第4話 シスコンの野望
「あっはっはっはっーー」
「お兄ちゃん、待ってよーー」
「あっはっはははー、捕まえてごらんなさ~い」
ぽかぽか陽気の昼下がり。俺は家の庭で妹と追いかけっこをしていた。
金髪のハーフアップを揺らしながら、俺の後ろをとてとてと追いかけてくる妹。容姿端麗、話し言葉から感じる地頭の良さ。そしておそらく、スポーツも得意なはずだ。
両親からアリスの名前を貰った俺の妹は、その名前に似合うような小さく可愛らしい女の子だった。
そして、そんな妹と四六時中一緒にいて、気が向くままに遊ぶことができる。
そんな俺は6歳にして、間違いなく勝ち組といえるだろう。
「捕まえた!」
「おっとと。はは、強く抱きつきすぎじゃあないかい?」
「そんなことないもん!」
そういうと、アリスはより一層強く俺に抱きついた。
妹の香り。妹の感触。妹の愛。
その全てを一身に受けて、俺は危うく幸せのあまり死にそうになってしまう。転生したばかりだというのに、こんなに早く昇天させられてしまうとは。
俺の天使は君だったのかな☆
何を隠そう、アリスはブラコンだった。
それもそのはずだ。常にアリスの隣には俺がいたのだから。
歩けるようになった俺は、朝起きてから寝るまでアリスの側にいた。アリスが泣き始めれば、俺はアリスを泣き止ませた。アリスを笑わせ、アリスが不安がればいつでも側にいた。
常にアリスと遊ぶことを第一とし、『大きくなったらお父さんと結婚する!』というセリフを、『大きくなったらお兄ちゃんと結婚する!』に書き換えることにも成功した。
あのときのルークの顔は未だ忘れられない。
……なんというか、すごい哀愁を感じた。
「相変わらず仲が良いな」
「まぁね。兄妹というものは仲が良いものなのですよ」
そんな風にいつも通りアリスと遊んでいると、いつもよりも仕事を早く切り上げてきたルークが庭に顔を出した。
仕事が早く終わったからなのか、兄妹の仲睦まじい姿を見てなのか、とてもご機嫌な笑みを浮かべていた。
「どれ、キョーマ。今日はお父さんと剣術の修業をしないか?」
「興味ない」
「そんな即決するなよー」
このルークという男。魔法騎士団に所属しており、普段は魔物相手に戦っているのだ。それ故に、魔法も剣の腕も中々の物だとか。
だから、自分の子供にも魔法とか剣を教えたいのだろう。その気持ちは分からなくはない。それに、異世界の魔法という物にも興味がないと言えば、嘘になる。
それでも、今はそんなことよりも妹だ。
「そんなことしてたら、アリスと遊ぶ時間が無くなるし」
「少しだけだって! 本格的なのはやんないから遊びだと思って! 少しだけ、な!」
地球で言う所の、キャッチボールをしたい父親という感じなのだろう。
断っても、断っても何度も隙を見てはこのように声を掛けてくる。ずっとルークからの提案を拒否するよりは、一回くらい相手をしてやった方がいいのかもしれないな。
「……一回だけなら」
「本当か! まってろ、今すぐ木刀を取ってくるからな!」
そう言うと、ルークはウキウキ気分で物置部屋に木刀を探しに行った。
前々から準備をして楽しみにしていたのだろう。強く拒絶するのも考え物だ。父親だけに、あまり邪険には扱えないしな。
それにしても、さっきのやり取りなんか押しに負ける女子みたいな感じだったな。
「今から何かするの?」
アリスは俺に抱きついたまま、顔を上げてこちらを見た。その頭には、はてなワークは浮かべられていた。そして、きょとんとした顔を斜めに傾けた。
おいおいおい、可愛すぎかよ。
「少しだけお父さんと遊ぶだけだよ」
「やだ! お兄ちゃんは私と遊ぶの!」
「なっはっはっはっは!」
妹に独占される我が身。過度の残業と仕事で詰められ続けられたことによって擦り減らされた精神が浄化されていく。生きていることの素晴らしさをようやく実感している。
「キョーマ! ほら、木刀だ!」
俺は大急ぎで戻ってきたルークに差し出された木刀を手に取り、適当に振り回した。
思ったよりも重いが、子供用なのだろう。俺でも少しは振れるくらいの重さをしている。
俺が木刀を振り回している様子を見て、少し感動を覚えているルーク。
当然と言えば、当然か。ずっと嫌だと言っていた息子がようやくキャッチボールをしてくれたのだ。お義父さん日和に尽きるというもの。
適当に相手して、早く妹と遊ぶことにしよう。
そんな風に思っていると、俺とルークの間に割って入るようにアリスが立ち塞がった。両手を広げている様子は、アリクイの威嚇のようだった。
「アリス?」
「お父さん、だめ! お兄ちゃんはアリスと遊んでるの!」
なんということでしょう。目の前にいる妹は、俺がお父さんに取られないようにと立ち塞がるじゃありませんか。
そんな献身的かつ独占欲の強い妹に涙。お兄ちゃん、嬉しい。
この光景に目に焼き付けておきたいと思いつつも、悪者役になってしまったルークの表情が見ていられなくなり、俺はアリスを制することにした。
「大丈夫。少しだけだから」
「ご、ごめんなぁ。少しだけお兄ちゃんを借りるな」
なぜ父親はここまで娘に弱いのか。いや、こんなに可愛らしい娘に敵意を向けられれば、当然そんな顔にもなるか。
「よっし、キョーマ。まずは、好きなように打ち込んでこい!」
ルークは少し大げさにふざけて構えて、こちらを挑発しているようだった。こんなにふざけているが、相手は仕事で魔物と戦っている魔法騎士。6歳の子供が勝てるわけがない。
適当に打ち込んで、負けて終わるとしよう。
「てやっ」
「甘い!」
俺の気の抜けたような一振りを避けると、ルークはそのまま俺の木刀を弾いた。軽くいなされる形で弾かれた木刀は、そのまま宙を舞って数メートル飛んだ。
なぜ6歳児に勝ったくらいで、そんな得意げな顔をしているのだ。そう冷静に感じるほどのどや顔をこちらに向けていた。
まぁ、これでルークも満足しただろう。後は、俺が一撃で負けてしまったことを根に持って、剣への興味がなくなったフリをすればいい。
剣なんか握っている暇があるなら、一秒でも長く妹の手を握っていた方がーー
「……かっこいい」
「え?」
「お父さん、凄いね! 今何が起きたの?!」
俺の後ろにいたはずのアリスはいつの間にかルークの側に駆け寄っていた。その光景に俺よりも、ルーク本人の方が驚いているように見える。
まるで、勝ち目がないと思っていた戦いに予期せず勝ってしまったかのようだ。
ルークはしばらくの間目を丸くしていたが、褒め続けてくるアリスの様子に気を良くしたのだろう。何を思ったのか、勝ち誇ったような笑みをこちらに向けてきた。
「ん? はははっ、お義父さん凄いか? なに、大したことじゃないさ! 赤子の手をひねるように、簡単なことをしたまでだよっ」
『かっこいい』だと?
妹からのその言葉を貰うのがどれだけ大変か。長年寄り添ってきて、俺も未だに貰えていない言葉だというのに。
俺だって、未だにそんな羨望の眼差しを向けられたことはないというのに。
ん? いや、待てよ……
剣が強くなれば、妹にかっこいいと言ってもらえるのではないか?
この安直的過ぎる思考回路が俺の将来をも左右することになるとは、この時の俺は思いもしなかった。
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