討伐報酬


「……何ですか、これ?」

「ゴブリンの討伐証明です」

「これ全部、ですか?」


 引き攣ったようなアヤさんの笑みには既視感がある。


 門番さん改めテオさんとの模擬戦の後。


 僕はゴブリンの討伐証明を提出するために、冒険者ギルドを訪れていた。


 時刻は既に20:00を回っている。


 模擬戦が思ったよりも楽しくなってしまい、開始から二時間近くも戦ってしまった。


 ゲームでは24時間年中無休の冒険者ギルドも、この世界では営業時刻がある。


 まさに今、終業の準備を進めているところに、どうにかして割り込むことができた。


「ゴブリンってことは耳ですよね?」

「はい」

「えっと……何匹ほど狩ってきたんですか?」

「100くらい、ですかね?」

「ひゃ!……100、ですか?」


 討伐数を聞いてげんなりするアヤさん。


 確かに、終業直前に残業を追加されたら嫌になるか。


 でも、これを宿の部屋に持って行けないし。


 流石に僕も、今から清算をしてもらうのは忍びないと思い、せめて討伐証明を置かせてほしいと頼んだ。


 けれど、アヤさんによると、それはできないらしい。


 以前、同じような状況があった際、職員が討伐証明の数を少なく偽ったそうだ。


 そして、冒険者に支払われるはずの報酬を横領した事例があった。


 そのため、討伐証明は持ち込まれた当日に確認を行うことが決められている。


 申し訳ない気持ちになりながらも、アヤさんに確認を頼む。


 10数分後。


 討伐証明の確認と書類作製を終えたアヤさんが、報酬を持って戻ってきた。


「ゴブリン146匹の討伐を確認しました。報酬はこちらです」

「すみません、アヤさん」

「本当ですよ! 何が100匹分ですか、1.5倍はありましたよ⁉ 討伐に精が出るのはいいですけど、もう少し早く切り上げて帰ってきてください‼」


 すみません。


 実は二時間近く前に町に戻ってました、とは口が裂けても言えない。


 ゴブリン一匹あたりの討伐報酬は2000R。


 そして、一度に50匹以上の討伐で、追加の報酬が50000R。


 合計34万2000Rになった。


 かなりの大金だ。


 前回と同じように半額をギルドに預金して、残りの半分を受け取る。


 今日一日だけでも、十分に懐が温まった。


 お世話になっているアヤさんには何か奢ってもいいかもしれない。


「ところで、ひとつ聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」

「何でしょうか?」

「ゴブリンの討伐証明ってどうするんですか?」


 昼間、ゴブリンを狩っているときに抱いた疑問をアヤさんにぶつけてみる。


 ゴブリンの討伐とテオさんの模擬戦によって大量の経験値が入ったことで、SPスキルポイントにも余裕が出てきた。


 これなら新しいスキルを取得して、ウォーツ大森林の今日よりも深い場所を狩場にしてよさそうだ。


 そうなると、万が一のことも考えて回復アイテムポーションを準備しておきたい。


 しかし、ここで問題がある。


 店で販売しているポーションにゴブリンの素材が使われているとなると、自前でポーションを用意する必要がある。


「ゴブリンの討伐証明ですか? 普通に焼却ですよ?」

「そうなんですか? ……つかぬ事お聞きしますけど、ポーションの材料に使うとかは?」

「そんなことしませんよ。第一、ポーションにゴブリンの素材なんか使ったら、お腹を壊しちゃいます」


 アヤさんによると、ポーションは薬草と水を錬金術師が調合したものらしい。


 よかった。


 僕の知っているポーション作製と同じ手順で作られているみたいだ。


 これで買い物をする時、事あるごとに店売りの品に疑いの目を向ける心配がなくなった。


 アヤさんにお礼と、引き留めてしまった謝罪をもう一度言って、僕はギルドを後にした。


 今日は丸一日、森でゴブリンを狩っていたから、かなり疲れが溜まっている。


 この心地よい疲労を抱いたまま、今すぐにでも、ベッドに横になりたい気分だ。


 けれど、流石にゴブリンの返り血に塗れた状態を放置すれば、感染症やその他病気に罹患しそうだ。


 長時間、ゴブリンの耳を詰めた麻袋を持っていたけど、大丈夫だろうか?


 ゲームなら感染症の心配はなかったけれど、異世界なら未知の病原体くらい普通にありそうで怖い。


「店、開いてるかな……」


 閉店時間前に着くことを祈りながら、衣料品店へと足を向ける。



――この時はまだ気付いていなかった


 きっと、どこかまだ、ゲームの感覚が抜けていない部分があったんだろう。


 町に程近い森の中に、大量のゴブリンが生息している意味を。


 ここがどうしようもなく現実であることを知るのには、もうしばらく時間が必要だった。

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