第二章 暗躍する影

プロローグ 旅路


 はじまりの町、レーネを旅立って一週間。


 次の町のある南へ向けて『スタング平原』を進んでいく。


 広大な草原。


 その中に続く一本の道を、ひたすらに歩いていく。


 見通しの良い草原と言っても、普通にモンスターが生息しているので、ある程度の注意は必要だ。


 だけど、ゴブリンエンペラーを討伐した僕にとって、脅威になるモンスターは出現しない。


 出るとしても、ほとんどが非好戦的なモンスター。


 ファーラビットやプレイリーラットなど、こちらの姿を発見したら逃げていくような弱いモンスターだ。


 稀にゴブリンやウルフも見かけるけれど、そちらも簡単に撃退できる。


 一人旅。


 憧れていた『世界を見て回る』という念願が叶った。


 モンスターを警戒したり、その状態で食事を作ったりと大変なことは多い。


 だけど、それ以上に新たな発見がある。



 朝、露の降りた草原。


 澄んだ空気。


 眠っていたテントの中から出ると、薄暗い空に星明りが残る。


 少し気温の低い中、朝食の準備を開始する。


 光が灯る。


 そちらに目を向けると、地平線の先から昇る太陽。


 その美しい光景に、時間を忘れて見入る。



 未だ見ていない景色。


 自然が織りなす、幻想的な空間。


 海、山、草原。


 太陽、月、雲。


 期待は膨らむばかりだ。


 その光景を目にするのが、楽しみで仕方がない。


 僕はとても穏やかな旅を満喫していた。



 陽が傾き始める草原。


 今日の行程はここまで。


 明日に疲れを持ち越してはいけないし、暗くなる前に諸々の準備を終わらせておきたい。


 ストレージから、野営の道具を取り出す。


 最初は不安だった野営も、三日もすれば随分と慣れた。


 はじめにする事は、魔物避けの準備。


 木の枝を重ね、周囲を石で囲み、【火属性魔法】で焚火を熾す。


 スタング平原は草原だけれども、疎らになら木は生えている。


 なので、昼間に枝を集めることを忘れない。


 火が安定したら、そこに乾燥させた草の束を放り投げる。


 この草を焚いて出る煙に、モンスターの嫌う香りが含まれている。


 これをしないと、夜行性の魔物に襲われるから、真っ先に準備する。


 次に、テントの準備。


 このテントの組み立ても、初日は苦労した。


 骨組みを接合する向きが逆で、色々と試行錯誤したのはいい思い出だ。


 それが今では、ものの数分で完成する。


 ここまでの準備が終わって、ようやく夕食の準備を始める。


 今夜はスープを作ろう。


 小さい鍋に【水属性魔法】で水を汲み、焚火に掛ける。


 沸騰したところで、少量の塩と採取した野草や香草、昼間に狩ったファーラビットの肉を一口大にカットして投入。


 夕焼けがつくる紫とオレンジの雲を楽しみながら、スープの灰汁を取ること10分と少し。


 香草のいい香りが漂ってくる。


 肉に火が通っていることを確認し、鍋を火から下げる。


 夕食の完成だ。


「いただきます」


 まずはスープから。


 スプーンでスープを掬い、数回息を吹きかけて冷ます。


 そして、口を火傷しないように、ゆっくりと口に含む。


 上手にできている。


 ファーラビットの出汁と、臭み消しの香草がクセになりそうだ。


 体が温まる。


 次に肉をいただこう。


 少し大きめに切ったファーラビットの肉を頬張る。


 ファーラビットの肉は、鶏肉のような淡白な味わいだ。


 だけど、あっさりとした脂の味は、オークの肉とはまた違った美味しさを感じさせてくれる。


 この脂が野草にも合って美味しい。



 一旦、食事を中断し、スキルの【マップ】を開く。


 それにしても、スタング平原がこんなに広いとは思わなかった。


 冒険者ギルドで見せてもらった地図は、子供のお絵かきみたいな精度だったので、3日もあれば十分だと思っていた。


 そのお陰で【マップ】のスキルの取り忘れに気付けたのは、ある意味でよかったのかもしれない。


 これは、測量の技術が発達していないからだろうか?


 食料は狩りや採集で何とかなるし、火も水も魔法で代用できてよかった。


 特に水は重いし、持ち運ぶとなると嵩張るしで大変だったと思う。


 レーネから次の町までの距離を測る。


 今日までで、次の町までの道のりの9割近くを進んだ。


 早ければ明日の昼前、遅くとも夜には到着するだろう。


 これで楽しい旅も、ひとまず終わりか。


 だけど、町には町の良さがある。


 美味しい料理の店を探すのも良いし、買い物だって楽しみだ。


 残りのスープをゆっくりと味わい、就寝の準備を始める。


 明日はいよいよ【王都エルザ】だ。

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