『災厄の足音』


「随分と遅かったですね」


 すっかりと夜が更けたレーネの町の冒険者ギルド。


 そのギルド長室でレイ・リュー・ロスカは来客を待っていた。


 本来なら二時間ほど前に件の人物が訪ねてくるはずだったのだが、待ちに待たされこの時間となった。


 そのため、彼女の出迎えの言葉には隠し切れない少し棘が潜んでいる。


「そうピリピリするなよ。美人な顔が台無しだぜ?」

「……」


 レイの怒気も柳に風といった様子で、王国騎士団長テオ・アーサー・ブラウンはソファーにどかりと腰掛けた。


 彼の態度に一言物申したいレイ。


 だが、話を進めるためにも、一先ず私情はおいて置くことにする。


「それで? 調査の程は」

「ありゃヤベェな。モンスターの数が異常だ。飽和する限界一歩手前、って所か?」

「……やはり、そうですか」


 レイは騎士団に対し、一つの依頼を要請していた。


 依頼の内容は【ウォーツ大森林におけるモンスターの生息域調査】。


 ここひと月、ウォーツ大森林ではモンスターの生息数が増加傾向にあった。


 これには、レーネの町をホームとして活動する冒険者からも、疑問視の声が上がっている。


「今日一日森に入ってみたんだがよ、次から次にモンスターが出てきやがる」

「では、やはり」

「ああ、間違いなく【スタンピード】の兆候だろうぜ」


 アラタは疑問に思わなかったが、本来ウォーツ大森林の浅層でゴブリンが数十匹規模で生息することなど


 ゴブリンは生態系の中でも下位に位置するモンスターだ。


 それ故、繁殖力は強いが、その大半が他のモンスターに捕食される運命にある。


「ゴブリンが虫のように湧いてやがった、ありゃあ――」

「上位種が現れたのですね?」

「間違いねぇな」


 テオの調査により、ウォーツ大森林で発生しているモンスターの生息域の変化はスタンピードの前兆であることが決定的となった。


 一度スタンピードが発生すれば、周囲の町は甚大な被害を被ることになる。


 レイはすぐさまスタンピード発生時のシナリオを描き始める。


 想定するのは最悪のケース。


 ゴブリンが増加している状態から、出現した上位種は『ゴブリンジェネラル』もしくは『ゴブリンキング』であると予測された。


 そして、報告されたモンスターの増加数から、発生するであろうスタンピードのおおよその規模を割り出す。


 結果は数千。


 下手をすると万に届く規模のスタンピードになることが予想された。


 さらに、この予想を基にして、必要な戦力と物資を弾き出し、被害を最小限に抑えるべく対策を取る。


「王都から冒険者を派遣してもらいましょう。丁度、今は腕のいいBランクのパーティーがこの町を訪れていることですし、2、3組のパーティーにも声をかけてみます」

「騎士団からも派遣するように要請を出すぜ。俺もしばらくはこの町に滞在するつもりだ」

「……貴方が居れば安心ですね」

「思ってもないことを口に出すなよ。らしくねぇぞ?」

「……」


 どこか上の空な様子のレイをテオは訝しむ。


 戦いに絶対など無い。


 何かひとつでもイレギュラーが発生すれば、優勢は一転し、戦場は文字通り、地獄へと変貌する。


 少し思案する素振りを見せる彼女だったが、意を決して胸の内に抱える悩みを吐露した。


「少し気になる新人がいます」

「おっ、恋愛相談か? あの“氷の女王”が男つくるとかマジかよ!」

「茶化さないでください。それに、それに……私だって彼氏を作りたいんです! それなのに、付き合ったとしても相手から離れていくんです‼ 何故ですか⁉」

「おう……」


 テオの冗談にスイッチが入ったレイは、鬱憤をぶち撒けるように語りだす。


 流石のこれにはテオも宥める側に回った。



 数分後。


 息を切らせたレイが居住まいを整える。


「……取り乱しました」

「まあ、何だ……新人がどうした?」

「登録初日に薬草を二十束採集。そして今日はゴブリンの討伐証明を100匹分以上持ってくるような破天荒な新人……どう思いますか?」


 薬草を大量に採集することは【鑑定】のスキルを持っていれば可能だ。


 ゴブリンの討伐に関しても、Cランクと同等の実力があれば十分に達成できる。


 冒険者の経歴は新人であっても、狩人や傭兵として活動した経験があれば、その程度の実力を持つ場合も考えられる。


「別に可笑しいことはねぇだろ?」

「その新人がレベル4だったとしても?」

「何?」


――レベル 


 それはこの世界に存在する生物すべてに与えられた恩寵。


 生物は努力と鍛錬を繰り返すことで、種としての階位が上昇する。


 そして、レベルが上がることに伴って、能力値も上昇する。


 レベル1とは即ち、その生物が最も弱い状態を指す。


 そして人間種に拘わらず、全ての生物で、レベル1とは生まれた直後の状態だ。


「考えられますか? エルフ族や竜人族など、必要な経験値が多いならまだしも、その新人は人族……それも外見から10代半ばから後半ですよ?」

「人族なら、その頃には勝手にレベル7くらいにはなってるな……てかお前、その新人のこと【鑑定】したのかよ」

「い、いいじゃないですか別に! 気になったんですから!」


 【鑑定】のスキルを他人に使うことは、暗黙の了解として、するべきではないこととされる。


 それはスキルのレベルが上がるにつれ、個人情報を覗き見ることになるからだ。


「で? その新人ってのはどんな奴なんだ?」

「名前は“アラタ”。黒髪、黒目の少年――」

「マジかよ⁉」

「何ですか、突然」

「アイツに模擬戦頼まれて、ちっと前までやってたんだよ」

「……まさかとは思いますが、遅れた理由は?」

「つい楽しくなっちまってな!」

「…………はぁ」


 調査の報告が遅れた原因が私用であることがバレても、まったく悪びれる様子のないテオ。


 その様子に、レイは深いため息を吐く。


「それで、アラタ君の実力は?」

「俺は【鑑定】持ってねぇから、詳しくは分かんねぇけどよ? レベル20くらいの動きだったぜ?」

「そう、ですか」

「ただ……」

「?」


 テオが言葉を詰まらせる。


 煮え切らないテオの様子に、レイも疑問を抱いた。


「どうも違和感があったんだよな。怪我で前線を退いてた奴とか、引退した奴とか……そんな“技術は持ってはいるが、体がついて来ない”ヤツと同じ印象を受けた」

「……」


 レイは【鑑定】した際の状況を思い起こす。


 アラタのステータスに特筆すべき点は無い。


 スキル数も少なく、どれもありふれたものだった。


 【鑑定】は一瞬で終わった。


 その時だった。


 レイがアラタと視線を合わせたその時。


 無意識に、彼女は視線を逸らしていた。


 理由は分からない。


 ただ、逸らさなければならないという脅迫めいたものを感じ、逃げるようにして彼が受注した依頼の資料へと視線を落としたのだった。



 結局、それ以上のことを考察するには情報が足りないということで、この話は打ち切られる。


 残ったのは、如何にしてスタンピードを乗り切るかという問題。




 しかし、災厄の足音は、レーネの町のすぐ傍まで迫ってきていた――

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