挫折者の溜まり場
叢雲学園部活棟一階。その片隅にある
一人は同年代と比べても、かなり小柄な少女だ。随分と度の強そうなメガネをかけ、前髪は目にかからぬよう安っぽいヘアバンドで上げている。
手元では金属部品が高速で組み上げられており、その迷いの無い手さばきから、機械への深い理解が伺えた。
もう一人は反対に、身長も高く体格も良い少女だ。タオルを顔にかけ、椅子の背もたれに寄り掛かって天井を見上げており、特に何かをしている様子は無い。
というより、何をするにも億劫だという印象を抱かせる少女だった。
「
小柄な少女が話しかける。
「
「しないくせに」
「……ちっ、何の用だよ」
顔のタオルはそのままに、大柄な少女は続きを
「調子はどう?」
「見たまんまだよ。熱でもあるみたいに頭も目も熱い。なのに寒気はあって、眩暈も酷い。吐き気もだ。こんな酷いコンディションを私に自覚させて、絶望させたいってのか?」
「そんなこと言ってない」
「じゃあ何が言いたいんだよ?」
「リハビリ、やらないの?」
「はっ! やったところでなんだってんだ。どれだけ私はブランクがある? どれだけダイブ出来る? 仮に試合が成り立ったとしても、3
「……ごめん」
「……
闇堂直美。元アイアンボクシング中学生チャンピオンであり、高校入学後も着実に勝利を重ねた彼女は、将来プロ入り確実と言われた人材だった。だが、高校二年の夏。そんな彼女を病が
眼精疲労。デジタル技術が飛躍した現代において、ありふれた病の一つである。
軽度の症状は疲れ目と呼ばれ、十分な睡眠と休息さえあれば回復する。しかし、この病が疲れ目と異なるのは、休息だけでは完治が難しい点にあるのだ。
始め、直美が身体に違和感を覚えたのは、アイアンボクシングの練習後だった。試合をしたわけでも無いのに頭が重く、倦怠感すらあった。
この時は疲れが溜まっているのだろうと考え、早寝をするだけだった。しかし、次の日の練習後も症状は続いた。まだ睡眠不足なのだろうかと思い、その日はさらに早く寝た。けれども症状は収まらなかった。
病院に行くことも考えた。しかし、アイアンボクシングはその名の通り機体に操縦者の意識を移し、ボクシングを行うスポーツ。つまり、肉体的な損傷が無いため、試合間隔が異常に短い。
将来を有望視されていた直美は、その力を示す必要があった。病気に
勝って、勝って、勝って勝って勝って。そして直美の身体は限界を迎えた。
突如抑えきれない気持ちの悪さに襲われ、担ぎ込まれた病室内。点滴を注入されながら医者から告げられた言葉は、半年間のダイブ装置の使用禁止だった。
元々直美は、他者よりも集中力が続く体質だったらしい。その集中力によってボクシングという刹那の世界に適応し、多くの勝利を得てきたのだ。
だが集中するということは、それだけ脳や目に負担をかけるということ。ましてや本物の瞳を通さない状態での意識の集中は、現実の瞳に混乱をもたらし、日常生活にも余計な集中力を発揮してしまった。このせいで直美の病気は発症したのだ。
だが、それでも直美はあきらめなかった。ドクターストップ明けの半年後、早速練習を開始した。だが、結果は試合の途中で、ダイブ機器の安全装置の基準から外れたことによる強制解除だった。分かったことは、自分は二度と試合が出来ないということだけ。
目標だったプロ所属への道は絶望的となり、直美は荒れた。
同じダイブ系ロボット部に所属している実力の低い者に怒りが湧き、大型ダイブ施設に誘っては散々に打ち負かした。負かした中には、病気の彼女に負けたことで自信を喪失し、部活を辞めた者すらいる。
当然、そんなことを続ければ悪名も立つ。直美を恐れ、部活仲間は専属メカニックの操を除いて全員退部した。顧問は煙たがり、滅多に現れなくなった。こうして今の状態が出来上がったのだ。
「操、お前もいいんだぜ。私のことなんて捨てて、他の部活に移っても。こんな試合すら出来ない木偶の相手なんてしてたら、お前の技術が埋もれちまう」
アイアンボクシングは操縦者の代わりに機体が傷つく。時にはパンチが放てないほどに腕が曲がり、身体を振れないほどにボディが凹むことがある。
そんな機体のトラブルを解決する人員こそ、操などのメカニックだ。試合間隔が短い中で、出来るだけ同じコンディションへと機体を修理し、操縦者の要望があれば機体の改修を行う。
彼女達メカニックこそが、ダイブ系部活における仕事人。縁の下の力持ちなのだ。
一つ下の学年である
そんな思いから生まれた提案だったが、操は即座に首を横に振った。
「冗談きつい。私は直美の専属メカニック。私が他の部活に移るのは、直美が卒業する時って決めてるから」
「……さんを付けろっての。でも、まぁ……ありがとよ」
「気にしないで」
ぶっきらぼうで長くは続かない会話。けれどそこには長年の付き合いがあるからこそ出せる、確かな信頼があった。
きっと、この付かず離れずの関係は、操が語ったように直美の卒業まで続くに違いない。終わった自分の人生の中でも、唯一穏やかな心でいられる時間。言葉には決してしないが、直美はもう少しだけこの時間が続いてくれればいいと思っていた。
そんな時、滅多に来客の現れない部室の扉、それがコンコンと音を立てたのだ。間違いなくノックの音だった。
「あん?」
「珍しい」
さしもの直美も顔のタオルを払いのけ、入り口の方に目をやった。
同時に、勢いよく扉が開かれる。
「こんにちは! 良ければこの部屋、私達に譲ってくれませんか?」
笑顔でとんでもない事を言い放った少女と、直美の顔を見てビクリと身体を震わせる少女。
人の形をした大嵐が、憑闘部に上陸した瞬間だった。
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