閑話 師匠

料理回です


※あくまで、小説として書いている話です。


※実際にお肉を調理する際は、火の通りに注意しましょう。色が茶色くなっていても、菌が死滅していない可能性が考えられます


※牛であっても、時間が経ったものや下処理の方法から『ステーキ用』と書かれていないものを、レアで調理して食べることは避けましょう。

_______



 昼下がり、ラストオーダーを終えた銀狼亭の厨房。


「よろしくお願いします」

「……ああ」


 銀狼亭の女将ジェナさんの旦那さんで、料理人のジェイソンさんは、僕の挨拶にぶっきらぼうに応える。


 今日はジェイソンさんに無理を言って、肉の焼き方のコツを教えてもらう。


 今後、この世界を見て回りたいと計画している僕は【調理】のスキルが欲しいと考えた。


 これは料理を専門とするNPCに教えを乞うことによって解放されるスキルだ。


 このスキルを持つことで調理が可能となり、食材系アイテムを調理して食事を作ることができる。


 この食事には、ゲーム進行に役立つ様々な効果がある。


 経験値量の増加やアイテムのドロップ率増加などは、その最たる例だ。


 あと、旅の途中、野営をするときのために【調理】スキルが欲しいという事情もある。



 教えてもらうのは、銀狼亭名物の『オークのステーキ』。


 昼の営業が終わり、空いた時間に教えてもらっているが、夜の営業までの仕込みをしなければならない。


 そのため、ジェイソンさんが作る様子を見ながら、その隣でステーキを作っていく。


 はじめに、ジェイソンさんから細身のナイフを渡された。


「これで肉を刺す」


 そう言ってジェイソンさんは、大きな肉の塊に、何度もナイフを突き立てる。


 なるほど。


 肉の筋を切るのか。


 知識としては知っているけれど、実際には思ったよりも満遍なく刺す感じだ。


 この下処理をすることで、ステーキが柔らかく焼きあがったり、火が通りやすくなったり、また下味が付きやすくなったりする。


 なので、肉の形が崩れないように、しっかりと肉にナイフを入れていく。


 十分に刃を入れたところで、フライパンを用意。


 フライパンは、底が深めで鍋みたいになっているものを使っている。


 そこにおおさじ2杯分くらいの多めの油を加え、火にかける。


「油が滑るようになったら、ガーリックを入れてもいい」


 ジェイソンさんがフライパンを傾け、油が滑らかになっている様子を見せてくれる。


 ここで、先ほど処理をした肉に塩と胡椒を付けて馴染ませる。


「どうして今なんですか?」

「水を出したくない」


 塩を振って時間が経つと、水分が出る、ってことかな?


 フライパンが熱せられるまでは、それほど時間がかからないはず。


 だけど、その短時間にも気を遣うのは、一流の料理人としてのこだわりが窺える。


 手早く下味を付け、フライパンに肉を乗せる。


 ジュッ、という音と共に油が爆ぜる。


 火加減を少し弱めたジェイソンさんは、すかさずフライパンに蓋をして、そこから放置。


「色を確認しないんですか?」

「あまり触るな。火が通りにくくなる」


 じっくり、じっくりと、肉に火を通していく。


 一体、どうやって火の通り具合を判断しているんだろう?


 時折、蓋を開けて肉を確認するジェイソンさん。


 その目線を追ってみると、肉の側面を見ているようだ。


 そうか。


 側面を見て、色の変化の具合から、どこまで火が通ったのか判断しているのか。


 少し焼過ぎかと心配になったところで、ようやくジェイソンさんが肉を裏返す。


 焼き面は美味しそうな黄金色をしている。


 裏面も同じように火を入れていく。


 そして、また蓋をする。


 蓋の向こう側で、オーク肉から溢れた肉汁と脂が、パチパチと綺麗な音色を奏でる。


 ステーキだから焼くだけ、と思っていたけれど、以外に時間がかかる。


 調理を開始して10分は経っている。


 ようやく肉に火が通ったところで、蓋を開ける。


 肉の脂が弾ける音。


 フライパンの中に閉じ込められていた美味しそうな香りが、解放される。


 ステーキを皿に移動させて、追加で塩と胡椒を少量振り掛ける。


 ジェイソンさんが、僕の分のナイフとフォークを持ってきてくれた。


「食ってみろ」

「いただきます」


 ジェイソンさんと並んで、厨房でステーキを食べる。


 まずは、ナイフで一口サイズにカットする。


 火は……通っているな。


 断面から透明な肉の脂が溢れ出す。


 それが零れ落ちないように、そっと口の中に運ぶ。


 ……美味しい。


 舌を包み込む肉の甘さ。


 まだ少し熱いけれど、噛めば噛むほど、口いっぱいに旨味が広がる。



 指南が終わったので、早速【調理】スキルを取得する。


 スキルボードを開き、SPを割り振ろうとしたところで、異変に気付いた。


 スキル欄に【調理Lv.2】が追加されている。


 しかも、SPは減っていない。


 まさか、スキルに関連する行動をとれば、SP消費なしでスキルが入手できるのか?



「どうだ?」

「美味しいです」

「そうか。……数を熟せば、今よりも美味くなる」

「頑張ります」


 僕の焼いたステーキは、火こそしっかり通ってはいるものの、ジェイソンさんの焼いたものに比べて劣っていることは明らかだった。


 だけど、そのステーキは、自分で焼いたとは思えないように美味しかった。

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