第102話 戦の女神エディウスとカノンの未来

 マーダに身体と魂を乗っ取られたヴァイロとアギドは、死んではいない。


 マーダがその身体を核分裂の炎で失う最中さなか、少しだけその拘束こうそくが解けたらしい。


「ヴァイロ、アギド………。そして黄泉よみへ旅立った仲間達。私はどんな理由があろうともお前達にとって裏切者うらぎりものだっ! しかしこうしてのうのうと生きているっ!」


 ―何を言うんだシアン、お前は約束をまっとうしただけだ。自分を責めるのはよすんだ。


 とうとう涙を流して自らを断罪だんざいし始めるシアン。これに対しヴァイロは、いつものあの気軽な声で否定する。


 ―そもそもこの戦いを始めたこと自体があやまちだったんだ。戦争を仕掛けられ、戦争で応答した………。これは俺の責任だ、決してお前のせいじゃない。


「し、しかしだっ! 結果お前達を失わせたッ! な、何をしてもつぐなえるものじゃないッ!」


 自分達で仕掛けた結界の中で泣きくずれ落ちるシアン。


 マーダにうばわれた自身の肉体は燃えている際中さいちゅうだというのに、シアンはヴァイロに両肩をつかまれ、すられた気さえした。


 ―良いんだシアン………。これは俺が望んだ結果だ。


 ―そ、そうだ。特に俺なんて自分からエディウスに自らを差し出した。これでアンタに泣かれては、まるで立つ瀬がない。みっともなさ過ぎる。


 あくまでも優しく語り掛けるヴァイロ。その脇から恥を帯びた声でアギドも告げた。


 ―シアン、そしてトリル……。大変なのはむしろこれからだ。俺の言っている意味、頭の良いお前さんには判るよな?


「あ、嗚呼……。そ、そうだなヴァイ。お前途轍とてつもない宿題を丸投げしてくれたものだ。生涯しょうがい………いや、きっと私に続く世代すら背負うことだろう」


 そろそろ消えそうな意識を感じ、末期まつごの宿題という何とも困ったものを、ヴァイロは押し付ける。


 シアンが涙をぬぐい、何とか笑顔を作って最後の文句を言った。


 ―………ありがとう、じゃあ………


「嗚呼、会おうヴァイロ、アギド。取り合えずさよならだ」


 やっぱり見える筈がないのに手を振られた気がしたシアンは、自分も手を振った。そして互いのを誓い合った。


「ば、爆発が……」

「お、治まってゆく……し、シアンっ!? 無事よねっ!?」


 地上に降り立ったレイチとニイナが、誰よりも一早く不死鳥シアン暗黒神マーダの行く末を見つける。


 燃え盛る不死鳥の翼だけが見える。暗黒神と混沌こんとんの爆発は消えていた。


「やったぁぁ! レイチっ、シアンが、シアンが勝ったよっ!」

「流石、僕達のシアン様だっ! シアン様ぁぁ!」


 抱き合ってシアンに向かって手を振る二人。一見幼き少年少女のうるわしき友情劇だが、150歳同士の抱擁ほうようである。


「お、俺様本当に勝ったのか!?」


「うーん………。どうでしょう、あのマーダとやらのしぶとさを考慮こうりょすると、恐らく10年もあればよみがえるでしょうねえ………」


「全くっ! ふざけんなっ! ゾンビや吸血鬼ヴァンパイアの方がまだマシだっ!」


 もういよいよ状況が飲み込めないレアットに対し、賢士けんしレイジが「10年もあれば……」などと如何いかにもそれらしいことをべる。


 そこに根拠こんきょなど在りはしないのだが、マーダの肉体を知っているトリルの見解と偶然ぐうぜんにも、ほぼ一致いっちしていた。


 レイジの姉レイシャは、腕を組みふんぞり返って文句を並べた。


「自分の魂を持たぬゆえ、死ぬことは有り得ない……か。マーダという奴の意識そのものを消す。そんなやり方あるのかしらね………」


終わりなき旅路ストラーダ・インフィニータも、魂がなければ通じません。暗黒神の絶望之淵ディス・アビッソオとやらも、連中が試してないから駄目なのでしょうねえ………」


「「ハァ………」」


 戦の女神エディウスの一番弟子であるルオラと、同じく司祭の中で最上級であったグラリトオーレが、マーダという存在を消す手段を言い合った果てに、その途方とほうもなさに、そろって深い溜息ためいきをついた。


「………っていうかこの小娘エターナ、どうしてく・れ・よ・う・か?」


「ハゥッ!?」


「エディーの偽物なんて万死ばんしに値するわっ!」


 元・白の連中に気づかれぬよう、抜き足差し足で逃走をはかろうとしたエターナに対し、すかさず刺すような視線を送って釘付けにするルオラ。


 黒い二刀のさびにしてくれようぞと言わんばかりに、修道騎士しゅうどうきしレイシャがスラリッとふところの刀を抜く。


 此処でシアンが意外な提案を言ってのけ、元エディウスの女衆を驚かせる。


「エターナ・アルベェラータ、貴女はこれからその名を捨てて本物の女神エディウスになって貰いたい」


「「はぁっ!?」」


「え……そ、それってどういう……」


 実にアッサリと「本物の女神になりたい」という夢を叶えてやろうと言い出したのだ。


 これにはルオラとレイシャが声を合わせて驚くどころか、エターナ当人ですら当惑とうわくの色を隠せない。


「簡単なことだ。エターナ、君はもうその名前で世間を渡ってはゆけぬだろう? よってエディウス・ディオ・ビアンコとして生きるより道はないという話だ」


「は、はぁ……そ、それで良ければ……」


「ルオラ、レイシャ、お前達だって祈る女神がいなくなっては失業も同然だ。特に司祭に至っては、元々彼女の力を引き出していた訳で、これでむしろ正しい形だ」


「「し、失業……、む、無職……」」

「た、確かにシアン殿の言う事は一理ありますねえ……」


 怒り心頭の連中を差し置いて、シレっと正論を告げるシアン。女神エターナでこそないが、元よりエディウスとして力を使われていたのだから、大した違いではない。


 シアンから「失業も同然……」と言われ、無職ニートになるむなしさに狼狽うろたえるルオラとレイシャ。


 一番弟子と修道騎士の座を全て失うのは余りにも痛過ぎると感じる二人。グラリトオーレにしてみても最高司祭の座を維持出来る。


 いや、それ以前にエターナをしょしてしまうとエディウスの司祭としての力は永久に失われ、ロッギオネ神殿の存続そんぞくすらあやうい。


「要するにこういう事ですね、エターナさんには今後戦の女神エディウスとして死ぬまで……いや、死してなお永久に女神としてやって頂こう。良かったですねぇ~。貴女、神殿にまつられますよぉ」


「う、うわぁぁ…………。わ、判ったわよっ!」


 レイジが実にドヤ顔をエターナに寄せつけて言い放つ。プィッと顔をそむけながら女神へのが決定。何とも格好つかないの生誕であった。


 こうしてロッギオネと首都アディスタラは、戦の女神エディウスを祀る聖地の座を、以後のアドノス島の歴史においても続けてゆくのである。


 なお、ちょっとしたifを付け加える。マーダがシアンに勝利した場合だ。


 結局の処、エターナを戦の女神とえただろうし、配下の連中についてもその立場の安堵あんどを告げたことだろう。


 マーダとて自らが神を名乗るための足掛かりとして、アドノス島の平穏へいおんを望むことに変わりはないのだ。


 そもそも以後の歴史において、エディウスが神竜戦争に勝利し、ロッギオネ神殿における神の座をマーダにより許されると記述される。


 る意味格好悪いのだが、それでもこれから言いつける闇の大地の連中に比べたら全然マシなのである。


「……レアット・アルベェラータ」

「お、おぅっ!」


「そしてハーピールチエノと、くくって大変済まないが所謂いわゆる闇の住人達よ」

「は、はぃっ!」


 此処からシアンの顔が一変して曇り空に変化する。名前を呼ばれ、期待と不安に揺れる二人にたかが傭兵ようへい如きが、神のような采配さいはいを告げねばならぬのだ。

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