17「アングラ異能バトル・その二」
この作戦には、全員の協力が必要だ。まずは
「足衛はこのドームを廃棄したら、すぐに新しく大きな壁を作れ。辛い仕事になるだろうが、ギャラリーを全員締め出して、
「は、はい! お任せください!」
続いて
「二十並草はサポートだ。壁を出している間、足衛が無防備になる。護衛しろ。他に余計なことは一切するな」
「うーん、あんまりおもしろくなさそう」
「我儘は聞かないぞ。これだけのことをしでかしてくれたんだ、最低限の責任は果たせ」
「ちぇー」
二十並草はしぶしぶ承諾した。最後は
「崎刃崎、聞いての通りだ。俺たちの方で、奴とおまえがタイマンになるよう、舞台を整える。攻撃は全面的に、おまえに任せた」
考慮すべきは、丸のメダルバリアだ。あれを突破して、ダメージを与える方法は限られる。二十並草でさえ、攻略は困難だ。その点、彼女の【冷凍現象誘発症状】なら、勝利の目がある。
「……全員、指示は頭に叩き込んだな? なら最後に……」
俺は足衛と二十並草の肩に手を置く。そして唱えた。
「痛いの痛いの飛んでいけ。へびつかい座まで飛んでいけ!」
暖かい感触が腕にほとばしった後、頭や腕が軋んで、細胞の壊れる音が聞こえた。
「先輩、いったいなにを……!」
なんのことはない。【
「どうせ近くにいれば、痛みは伝わってくるんだ。だったら、全員で痛がるより、こうする方が合理的だ」
俺の異能病は、直接戦闘に向かない。できることは、作戦立案とサポートまで。仲間たちが頼みの綱だ。万全でいてもらわないと困る。
「分かったら行くぞ。さあ、作戦開始だ!」
俺の合図と同時に、ドームが水のように溶け落ちた。
瞬間、怒涛のように椅子とメダルが押し寄せてくる。俺たちはいっせいに散開した。シューティングゲーム機の影に転がり込んだ俺は、いったん状況を確認する。
攻撃を仕掛けてきているのは丸だけ。店員たちはこの騒ぎにも、まったく動きを見せていない。勝手にやってくれということか。上等だ。
すぐに俺たちを取り囲むように、膨大な闇がせりあがり始めた。どこかで足衛が、ギャラリーを締め出すための壁を作っているのだ。闇の壁は、あっという間に天井まで到達する。これで人数上の不利はなくなった。ただし、俺たちの逃げ場も限定される。
丸はそれを鼻で笑った。
「さながら死の闘技場ってところか?」
彼が猛攻を降り注がせる中、背中を丸めた崎刃崎の蒼い髪がなびく。あの髪の色は、先日の夜と同じだ。急速に周りの空気が冷たくなっていく。髪と目の色、そして雰囲気が変わった途端、異能症状が現れた。これが彼女の異能病の性質なのか?
目ざとく彼女の変化に気付いた丸が、眉をひそめた。
「なにか策がありそうだな。……なら、こういうのはどうだ?」
闇の壁の内側で、ゲームの筐体があちこち一斉に床を滑り始める。縦横に移動する筐体の陰に隠れて、丸の姿が消えた。
「まずい」
丸の居所が分からなくなった。
無差別攻撃を仕掛けてみるか? いや、孤立している敵と違って、こちらには味方がいる。巻き込めない。丸に攻撃を加えるためには、可及的速やかに奴を発見し、ピンポイントで叩かないと。
二十並草に頼むか? いや、奴は今、足衛の護衛についている。その仕事は邪魔できない。足衛はこの作戦の鍵だ。万が一にも倒されるわけにはいかない。
こうして迷っている間にも、丸の攻撃は続いていた。非力な俺は逃げ惑うしかない。倒れ込むようにしてホッケー台を乗り越える。這う這うの体で、逃げ場を探した。どうにか一休みしたい。俺は目に入ったプリクラの函の中へと滑り込んだ。
ダルい。とにかくダルい。ちょっと動いただけで息はザラザラだし、心臓は爆発寸前だ。二か月を超す実験活動は、確実に俺の身体にダメージを与えていた。内臓の病気や、不眠症のせいで、運動能力が著しく低下している。
せめて呼吸を整えて、思考を整理する時間が欲しい。
そう思った瞬間、プリクラの操作パネルが明るく言った。
『ようこそ! お金を入れて、撮影を始めよう!』
「やば……!」
慌てて外に転がり出るのと、椅子の津波がプリクラの函を押し倒すのは、ほぼ同時だった。向こうの姿は見えないけど、音で居場所を突き止められた。半径十メートルもない闘技場の中、安全な場所なんてない。このままではジリ貧だ。
いや、焦るな。落ち着ける状況じゃないけど、それでも落ち着こう。
闇の壁で閉じ込められている以上、敵は近くにいるはず。問題はどうやって見つけ出すか。行き交うゲーム機のせいで視界は効かない。こう騒音が激しくては、よほど大きな音を立ててもらわないと、耳で居場所を特定することもできない。他に敵を見つけ出せる感覚なんて……いや、待てよ? そうか、あるじゃないか、俺だけのとっておきのセンサーが!
俺は、近くにあった音ゲーの機体に飛び乗った。
さあ、ここからが集中のしどころだ。静かに目を閉じる。
頼るべきは俺の病だ。【
探すのは右手首の痛み。二十並草が丸に負わせた脱臼がマーカーだ。その出どころを見つけ出せ。
「……!」
いたぞ!
振り返った三時の方角には、崎刃崎がいた。敵を探す彼女の背後から、搭乗型のレースゲーム機が迫っている。運転席に丸の姿が見えた。
「崎刃崎! 後ろだ!」
飛び出してきた丸が、鉄パイプを振り抜く。崎刃崎はそれを腕で受けた。氷を自身の腕にまとわせ篭手にしている。うまい。だけど衝撃を殺し切れない。バランスを崩して、後方に大きくたたらを踏んだ。
「脅威を確認。解決策を講ずる」
崎刃崎は広げた脚で、地面に踏ん張る。するとその足先から、タイル状の床が音を立てて白く凍りつき始めた。彼女が産み出す局所的氷河期は地割れのようにまっすぐ伸び、丸に突っ込んでいく。咄嗟に展開されたメダルのバリアも、あっさりとすり抜けた。空間自体を凍りつかせる超常現象だ。メダル程度で防げるわけがない。
氷は、丸の足を地面に固定してしまった。
「標的を拘束。出力を上昇」
「ちっ」
舌打ちこそしたものの、丸はまだ冷静だ。
「動けなくなったからなんだってんだ。たとえベッドで寝たきりになろうとも、俺が最強だろうが!」
床を滑っていたゲーム機が一斉に舞い上がり、ゆっくりと上空を回り始める。俺は放り出されて、床に転がった。
たしかに丸の言う通りだ。奴は一歩も動くことなく、周囲の物体を操ることができるのだ。動きを封じたところで、攻撃は止まらない!
操られた物体が、圧倒的な物量で崎刃崎に襲い掛かる。彼女は身の丈ほどの氷壁を形成し、その陰に身を隠した。爆撃のような攻撃をしのぎながら、なにかをぶつぶつと呟いている。
「暑い……。暑い、暑い、暑い、暑い、暑い」
降ってくる筐体の隙間に目を凝らすと、彼女の頬を伝う白い線が見えた。流れた汗が冷たい風で凍り付いているのだ。この極寒の中でも汗が止まらないのは、普通じゃない。有害症状か?
よほどの熱を感じているのか、耐えかねた彼女はついに服のボタンに手をかけた。上着を、ズボンを、一枚ずつ脱ぎ捨てていく。
そのストリップにも眉一つ動かすことなく、丸は次々に攻撃を仕掛けてくる。
「そら。これをくらって、五体満足でいられるか!」
彼はもうほとんどへしゃげてしまった椅子をかき集め、竜巻のような渦を構築した。反り立つ破壊の螺旋は、崎刃崎めがけて突進する。
あれはまずい。氷の壁程度では防げない。
「崎刃崎、逃げろ!」
指示も空しく、直後、彼女の姿は竜巻に飲み込まれてしまった。
「……!」
言葉を失い、無意味に手を伸ばす。遅かった!
後悔と罪悪感が心臓を撫でていく。キンキンに冷えた汗が、あごから滴り落ちていく。
やがて荒ぶる
ゲーセンの屋根をぶち破りそうな巨大な体躯。燃え上がるような紅い髪。前回よりはサイズが小さいけど、間違いない。路地裏で俺たちを吹き飛ばした、あの少女だ。
混乱する俺の隣に、二十並草が出現する。そしてそっと耳打ちした。
「僕、ちゃんと見てたけど、誰もあの渦から出てきてないよ」
「ってことは……」
「あれは間違いなく、イオちゃん本人だよ」
二十並草が言うなら、その通りなんだろう。だがいったい、何が起きているんだ?
戸惑う俺の方に、一瞬だけ紅い瞳が向く。片膝に腕を置いて座る巨大な少女は、不機嫌そうに口の端をゆがめたが、一切の言葉を寄こさなかった。
代わりに丸の方に向き直り、鋭い八重歯をむき出しにする。
「かっかっか、『三番目』には止められたが……、こうも楽しそうなことをされては、黙ってられんのう! ワラワも混ぜてもらおう!」
さすがの丸も、これには面食らっていた。巨大な崎刃崎を見上げて、茫然としている。
「なんだぁ、テメェ……!」
「崎刃崎イオ様と呼ぶことを許そう! ほれ、跪くがよい」
「ほざけよ!」
丸が指を鳴らす。すると物陰から何本もの鉄パイプが現れた。それが一斉に、崎刃崎めがけて放たれる。だけどそのすべてが、彼女の素肌に跳ね返された。丸が目を剥く。
「そんなバカなことがあるかよ!」
そんな彼の顔に影が落ちる。巨大な拳が照明をさえぎったのだ。
「次はこちらの番じゃああ!」
隕石のようなゲンコツが降ってくる。丸はとっさにすべてのメダルを頭上に集め、盾にした。激しい衝突音が、闘技場の中で反響する。
「うおおお!」
今まで一度も見せなかった必死の形相で、丸はメダルを押し留めようとする。おそらく最大出力。彼が引き出せる全身全霊の
だけど、ここで残酷な事実が一つ。今の崎刃崎の攻撃は、全然本気じゃなかった。せいぜい、ちょっと気合を入れたジャブ程度。だからその後には、次の攻撃が待っている。
浮き上がったメダルの盾の下に、スッと反対側の手が差し込まれた。親指に抑えられた人差し指が、解放の時を待ってぎりぎりと震えている。
丸の顔が青ざめるのが、俺のところからもよく見えた。
「やめっ――」
無慈悲に放たれたデコピンは、丸を闇の壁へと叩きつけた。コントロールを失ったメダルがバラバラと落下する。けたたましい音に紛れて、ずるずると滑り落ちてきた身体が、床に倒れた。
「かっかっか! ワラワの勝利じゃあ!」
不良集団を治める最強のカリスマは、圧倒的理不尽の前に敢え無く撃沈したのだった。
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