全て無傷というのは、まさに神のいたずらとしか言いようが無く。
ありえない、と呟いたのは、勿論その場にいた全ての人だ。
だけど、それができる人を、あたしは一人だけ知っていた。
壊れた過去の名残の前で、黒い瞳、黒い髪を揺らす人を見る。
「墨の仕業でしょ」
「……何の話だ」
「どうせいつもの『アレ』に頼んだんでしょう? 先生がやった証拠を消してもらうように」
「……」
「隠したって無駄だよ-。だってあたしは墨の……」
「何だ、おい、続きを言ってみろ」
「そそそそ、そのっ」
ずいっと、墨があたしにやけに真剣な顔で迫ってくる。
あたしはそれにあたふたしつつ、気を落ち着けるために余所事を考えていた。
いや、むしろまさに今の話ではあるのだけど。
だって墨のことだから。
勝巳先生だけは―――墨の持つ不思議な力について何か知っているようだった。
元々彼は墨の主人だったから、そのせいかもしれない。
どうやら墨は、あたしが知っている『人ならざる者を見、祓う』という以外にも実は色々と出来るらしい。
千三百年前からして、初耳である。
「あいつはね、お前に本性を隠している癖に、僕からお前を奪ったんだ。そりゃあ、幾ら温厚な僕だって切れもするよ。まあ……愛しい義妹に生まれ変わってまで振られては、流石に立つ瀬が無かったけどね」
なんて、語る『お義兄様』の顔は、とても清々しくて、あたしも見ていて嬉しかったけれど。
実は、あたしと勝巳先生の中では、あの頃の記憶は今の人格に統合される形で残っている。
時折意識が強くなる時もあるけれど、それはまあ、そのうち慣れるようだ。
ただ、ここで少し問題があった。
あたしと勝巳先生は、かつて囚われた瞬間によって記憶を取り戻し、無事混じる事が出来た。
だけど―――『あの頃』から変わっていない墨は、スミは、一体どうなのか?
そう、つまりはそれである。
墨はあたしを看取った後、自ら命を絶ち―――そして自ら、転生したのだろう。
『記憶を持ったまま』で。
一人だけ、あの辛い記憶を抱えたままで。
あたしに迫る、墨の瞳を見つめる。
黒い瞳、黒い髪。
涼しげな顔立ちなのに、奥底には輪廻転生すら覆す激情を秘めている。
それは番が片割れを求めるように。
鳥が片翼を求めるように。
「あたしは墨の―――番(つま)だもの!!」
そう言えば、今も昔も変わらない、大好きな墨色の瞳がほころんだ。
―――墨はスミで。
あたしは明日香。
スミはアスカ姫を愛してくれた。
そして墨は、ずっとあたしを『明日香』と呼んでくれた。
それは互いの番は今また互いの番なのだと、伝えてくれていて。
変わらなくて、変わっていて。
かつても今も、それぞれ愛しい。
生まれ変わりの恋の果て。
あたし達が描いたのは―――瑞花双鳥(ずいかそうちょう)。
愛豊かなる―――番の双翼(つがいのそうよく)。
終
生まれ変わりの恋の果て ~瑞花双鳥(ずいかそうちょう)~ 国樹田 樹 @kunikida_ituki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます