帰り道


 陽が傾き始めた頃。


 森での狩りを終えて、町に戻る支度をする。


 最終的に、ゴブリンの討伐数は100を超えた。


 正確な数は数えていないけれど、討伐証明である左耳は麻袋一杯に詰まっている。


 1つあたりの重さは精々数十グラム程度。


 だけど、それが100匹分以上ともなれば数キログラムの重量になる。


 それでも、手に感じる重みに苦戦することはない。


 レベルアップの都度、スキルを割り振っているので、STR筋力値の補正が高いからだ。


 勿論、インベントリに収納した方が運搬に便利だけど、生憎とその手は使えない。


 なぜなら、NPCはインベントリを使えないから。


 ゲーム内でNPCと敵対、または共闘する際、手持ちのアイテムやポーチに収納してあるアイテムしか使わないという特徴があった。


 つまり、インベントリを使えるということはPCプレイヤー・キャラクターであることの証明。


 僕以外にもこの世界を訪れているプレイヤーが存在する可能性が無いと言い切れない現状では、表立って自分が元プレイヤーであることを公言するような真似は控えるべきだ。


 特にPKプレイヤー・キルをしたことのある僕は、多方面から恨みを買っている可能性が高い。


 十分なステータスを得るまでは、転生者であることはともかく、少なくともキャラクターが特定されるような行動は控える方針だ。


 麻袋の丁度いい重みを享受しながら町を目指す。


 すると、近くの茂みを掻き分ける音が聞こえた。


 大きさから葉擦れの音ではないと断言できる。


 それに、ゴブリンのような小型のモンスターが引き起こしたものでもない。


 もっと大きな生物。


 それも中型から大型に分類されるようなモンスターが草木を掻き分ける音だ。


 ここはウォーツ大森林でも外周部なので、ゴブリンをはじめとした小型のモンスターしか出現ポップしないはず。


 ならば、必然的に同業者冒険者である可能性が高い。


 けれども、ゲームシステムの縛りから解き放たれたこの世界では、何が起こっても不思議ではない。


 中型以上のモンスターが徘徊している可能性を考え、いつでも剣を抜けるように準備をする。


 相手も僕の存在に気付いたのだろう。


 今までの進路を変更し、一直線にこちらへと向かってくる。


 そして、目の前の茂みから現れたのは――



「――坊主か?」

「門番さん?」


 レーネの町で門番を務めていた門番さんだった。


 初めて会った時と同様、その巨体に革鎧を身に着け、さらに背には大剣を装備している。


 驚いた様子の門番さんだったが、次に困った表情を浮かべた。


「あのな、坊主。この森は一応、冒険者ランクD以上の狩場でな?」


 ああ、そういうことか。


 ウォーツ大森林は推奨冒険者ランクD以上。


 ただし、Eランクの冒険者も入ることはできる。


 入ることはできても、高確率で命を落とすことになるけれど。


 僕の装備しているのは、初期装備の【ブロンズソード】【麻のシャツ】【麻のズボン】。


 森に入るには、いささか心許ない恰好だ。


 キャラクター操作に慣れていないゲーム初心者なら、ゴブリンの攻撃を数発もらうだけでも危うくなる。


 そのため、森に入る前に革装備を購入して、防御力を底上げするのがベター。


 プレイ初期はスタング平原でクエストを消化。


 十分な資金を貯めた後、武器屋で初期装備よりも性能の高い【アイアンソード】や【革鎧】装備一式を購入して挑むのが一般的な攻略法だ。


 この人はそれを教えてくれようとしているのか。


 見た目に反して優しい人だ。


「ここがDランク以上が推奨されていることは知っていますよ」

「知ってんなら、せめて防具をだな――」

「昨日Dランクに昇格したんです」

「――何?」


 訝しむ門番さんにDランクの冒険者証を見せる。


「……驚いた、マジでDランクじゃねぇか。余計なお世話だったな」

「いえ、ご忠告ありがとうございます」


 心底すまなさそうな表情をする門番さん。


 やっぱり優しい人だ。


 僕も心配してくれた門番さんにお礼を言う。


「ところで、なぜ門番さんは森に?」

「ああ、昨日の仕事は門番だったが、今日は森で魔物を狩るのが仕事なんだよ」


 なるほど。


 兵士の仕事はローテーション制なのか。


 NPCは基本、同じ職務を遂行しているから、てっきり門番は門番の仕事しかしないと思い込んでいた。



「――待ってくださいよ隊長!」


 一日でどうやってDランクに昇格したのか。


 レーネの町はいい所だ。


 そんな雑談をしていると、茂みから人が現れた。


「何だ、ジョンか」

「何だじゃありませんよ。いきなり獣道に入って、見失うかと思ったんですからね?」

「見失ってるのは事実だろ?」


 どうやらこの人は門番さんの同僚らしい。


 頭に葉っぱを付けて肩で息をする同僚さんは、門番さんに向かって愚痴をぶつける。


「お前の方がこの森詳しいのに、何で俺を見失ってんだよ」

「自分だからじゃないですよ。隊長のスタミナについていける人なんているわけないじゃないですか」

「もっとレベル上げりゃいいだろ」

「隊長と並べるようにって、何体ドラゴン狩ればいいんですか?」


 やっぱり強いのか。


 レジサイド・オブ・サーガのドラゴンは、最低でもレベル100から。


 例え同僚さんの言葉が比喩だったとしても、有象無象のNPCよりは頭一つ抜けたレベルだと分かる。


「そんなに強いんですか?」

「勿論です。というより、王国内で一番強いんじゃないですか?」

「どいつもこいつも鍛錬が足りねぇんだよ」


 そんなにか。


 ……そうだ。


 門番さんの話も出た機会にお願いをしてみよう。


 『白金の葡萄酒』を飲んで経験値も多く手に入ることだし。


「門番さん」

「おう、どうした?」


 意を決した僕は、門番さんに、あるお願いをしてみた。


「――僕と模擬戦、してくれませんか?」

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